第127話 レインの戦い。

 

 上空に映し出された王国マグルの光景に、僕は絶句していた。

 次々と魔獣を増やし続けるグラフキーパーと呼ばれた死霊を思わせる骸骨型のSランク魔獣は、厄介極まりない。


 更にはもう一体の翼を生やした犬型の魔獣は、以前に倒したベヘモットよりも明らかに強いと感じた。

 ガイナスやテンカさんがいくら頑張ってくれても、勝てる筈が無い。最悪負ければ命すら危ない。


(どうしたらいい……僕が魔王を倒せれば、召喚した魔獣は消えてくれるのか?)

 とても冷たい汗が全身で吹き出している。手をついている地面に、身体全てを呑み込まれてしまいそうなくらい視界が揺らいでいた。


『ご主人! こんな時こそ『明鏡止水』のスキルで心を落ち着けるんだよ!』

「……とっくに発動してる。だから取り乱さないですんでるんだよ。こんなでも冷静に状況を判断して、打開策を考えてる……」

 アルフィリアは逃走しろと言うが、敵が易々とそれを良しとする訳がない。僕が逃げ出したら、次はマグルに対してどんな真似をするか容易に想像出来た。


「勇者よ、良い表情になってきたな。カンパノラを初めて手にした時の我も、きっとそんな情けない面をしていたのであろう」

「……うるさい」

 宙から僕を見下ろす魔王は言葉とは裏腹に、感情が抜け落ちたかの様に無表情だ。召喚されたティタンと呼ばれた巨獣も、主人の命令を待っているのか膝をついて伏せている。


「ほらほら、時間が無いぞ? このまま貴様が項垂れていればマグルは救われるのか? 戦うべき相手は誰だ? 殺したい程憎い相手は一体誰だ? 自らの心の内に問うてみよ」

「ーーグゥッ⁉︎」

 お前がそれを言うなと怒りに震えた。それでも何故か、身体に力が湧かない。


(いつも僕はどうやって聖剣の柄を握っていたっけ? どんな風に振るっていた? 妙に背中がスースーする)

 ーーそうか、本当に僕は大切な人を失ったんだな。

 激情に任せて暴れていた戦闘から止まっていた涙が、再び滴り落ちる。恐る恐る視線を流すと、十字架に磔られた彼女サーニアを捉えてしまった。


「ふむ。そんなにあの少女が大切なのであれば、何故歯向かって来ないのだ? つくづく愚かな男よな。まだ足りぬか」

「もう、これ以上やめてくれ」

「おや? 願いを請う愚民の台詞とは思えんなぁ。頭が高いぞ」

「……お、ねがい、します」

 僕は地面に額を擦り付けて懇願した。降参すればみんなの命だけは助けてくれるかもしれない。アルフィリアにはまた呆れられてしまうかもしれないけど、これ以上誰かが死ぬのは見たくないんだ。


「ハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

「…………?」

 高笑いをしている魔王を髪の隙間から覗くと、戦慄した。声とは裏腹に無表情のままに、まるで壊れた玩具を見つめる様な冷酷な視線を下ろしている。


「勇者は馬鹿なのか? 『アルフィリアが選んだ』それだけで貴様には必ず我の知らぬ『何か』があるのだ。絶対にそれを見るまで止める訳がなかろう」

「〜〜〜〜⁉︎」

 心当たりはあった。妖精の巣穴を滅ぼした時の僕の力を、この魔王は本能的に感じ取っている。


『やっぱりそうか……ご主人、あいつは降ろせる神から多分『闇夜一世オワラセルセカイ』の事を聞いてる』

「あの力だけは……ダメだ」

『やっぱり逃げよう! そうすれば最悪の事態だけは免れるかも知れない!』

「それも……出来ない」

 道は本当に閉ざされていた。まるで今にも崩れそうな崖に、一人で立たされているかの様な感覚が襲う。

 吐き気を堪える為に口元を自然と抑えた。


「立って! 立ち上がってソウシ!」

「ーーえっ?」

 地面に突っ伏そうとした瞬間、聞き覚えのある声が場に響いた。思わず顔をあげてキョロキョロと周囲を見渡した先に、ライオネルクイーンの背に跨った彼女レインがいたんだ。


「みんな、お願い力を貸して! ソウシを助けるのよ!」

「「「「「ウホオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」」

 無人島の魔獣達が土煙を上げながら此方へ向かってくる。懐かしい顔触れに普段だったら喜びが込み上げるんだろうけど、今の状況は最悪だ。


「レイン! お願いだからここから逃げてくれええええええええええええええ!!」


 __________


「ふむ、これは良い展開だな。やはり目の前で身近な者が死ねば、勇者へ一番効果的に精神的負荷を与えられるだろうしな。しかし、あれは同盟国の姫では無かったか?」

「黒毛のお陰で大体状況は把握出来てるわ。私が、いや私達が絶対にソウシを助けるの!」

 ソウシの絶叫を聞くまでも無く、元からレインは戦場へ出るつもりは無かった。

 フールゼスの落とした黒雷によって、自らを守るために死した魔獣の数は百を優に超えていたからだ。


(勝手にごめんね、ソウシ……それでも私達があの巨獣の注意を惹きつけるから!)

 別行動をとっていたキングガリコの黒毛は、引き返す前にソウシの現状を目の当たりにし、レインへと報告していた。


 魔王相手でも辛い戦いなのに、災厄指定魔獣が現れては流石に勝ち目はないと判断して、自ら囮となる道を選んだ。

 無人島の魔獣達も同様に死を厭わない。信じているのだ。勇者はきっと全てを覆してくれる、と。


 ーー全てはソウシの勝利の為に、レイネハルドの姫と無人島の部下達は立ち上がった。

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