第101話 第二商業地区『エラルドルフ』 後編

 

 ガイナスに手を引かれ、レネシア商店を後にしたソウシが向かったのは、所々破けたボロいテントだった。

「ねぇ……店じゃないじゃん」

「良いからついて来なさい。この機会を逃したら会う事すらままなりません」

「僕はもうワンダーキーパーだけで十分だってば! これ以上の買い物は……」

「愛剣の為に、剣士が努力するのは当然の事です!」

 えっへんと胸を張る聖騎士長の横顔を見つめながら、少年は溜息を吐く。


(これ以上何を言っても無駄かな。いざとなったら実力行使で逃げ切ってやる)

 数々の事件に巻き込まれて、ソウシは徐々に逞しくなっていた。だが、余計な争いは望まず、基本的に『逃げる』精神は変わらない。


 何故なら、己の一番の強みは逃げ足だと思い込んでいるからだ。スキルとして発現する程の強い気持ちは、徐々に形を成してステータスに反映される。

『逃走』、『ゾーン』、『見切り』の三つのスキルを自然と発動している時のソウシに隙は無かった。


「魔剣に説教されない為にも、頑張りましょう」

「シャナリスは、白薔薇程我儘じゃないもん……」

「ソウシ、それ以上言ってはなりません。強制的に我々が戦う羽目になります」

「ねぇ、そう言えばテンカさんが言ってたよ? 最近ガイナスは弱くなってるって」

「…………」

 普段なら反論を述べる場面で、聖騎士長は重々しく口を閉ざした。真剣な顔つきに気圧され、ソウシは一歩後ずさる。


「結婚……したいんです」

「〜〜〜〜っ⁉︎」

「最近気づいたのです。本当の幸せとは、愛する者を側で守る事にあるんじゃないかと……驚かせてしまいましたか?」

「いきなり何を言い出すのかと驚きはしたけど、ガイナス独り言で前から呟いてたよ?」

「ふふっ! プロポーズの練習です!」

「お姉ちゃんと付き合ってもいないのに?」

 ーーグサッ!

「もしかしたら振られるかもしれないのに?」

 ーーグサグサッ!

「そ、ソウシ……それ以上はいけない……」

「だって、ガイナスって聖騎士長の癖にヘタレなんだもん!」

 ーーグッサァァァァァッ!!

 勇者は正論を指摘しただけなのだが、聖騎士長の恋愛に関するガラスのハートを見事に貫いた。

 金髪の美丈夫は、精神的ダメージから血反吐を吐いて崩れ落ちる。

 数々の女性と口付けを交わしている目の前の少年との経験値の差から、反論すらままならずにいた。


「だ、大丈夫?」

「ソウシ、覚えておきなさい。私はいつか貴方を超えてみせる……」

「色んな意味で無理な気がするけど、頑張ってね」

 謎の復讐心に燃える男の決意をサラッと流して、本題に入る。


「それで、この先にいる人はどんな人なの?」

「貴方はドワーフについて何処まで知っていますか?」

「学院の歴史の授業で習った位だよ。人族と魔族の争いに巻き込まれて国が滅んだって事は知ってるけど」

「えぇ、ドワーフの作る武器や防具は多くの戦争で重宝されました。ですが、彼等は種族に拘らず鍛治さえ出来ればいいという考えだったので、より多くのドワーフを国に抱えようと奪い合いが起きたのです」


