第102話 与えられた屋敷と再会

 

 エラルドルフを後にしたソウシは、不満を眼前の金髪の美丈夫へとぶつけた。毎回どこかしら掌の上で転がされている様な気がして、納得がいかなかったのだ。


「ねぇ、なんでまた魔獣退治をする羽目になってるのさ!」

「……おきまりの愚痴ですか? そろそろ貴方も勇者として成長しましょうね」

 ーーピキッ!


「僕もさ……最近思ってる事があるんだよ。勇者って言いながら扱いがぞんざいなんじゃ無いかなぁって?」

「ふふっ! 気の所為ですよ。それより毎回説明させられるこっちの身にもなって欲しいですねぇ。自分の無知を棚に上げてキレるなんて、子供でしかないですよ」

 ーーピキピキッ!


「じゃあ、今回の件も僕の知らない何か事情があるって事かなぁ? シャナリスからは何も聞いて無いんだけど!」

 声を張り上げて皮肉を述べると、聖騎士長は深い溜息を吐いて呆れた視線を向けた。


「あのですね。魔剣の鞘には大切な意味があるんですよ? どうして白薔薇とシャナリスがあれ程までに鞘を欲するか考えた事はありますか?」

「……ない」

「魔鍛治師と言うのは、錬金術を習得した特殊な鍛治師です。鞘に魔力を宿した素材を使う事で、『自動修復』や、『魔力補充』の付与が出来るのです」

「つまり、魔剣には聖剣と違って専用の鞘が必要だって事?」

「必ずしも必要とは言えません。その代わり、普段は我々の魔力を自然と吸い取っていますからね?」

 ソウシは苛立ちを抑えきれずに睨み付けていた視線を緩め、己の右手の刻印に話かける。


「シャナリス……本当は無理してたの?」

 その問いに魔剣は申し訳無さそうに答えた。


「マスター、私も魔剣になって日が浅い為に報告が遅れたのですが……自然とマスターの魔力を吸い上げてしまっているのは事実です」

「……そっか」

 勇者は一旦瞼を閉じて顔を天に向けた後、深い溜息と共に降ろす。先程の聖騎士長の台詞が脳内で反芻し、反省した。


「僕が無知ならしょうがないか……ごめんよ、シャナリス」

「そこは私にも謝る所では無いのですか?」

「……お姉ちゃんに、虐められたって言いつけてやる!」

「なんとっ⁉︎」

 予想外の反撃にガイナスは驚愕し、動揺した。ブラコンの兄弟にとって冗談とはいえ、嘘を述べられ信じられては堪らない。


「そ、ソウシ……ちゃんと貴方を喜ばせる催しを用意してあります。その後に再度交渉しましょう……」

「これから新しい屋敷に向かうんだよね? 本当に僕が一人でそこに住むの?」

「ふふっ! サポートすると言ったでしょう? きっと貴方も喜びますよ」

「……喜ぶ?」

 口元を抑えて嬉々として笑うガイナスの背後に付き添い、ソウシが向かった新しい屋敷の入り口に立っていたのはーー

「お帰りなさいませ、ソウシ様!」

 ーーメイド服を纏い、満面の笑みを浮かべるピーチルの姿があった。


「な、なんでピーチルさんがいるの? もしかして……此処が僕の屋敷⁉︎」

「えぇ、私からガイナス様にお願いして、ソウシ様の専属メイドとして雇って貰えないか打診したのです」

「ぼ、僕のメイド⁉︎」

「……嫌ですか?」

「いやいやいやいやいやいや! って違う! 嫌じゃ無いです!」

「うふふっ! それなら良かったですわ」

 ブンブンと首と両手を振りながら焦るソウシを見て、ピーチルは嬉しそうにはしゃいでいる。

 ガイナスはその様子を見つめながら、機嫌が治った様だと胸を撫で下ろした。


「お帰り〜! あんまり遅いから我が家特製のスープが冷めちゃう所じゃ無いの!」

 続いて聞き慣れた声を耳にして、驚きから勢いよく首を曲げる。

 視線の先にはマグル学院の食堂のエプロン姿とは違い、ピーチルと同じくメイド服を着た姉のセリビアが立っていた。


「お、お姉ちゃんまで⁉︎」

「お帰りなさいませ、ソウシ様? なんてね!」

「冗談やめてよ〜! 一体如何したの?」

「私もピーチルさんと同じ様にソウシの屋敷でメイドをするのよ。サポートっていう意味もあるけど、主に家計担当ね……ソウシに金銭感覚を教えていなかった事を、色んな人に怒られたわ……」

