【第7章 『神の子』と『勇者』】

第97話 戦争の始まり

 

 王国マグルに戻った『黒曜の剣』と『勇者』は、直ちに王城お抱えの上位治癒術師に診て貰い、治療を開始した。

 ーーその際、謁見の間に呼ばれたのはピエラただ一人。

 並みの冒険者が決して味わう事の出来ない経験だ。想像しただけでプレッシャーに震え上がっている。

(ステインの裏切り者〜〜!)


 仲間の治癒術師が治療の手助けをすると言う名目で、負傷した者達について行った時には気づく事が出来なかった。

『災厄指定魔獣ベヘモット』の討伐。王や家臣からすれば俄かには信じ難い事実であったが、今回は疑うべくもない条件が揃っている。

 ーー報告内容に『勇者ソウシ』の文字があったのだから。


 ピエラは直接騎士二名に案内され、緊張から重々しく映った扉の前に立つ。

(無理無理無理無理〜〜! めっちゃ帰りたいから〜〜!)

 チラリと横に視線を向けると、満面の笑みを浮かべた騎士に何故かお辞儀された。勇気ある冒険者へ敬意を示しただけなのだが、その思惑は一切伝わっていない。

「あ、あの〜? この先にお、王様いらっしゃるのでふか?」

 慣れない敬語を使い、舌や唇を噛みながら問うと、警備兵の一人が答えた。


「あぁそうだ、決して無礼のない様にな」

「……はい」

 足腰の震えがピークに達しようとしたその時、開かれた扉の先には驚くべき光景が広がっていたのだ。


「ガイナス! こっちだ、こっちを持つのだ!」

「はい! 大臣、そっち側ちょっと曲がってますよ」

「おっ? すまんのう〜! これでどうじゃ?」

「良い感じですね」

「うむ! だが、起きたソウシを驚かせる為にはまだ足りんな! 大臣、ドレスの準備は出来ておるか?」

「国中の仕立て屋の中から、腕の良い職人を選抜して事にあたっておりますぞ〜!」

 王、大臣、聖騎士長の三人は、呆然とその行動を見つめるピエラに気付かず、せっせと謁見の間の飾り付けに励んでいた。


「あ、あの〜!」

「丁度良い、そなた字は書けるか?」

「はい、綺麗では無いかもしれませんが……」

「すまんが我々は今手が離せなくてな、これからここに来る冒険者に、『金貨千枚を授ける』とそこの紙に書いてくれ!」

「へっ⁉︎ 今なんて言いました?」

「純金貨千枚を授けるじゃ! 時間がないから急いでおくれ」

 せっせと玉座の上部に『ソウシ君おめでとう』の幟を掲げる王の言葉に、ピエラは腰を抜かしてへたり込んだ。

 Bランク冒険者が月にクエストで稼げるのは、せいぜい金貨十枚が良いところだ。討伐報酬の他に、レアアイテムなどを売買して生計を立てている者からすれば、その値は充分驚愕する数字だった。


「せ、せ、せ、せ、せ、せ、せ、せ、せ、千枚いいいいいいいいいいいいいいいっ⁉︎」

「「「ーーーーッ⁉︎」」」

 女性の絶叫から、漸くガイナスは手を止めて状況を理解する。

「あぁ、貴女が『黒曜の剣』の冒険者様でしたか、名は?」

「ぴ、ぴ、ピエラともう、しま、す!」

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。先程は失礼しました、私は聖騎士長のガイナスと申します。ソウシの将来の兄です」

「えっ? し、将来? は、初めましてガイナス様! あの子の未来の妻です!」

 混乱して訳も分からない状態に陥っていたピエラは、ガイナスにつられて恋心が混ざった自己紹介をしてしまう。


「……貴女もソウシのハーレム候補ですか」

「へっ? ハーレム⁉︎」

 目を見開いて驚きに染まった女冒険者は、眼前の男の様子に首を傾げた。

(何でこの騎士様、泣いてるんだろう……)

