第128話 絶望と敗北の先に 1

 

「『アイスランス』!」

 レインはライオネルクイーンの背に跨り、移動を任せながら巨獣ティタンへ向けて氷魔術を放った。

 目的はあくまで陽動であったが、無数の氷槍が降り注いでも跪いたまま動く様子が無い。


(一切ダメージを与えられて無いの?)

 自然と対峙するだけで額に汗が滲む。最上級魔術の『メル』を詠唱するか逡巡しゅんじゅんしている所へ、ソウシの悲痛な叫びが場に響いた。


「レイン! みんなも頼むから逃げてくれ! こいつは僕と同じ力を持ってるんだ! それにみんなじゃSランク魔獣には勝てない!」

「大丈夫! 私達は信じてるんだから!」

 愛する女性から向けられた視線に、勇者は戸惑いながら立ち上がる。先程までアルフィリアと打ち合わせていた、最終手段である逃走の道は最早完全に絶たれた。


「……くそぉっ!」

 ソウシは震える膝を聖剣の柄で叩くと、意識を閉ざしたままの魔剣シャナリスを鞘から抜き去る。

 空中に佇んでいる魔王を見上げると、迷いを振り切る様に地面を蹴って疾走した。


『ご主人、策はあるの?』

「無い! 加護による能力ステータスがほぼ互角なら、手数で押し切るしかないだろ!」

『了解! 僕もサポートするからね!』

 凄まじい速度で己の元まで近付いて来る勇者を、フールゼスは『観察』していた。


(やはり、危機感が足りぬな。余計な邪魔が出来ぬまで痛めつけるか……)

 ソウシの進行方向の大地に降り立つと、一瞬で聖剣の横薙ぎが襲う。だが、魔王は微動だにせぬまま魔剣で剣筋を逸らすと、空いた脇腹へ闇魔術で生み出した黒球を捻り込ませた。


「ぐあああああっ!」

「ほら、宙を見てみよ。これはどう防ぐか見ものだなぁ?」

 ソウシは地面を転がりながら態勢を立て直し、フールゼスの指差した上空を見上げると見る見る蒼褪めていく。

 先程人族の兵士達を消滅させた球体が浮かび、合図を待つかの如き放電現象を起こしていたのだ。


(そんな……またアレが降り注ぐというの……?)

 レインも遠目から視認しており、必死に打開策を巡らせている。


「アルフィリア! 迷ってる暇は無いよ、『天剣』を発動して!」

『でも、その後どうなるか……』

「お願いだ! ここでみんなを守れない方がずっと嫌なんだよ!」

『ーー分かった!』

 ソウシは瞬時にシャナリスを鞘へ戻し、両手で聖剣を握ると力を全開放した。

 災厄指定魔獣ベヘモット戦で覚えたスキル『天剣』は、意図的にアルフィリアの能力を引き出す事が可能になる代わりに、肉体的負荷が大きく、代償として一時的にステータスの加護を失う。


 発動するのを躊躇っていたのは、魔王が同等、もしくはそれ以上のスキルを有している場合を危惧していたからだった。


 青白い光輝が立ち昇ると、勇者は圧倒的な威圧を放ちながら『聖剣』を上段で構える。

 同時に魔王は魔術を発動し、先程までの広範囲に散らせた黒雷を一点に収束させた。


「いっけえぇぇぇっ! 『輝聖蒼刃』!!」

「全てを呑み込め! 『消滅の雷バニッシュメントレイ』!」

 まるで、天ごと全てを斬り裂くかという勢いで振り下ろされた白と黒の相反する輝きがぶつかり合う。

 激しい轟音と共に大地を割り、目も眩む程の閃光が周囲を包み込んだ。


 ーーズガアアアアアアアアアアアアアアンッ!!


(ふむ。我の魔術が押し負けるとは、中々の威力だな……)

「まだまだこれからだあああああああああああっ!!」

 それは、ソウシの裂帛の気合いがフールゼスの魔力に打ち勝ったのだと、レインの瞳に希望が灯った直後の出来事だった。


 勇者と聖剣は消失した球体の先にいた『標的フールゼス』をこのまま一気に倒すと決意し、敵の魔術を打ち消した事により、『勝利』の二文字が頭を過ぎる。


「カンパノラよ……我が前に力を示せ!」

 ーーヒイィィィィィィィィン!!

 号令に呼応して黒き刃が共鳴音を響かせると、夜空の星々が徐々に輝きを失って暗闇と静寂が訪れた。

 聖剣の一閃のみが、闇夜を斬り裂きながら魔王へと迫る。


 瞬きする程の一瞬の時の合間にソウシが見たのは、『魔剣カンパノラ』の全開放と同時に振り上げられた流星の一撃。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」

 声にならない声と共に四肢を無残に貫かれ、かつて味わった事が無いほどの激痛ダメージを受けたのを最後に、意識は閉ざされた。

聖剣アルフィリア』は強制的に顕現を解かれ、体内へと戻る。


「いやああああああああああああああああああああああああ〜〜っ!!」

 レインの悲鳴と痛哭が響き渡る中、勇者は血溜まりに沈み、魔王に完全なる敗北を喫したのだった。

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