第100話 第二商業地区『エラルドルフ』 中編

 

 リュースと呼ばれた獣人の青年の後に続き、ガイナスとソウシが向かったのは『レネシア商店』と書かれた古臭い木造の建物だった。

 看板は雨風のない地下にも関わらず年季を醸し出しており、決して清潔とは言えない雰囲気にソウシはどこかしら疑問を抱く。


「ねぇ……この店は営業してるの?」

「失敬な! 俺っちの店に文句をつけたら例え勇者でも許さねぇぞ!」

「だって……汚い……」

「はんっ! その目は節穴か? 確かにこの建物は年季が入ってるから古い。だが、決して汚くなんてねぇのさ。よく見ろ、埃一つありゃしねーよ」

 リュースの呆れた顔を横目に、ソウシはもう一度店の商品や棚を見る。外から懐いた先入観とは違い、確かに店舗内部は埃一つ積もってはいなかった。


「ご、ごめんなさい!」

「うむ! 素直に過ちを認めたその心意気や良し! 俺っちも婆ちゃんも許す!」

「婆ちゃん?」

「ひょっひょっひょ! いらっしゃい勇者」

 リュースの言葉に首を傾げた直後、ソウシの背後にはいつの間にか黒いローブを羽織った、猫の獣人の老婆が立っていた。


「ひゃあっ!」

「見慣れた猫の獣人だろうに、そんなに驚くことはないさね」

「ははっ! 相変わらず婆ちゃんは人を驚かすのが得意だな〜!」

「注文していたアイテムを受け取りに参りましたよ。レネシア様」

 聖騎士長は胸元に手を添えながら、紳士的に礼節を尽くす。少年は慌ててその所作を真似しながら後に続いた。


「畏まらなくて良いさ。孫の友人に会えて嬉しいからのう」

「??」

 穏やかな表情の老婆に見つめられると、ソウシは言葉の意味が分からずに首を傾げる。


「ガイナス……少しはこの子に説明してやってから同行させな? 驚かせたい気持ちも分かるけど、会う方からすればちょいと礼節に欠けるよ」

「はい、申し訳御座いません!」

 慌てて首を垂れる男を横目に、老婆は混乱するソウシへ語りかけた。


「あのね、あたしらはサーニアの身内さね。あの子はここの存在を知らないから普段会う事は無いが、元気にしてるのは情報屋から聞いてるよ」

「さ、サーニアのお婆ちゃん⁉︎」

「あぁ、いつも孫と仲良くしてくれてありがとうねぇ」

「俺っちは腹違いの兄貴さ!」

 ソウシは何処と無く友人の面影を感じる二人を見つめながら、驚きに染まる。


「そうだったんですか……びっくりしたぁ。僕はソウシって言います、サーニアの友達です! 宜しくお願いします!」

「レネシアさ、宜しくね。個人的な話をする前に、先ずは商売の話を終わらせるとするかねぇ」

 老婆は店の奥から革の小袋を持ってきた。灰色のシンプルな作りだが、留め具の金細工は豪華な意匠を凝らしてあり、少年は思わず息を呑む。


「これは『ワンダーキーパー』と呼ばれるアイテムでね、入れた物を好きに出し入れ出来るのさ」

「そんな小さい袋じゃ、すぐにパンパンになっちゃうよ?」

「ひょひょっ! そこは安心さね。この袋の中は不思議な空間に繋がっていて、どんな物も入れ放題さぁ」

「えぇっ⁉︎」

「証拠を見せてやりたい所なんだがね、このアイテムは所有者を決めると、他の者には使えないんだよ」

「盗ませない対策はバッチリってこったな!」

 レネシアに続いてリュースが自信有り気にアイテムの凄さを語るが、正直ソウシにはピンと来なかった。ガイナスは軽い溜め息混じりに説明する。


「貴方はこれから屋敷を与えられ、寮とは違い、自ら生活していく身となるのです。広い家の管理にはメイドも雇わねばなりませんし、お金は必要でしょう?」

「いや、そもそもそんな屋敷要らない……絶対に落ち着かない……」

「安心しなさい、慣れるまでは私やセリビアさんも支えますよ」