「私にはセリビアさんがいる……羨ましくなんて無い……私にはセリビアさんがいる……絶対羨ましくなんて無いんだ……」

 ブツブツと独り言を呟きながら、己の世界に引きこもってしまった聖騎士長を放っておき、王自ら話を進めた。


「冒険者ピエラよ。此度は勇者ソウシのサポートに回ってくれた恩賞として、金貨千枚を授ける。少ないかもしれんが、その理由はお主達が最も理解しておると思う」

「す、少ないなんて恐れ多い事です! 私は……正直あの子に任せるだけで、何も出来ませんでした……」

 ピエラは勢い良く首を左右に動かして謙遜した後、思い出された悲しみにくれて自らの想いを漏らした。


「災害指定魔獣の討伐など、ここ百年果たした者などおらぬ。お前達はある意味歴史の体現者、そして語り手となれる事を光栄に思うといい」

「……なるほど、それもこの報酬に依頼として含まれている訳ですね」

「察しが良いな。これから勇者はその名が世界中に知れ渡る程の『英雄』になるだろう。我が娘テレスとの結婚も含めて、王国マグルはこれで安泰だ!」

 王として、父として歓喜しているマグル八世の言葉はチクリとピエラの胸を刺した。


「まだ……まだ早いと思います!」

「ふむ……それは我等も理解しておるがな、『見られて』しまったのだろ?」

「……⁉︎」

「ハピーという冒険者の報告によれば、同盟国ゴクイスタルのSSランク冒険者が戦場にいたとある。そして、タイミングを示し合わせたかの様に我が国に親書が届いたのだよ」

「そ、その内容はもしかして……」

「あぁ、魔族の国レイネハルドとの戦争に『勇者』の力を貸して欲しいと書かれている」

 予想通りの王の言葉を聞き、ピエラは思わず顔を伏せる。

(あの子は戦いなんて望んでないのに……何で、何でこうなるのよ……)

 だが、一息間を置いた後にマグル王は柔らかな口調で女冒険者の考えを否定した。


「安心しろ、貴重な勇者を他国の戦場になぞ出さん。更に、ーーある理由から我が国はレイネハルドとは絶対に戦えぬ理由がある」

「えっ? そ、その理由をお聞きしても良いでしょうか!」

「……おるのだ」

「す、すみません聞こえづらくて……」

「勇者の想い人がおるのだ! ガイナスの情報によれば、ソウシの初恋の相手は我が娘のテレスでは無く、どうやらレイネハルドの姫『レイン』なのだ」

「う、嘘……」

 ピエラは瞬時に聖騎士長に視線をずらすと、無言のままに頷き返された。一歩前に進み出た美丈夫は苦々しく口を開いて言葉を紡ぐ。


「ここからが問題なのです。ソウシと敵対しない為に我々はレイネハルドとは戦えない、ですが、同盟国であるゴクイスタルに増援を送らない訳にはいかない。残された選択肢は私とテンカさん位になるのですが、どちらも国を離れられない立場にあります」

「…………」

「そこで、存在が明かされた神の子、『ナンバーズチャイルド』を派遣します」

 聞き覚えのない言葉に首を傾げるが、ピエラに告げられたのはそこまでだった。

『仲間にさえ他言無用』だと命じられ、部屋を後にする。


「王よ、本当に宜しいのですか?」

「小賢しいかもしれないが、戦争は既にいつ始まってもおかしく無い膠着状態にあると聞く。絶対に神の子の事をソウシには知らせてはならぬ」

「もし彼女に何かあれば……我々は彼の信頼を失いますよ?」

「だが、これ以外に方法がないのも事実。致し方無いのだ」

(この方法はセリビアさんにも知られたら嫌われかねない……どうしたらベストだ? ソウシは既に災厄指定魔獣を倒せる程に腕を上げた。ならば……)


「畏まりました、少し所用がある為、一旦屋敷へ戻ります」

 ガイナスはお辞儀をすると、自らの屋敷にいるセリビアの元へ向かった。


 ーー相談と称して会いたかったのが一つ。

 ーー先に告げておけば後から怒られない、嫌われないと打算が働いたのが一つ。

 ーーそして、自らの預かり知らぬ所で動けるのは、彼女だけだと信じていたのが一つ。


 聖騎士長は賭けに出たのだ。今の勇者であれば、『全てを丸く納めることが出来る』そんな淡い期待から密かに王に反する道を選んだ。

 元々地位などに執着はない。愛しい人に嫌われる位ならばと影から動き始める。


 眠る勇者をおいてこの日、魔族の国レイネハルドと人族の国ゴクイスタルの戦争の火蓋は切って落とされた……

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