「それって本末転倒じゃないの? 手に入れようとして、滅ぼしちゃうなんてさ」

「それだけ魔族との奪い合いが激化したって事ですよ。現在ドワーフの多くは多種族が集まる大陸『デーン』に集落を作っていると聞きます。戦争のない国ですからね」

「何で『デーン』にいれば狙われないのか不思議だったんだけど、ガイナスは知ってるの?」

 学院のペーパーテストでは出なかった問題を尋ねた。目の前の少年を諭すように聖騎士長は言葉を紡ぐ。


「簡単な事ですよ、この場合は国の位置が問題です。魔族の大陸『ボロム』と人族の大陸『ミリス』は隣同士に繋がっているでしょう? では『デーン』は何処にありますか?」

「そうか! 丁度両大陸の北に位置してるから、何方の国も下手に動けないんだ!」

「正解です。ですから人族も魔族もデーン最大の王都『エラルドルフ』を中立国として認める事で、技術的協力を得ているのですよ」

「この場所と同じ名前?」

「その通りです。ある程度大きな国の地下には、エラルドルフの商人や技術者が暮らす場所があるのですよ」

 コクリと頷いて納得すると同時に、ソウシは嫌な予感に苛まれた。過去に酷い扱いを受けているドワーフならばと、先程のリュースの会話を思い出したのだ。


「もしかして、今から会う人って……人族の事が嫌いとか言わないよね?」

「……嫌いで済むレベルではない程嫌悪されてますね」

「帰る!」

 ソウシは握られた手を振り解こうとするが、全力で力を込められて阻まれる。先程から何故手を握るのか謎だったが、この時ようやく得心した。


「さぁ! あのテントの中には、ドワーフの中でも更に希少な存在である『魔鍛治師』がいるんですよ!」

「嫌だ嫌だ嫌だああああ〜〜!」

 ーー「うるせぇぇぇぇっ‼︎」

 引っ張り合う二人に向かってテントの中から怒声が放たれた。ソウシが怯んでいると、入り口からのっそりと目的の人物が出てくる。


「人の家の前でさっきから何なんだてめぇら! おらの睡眠を妨害するんじゃねぇ!」

「す、すみません!」

「失礼しました。ですが、今日はお願いがあって参ったのです。『魔鍛治師』ロランド様」

 ドワーフは頭を下げるソウシとガイナスを一瞥すると、頭をボリボリと掻きながら振り向いてテントに戻ろうとした。


 ボサボサの灰髪に、手入れのされていない髭、所々破けた布の服、そして、興味がないという意志を示した冷めた視線に、二人が諦めるしかないかと気を落とした瞬間ーー

「マスターの話を聞きなさい! この無礼者!」

「私にもっと良い鞘を作りなさい!」

 ーーシャナリスと白薔薇、二本の魔剣は人化してロランドの前に立ちはだかる。


「ま、まさか……ここまで上等な魔剣がまだ存在してるなんて……」

 白と黒の美女に睨み付けられ、怯むどころかドワーフは瞳を輝かせてソウシ達の元へ走り出した。


「一体どうやってあんな状態の良い魔剣を手に入れたんだ⁉︎ 戦争で酷使された魔剣は、おら達魔鍛治師の減少と共に失われた筈だぞ!」

「私はダンジョンで出会い、ソウシは過去の勇者から譲り受けたのです」

「すげぇな……どれだけ運が良いんだよお前達……」

「話を聞いてくれる気になりましたか?」

「ぐぬぬっ」

 悩むロランドの背後では、二人の美女が憤慨しながら威圧を放っている。ガイナスはトドメだと言わんばかりに言葉を続けた。


「ロランド様、この少年は勇者です。勿論聖剣を顕現する事も出来るのですよ?」

「まじかよ⁉︎ こんな坊やが勇者だってのか⁉︎」

「……一応、はい……」

 次々と明かされる予想外の出来事に、魔鍛治師は愕然として言葉を失った。暫く考え込んだ後に、ソウシとガイナスを見て提案する。


「おらに願いっていうのは、あの二本の魔剣の鞘が欲しいって所か?」

「その通りです」

「良いぜ。だが条件がある!」

「条件……ですか? 金銭ならかなりの額を用意してありますが……」

「金じゃねぇ! おらがそんなに金に飢えてる様に見えるってのか?」

 ソウシ、ガイナス、シャナリス、白薔薇はその台詞を聞いた途端、迷い無く答えた。


「「「「見えますね!」」」」

「うるせぇ! 小綺麗な職人がいてたまるかってんだ! 男は黙ってタンクトップだろうが!」

「おほんっ! 失礼しました。それで、先程の条件とは一体何でしょう?」

「マグルから北にある火山のダンジョンに、『ロゼイーザ』っていう火喰い鳥の魔獣がいる。こいつはかなり厄介な再生能力があるんだが、倒して羽根と魔石を持ち帰って欲しい」

 条件を聞いた四人は、各々想いを走らせた。


 ーー(今のソウシと私なら、何とかなりますかね)

 ーー(またこれだ……僕は休みたいって言ったばかりなのに、またこれだよ……)

 ーー(ご主人様なら余裕だわ。だって私がいるんだもの)

 ーー(マスターの勇姿が見られるチャンス! レベルが上がればロリ聖剣との改造計画も進みますわね……)

 胸をときめかせる魔剣達と正反対にソウシは天井を仰いだ。断りたくてもきっと断れないのだと悟った時、自然と美しい雫が頬を伝う。


「どうだ? やるのか、やらねえのか?」

(ここしかない!)

 勇者はこのピンチを脱する瞬間を見逃さなかった。偏屈なドワーフの事だ、一度断れば意地になって再び鞘を作る機会を与えてくれはしないだろうと閃く。


「やりまーームグゥッ!」

「「やります!」」

 その思考を先読みしたシャナリスがソウシの口を両手で塞ぎ、アイコンタクトを交わしたガイナスと白薔薇が返事をした。


 ーーこの瞬間、契約は成されたといっても過言ではない。ドワーフはそれ程『約束』に拘る種族だ。


「さて、ソウシ! 久しぶりに二人で修行がてら魔石を手に入れる為に冒険ですよ!」

「…………何で嬉しそうなのさ……」

「あっ! 言い忘れてたが、ついでに幾つかリストを上げるから鉱石も採って来てくれ。あの火山は上質な鉱石がゴロゴロ転がってるからな」

「要求が増えた……」

「これはお前の為だよ。見た所真面な防具を持っていないんじゃねぇか?」

「僕は聖剣を発動させれば『天炎の鎧』が装着されるよ」

「そう言う具現化させる鎧はな、元々装備している防具に憑依させる形の方がより強度が増すんだよ」

 本当かどうか怪しいと目を細めるソウシに、シャナリスがあっけらかんと答えた。


「知らなかったんですか? てっきり普段身軽な方が良いから防具を装備していないのだとばかり……」

「えっ……? 本当に防御力上がるの?」

『上がるよ〜! 言い忘れてた、ごめんねご主人!』

 アルフィリアの無邪気で残酷な言葉に、ソウシは半泣きになる。元々痛いのが嫌いなのに、そんなくだらない理由で今まで余計なダメージを負っていたのかと思うと心が折れそうだった。


「鉱石も採って来ます……」

「おうよ! おらは準備をして待ってるぜ!」

「話はついた様ですし、明日出発しましょうか」

 満足気な表情をしたガイナスを恨めしく睨むも、涼しい顔で逸らされ、少年は諦めと共に項垂れる。

 魔剣達は再び主人の元へ戻り、鞘の完成に胸をときめかせていた。


 こうしてエラルドルフで買い物が終わると共に、新しいダンジョン攻略が幕を開けたのだ。姿を見せない獣人の少女の事を、まるで忘れさせるかの様に……


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