 柔らかな眼差しを向けられるが、聖騎士長の瞳の奥底に隠された想いを勇者は見逃さない。


「ーーガイナスはお姉ちゃんに会いたいだけじゃん!」

「ーーその通りです! 一体何が悪いんですか⁉︎」

 開き直って宣言されるとソウシは押し黙るしかなかったが、どこか腑に落ちない。レネシアは様子を見かねて話を進めた。


「こらこら、屋敷の件は後にしな? 勇者よ、この袋の内部に血を一滴垂らしておくれ」

「血を?」

「所有者以外の人間が開けられない様にするのさ。なぁに、ほんの一滴で構わないよ」

 老婆がワンダーキーパーの開け口を広げると、ソウシの親指を軽く針で突いて血を取り込ませる。ステータスを無視した針の特殊効果に気づき、手際の良さから痛みを感じる間もなかった。


「これも錬金術を付与されて作られたアイテムさね。ほら、これでこの袋は勇者のもんだよ」

 ーーカチッ!

 何かがはまった様な音を立てると、留め具にロックが掛かる。続いてリュースが専用のベルトを腰元に巻き付けた。


「うんうん、似合ってるじゃねぇか! さすが勇者だなぁ〜!」

「そ、そうですか? なんかこのベルトも何処か女性物っぽいんですけど……」

「おや? 勇者は女性物を好むって情報を聞いてから選んだんだけどねぇ?」

「ーー絶対に違います!」

 ソウシは「はて?」と首を傾げる獣人の老婆の誤った情報を全力で否定した。だがーー

「今は代替え品になる品が無くてねぇ。割引してやるから暫くはそれで我慢しな? 先日、火山で討伐された幼竜の皮で作られた一級品だよ」

 ーーあっさりと意見は流されて肩を落とす。


 更に『赤竜のベルト』と『ワンダーキーパー』を身に付けた勇者は、この後に続くであろう金額が怖くて気が気ではなかったのだ。

「因みに……そろそろこのアイテムと装備が幾らなのか教えて貰って良いですか?」

「金貨千六百枚さ」

「……もう一度お願いします」

「金貨千六百枚だよ。孫の友人価格で、ベルトの金貨三十枚はまけてやるさね」

「……ガイナス……解説して?」

 真っ白に燃え尽きそうな少年の肩を叩くと、聖騎士長は真剣な瞳を向ける。


「これは必要なアイテムなのです。私の時なんてもう少し高かったんですよ……材料も職人も希少ですからね」

「少なくとも、この国で取り扱ってる商人はいないねぇ」

「…………」

 初めてまともな買い物をするソウシは、金貨の価値を知ってしまった為に尚更混乱するが、ガイナスは有無を言わさず金貨の詰まった別袋を取り出して支払いを済ませた。

 王からの報酬は、『勇者がワンダーキーパーを手に入れてからの方が良い』と既に進言してあったのだ。


「毎度あり。これからもご贔屓にしておくれ」

「勿論です。レネシア様の人脈に匹敵する商人はおりませんしね」

「年の功さね。あまり婆を煽てるもんじゃないよ」

 リュースは横でガイナスの意見に同意し、誇らしげにウンウンと頷いていた。


「さて、そろそろ目覚めて下さいソウシ。ここから向かう先が、エラルドルフに来た一番の目的なんですからね」

「ーーまだ買う気なの⁉︎ これ以上お金を使うのは嫌だ! 断固拒否!」

「魔剣の鞘が欲しいと言っていたでしょう? これから珍しいドワーフに会いに行くのです」

「僕はそんなに高い鞘じゃなくてもいい……でも、シャナリスが怒るか……」

「私の魔剣『白薔薇』も、妥協した鞘じゃ許してくれないんですよ……」

 ソウシとガイナスは視線を交わし、互いに我儘な魔剣を思い浮かべて深い溜息を吐き出した。


 この先に待つのは、戦争でその数を大きく減らした種族、ドワーフの中でも更に稀少な『魔鍛治師』だったのだ。

 

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