 どんよりと沈むセリビアの肩をピーチルが励ます様に叩くと、二人の背後から更にソウシを驚かせる人物が執事服を身に纏って現れる。


「お久しぶりっすね……ソウシ君」

「ベルヒム君……」

 ソウシは嘗てクラスメイトだった人物を直視出来なかった。レインの事件以降も、心の何処かに後ろめたさがあり、無事だと分かっていても会いに行く勇気が湧かなかったのだ。


「そんな顔しないで欲しいっすよ。おらはレイン様を無事に救ってくれた感謝を述べに来ただけっすから。今回この屋敷で執事をやらないかって提案されて舞い上がってしまったっすけど……やっぱり気不味いっすよね……」

「そ、そんな事ない! 僕こそ、ーーずっと謝りたかったんだ!」

「謝る事なんて元からないっすよ……おら達に必要なのは時間と会話だけっす」

 通じ合えたと同時に、穏やかな視線を交わせながらソウシは微笑みを向け、ベルヒムに問い掛けた。


「一つ聞きたいんだけど執事って事はさ。僕に仕えてくれるって事?」

「そうっすよ! 何なりと命令して欲しいっす!」

「じゃあ……明日から『ロゼイーザ』って魔獣を狩りに火山に行くから付いて来てくれるよね?」

 ーーピシッ!

 固まるベルヒムを他所に、ソウシの口元が緩む。


「ソウシ君……だ、ダンジョンに執事を連れていく主人なんて聞いた事ないっすよ?」

「いやいや、ベルヒム君って実はかなり強いよね。最近僕も成長してさ! 相手の隠れた力量とかわかる様になって来たんだ!」

「……いらないスキルを覚えやがって……」

 口調を変え、聞こえぬ様に放ったベルヒムの呟きをソウシは聞き逃さない。レインとの邂逅を経て、無人島暮らしをしていた時に、眼前の魔族の少年が実際はどんな人物かをたっぷりと聞き知っていたのだ。


 ランナテッサにも劣らぬ程の魔力の才能を持っている事も、隠密スキルに長けており、最年少で人族の国へのスパイを任される程の力量を兼ね備えた天才である事も知っていた。


「さぁ、明日から宜しくね!」

「えぇ、これから宜しくお願いするっすよ……そ、う、し、さ、ま!」

(これでダンジョンの危険性はぐっと低くなった筈だ! 今回こそ無傷で帰ってみせる!)

(途中で事故の振りして隠れてやるっすよ!)


 各々の情けない策謀が働く中、大人達は深い溜息と共に前途多難な旅を憂いていた。英雄と呼ばれて持て囃された今でも、一切変わらぬ少年の姿が嬉しくもあり悲しくもあるのだ。


「セリビアさん。今回のダンジョン攻略から戻ったら、すぐにドールセン学院長に合図を送って下さい」

「分かってます。準備は影で進めていますから、今はソウシが暴走しない様に時間稼ぎをお願いします」

「ありがとう、きっとあの子は怒るでしょうね」

「……私も辛いです」

「申し訳ありません……」

 決してソウシにバレぬ様に表情を崩さぬまま、密談は進められる。


 新しい屋敷でピーチルの食事を美味しい食事を食べた後、ソウシはベッドに潜り込んで二人の少女の顔を思い浮かべた。


「元気かな……会いたいな。レイン……サーニア……」

 その想いは儚き夢と共に砕かれる事を、勇者は未だ知らないままに。

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