第98話 勇者困惑する。
治療を終えたソウシは、学院の寮の自分のベッドで目を覚ました。天井を見上げたまま、状況を整理する。
「そ、そうだ! 冒険者のみんなは⁉︎」
「キャッ!」
勢い良く身体を起こすと、額の氷嚢を取り替えに行っていたテレスが、驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。
「やっと起きたのね? どうせ今回も無茶をしたんでしょう?」
「……無事に学院に戻ってこれたのか」
「見れば分かるでしょ。ガイナスの話だと、冒険者の人達も無事に命を取り留めたらしいわ」
「そっか……でも僕さ、また……約束を守れなかったよ」
鬱ぎ込む少年の姿から、姫は言葉を閉ざす。
今回の事件の経緯は聞いていた為、起きた後に哀しみに暮れるであろう事は想像に容易かった。
「それでもソウシは必死で戦ったんでしょう? 災厄指定魔獣なんて野放しにしてたら、きっとみんな死んでたわ」
「…………」
「ありがとう。この国を守ってくれて」
俯く頭をそっと抱き締める。今は唯の女としてでは無く、国の姫として心からの敬意と共に、感謝の意を示した。
「うん。戦いたくは無いけど、僕はもう少し強くならなきゃいけないね」
「……その通りよ、分かってるじゃない」
(また少し、顔付きが男らしくなってる……凄いなぁ……)
矛盾を述べながらも、以前の様に逃げる事を選択しない勇気を持ち合わせた『勇者』を見て、テレスは赤面した。
「そう言えば、学院のみんなはどうしたの?」
「今はもう夜中よ。さっきまでドーカム、ヒナ、メルクにアルティナ先輩やマリオも来ていたわ。狭くてしょうがないってのよ」
「あははっ! 確かにそんな人数が集まったらこの部屋じゃねぇ〜」
「笑い事じゃ無いわよ! まぁ、正直ご飯は助かったわね。セリビアとマリオが交互に作りに来てくれたから……」
「そっか。お姉ちゃんは泣いてなかった?」
テレスはまさかソウシからそんな質問が来るとは予想しておらず、目を見開いた。
「心配そうにウルウルしてたわよ。いつもはソウシの方が泣いてるのにねぇ」
「知らなかったの? 実はお姉ちゃんも僕と同じ位泣き虫なんだよ。ただ、あまり人前で見せない様にしてるだけだもん」
「そうなんだ……」
兄弟の絆を感じて、一瞬だけ姫の表情が歪む。
(お兄様達とは全く違うのね。少しだけ羨ましいかな)
マグル王の実子ーー第一王子と、第二王子は継承権を巡り凄まじく仲が悪かった。そして長女であるテレスを味方につけた方が、次期王になれると勝手に思い込んでしまっているのだ。
その矛先を向けられた身からすれば、道化の様に立ち回る兄達の姿は、苦痛を与える存在以外の何者でもなかった。
「あれ? そう言えばサーニアは? てっきり僕の布団に潜り込んでいるとばかりに思ってたけど」
「そんな事私が許す筈無いでしょ。そういえば珍しく姿を見せてないわね。明日クラスメイトに聞いて見なさいよ」
「そうだね! 冒険者研修もクリア出来たし、みんなと一緒に進級出来るからなぁ」
「……それについては黙秘するわ」
「ふぁっ⁉︎ その言い方絶対に何かあるじゃん!」
「……黙秘するわ」
「い、嫌な予感しかしない……」
冷や汗を流すソウシの予感は、翌日的中する事になる。
寮から出た瞬間に、世界はまるで一変していたのだ。
__________
いつも通り歯を磨き、寮の部屋から出る。少しだけ軋む廊下を歩きながら、今日の天気を見て頑張ろうって思うのが日課になっていた。
庭にひっそりと生えている花の彩りに癒され、僕は願うんだ。
(今日は変な事に巻き込まれません様に!)
外履きの靴を履いて寮の扉を開けた瞬間に、飛び込んだ光景から再び扉を閉める。
(な、何? 何でこんなに人が沢山いるの⁉︎)
ゆっくりと扉を開けて、隙間から外を覗くと、そこにはまるでパレードの観衆の如き人の波が出来ていた。その中心を開けて、『ここを通ってくれ』と言わんばかりに道が作られている。
「ぼ、僕じゃ無いよね? テレスとか他の国の留学生の迎えとか?」
僕が目立たない様に恐る恐る端っこに向けて歩み始めると、突然盛大な歓声が巻き起こった。
「来たわ〜! ソウシ君よ!」
「きゃ〜! 可愛い! 握手してぇ〜!」
「ベヘモット討伐おめでとう! 英雄の誕生だぜーー!」
「お前凄かったんだな! マグルの勇者に栄光を!」
「もう名前でなんて呼べねぇか〜〜!」
「ソウシ様〜! 格好良い!」
「俺のパーティーに入ってくれぇ〜!」
ーー「ひゃああああああああああああああああああああああああああああっ⁉︎」
讃えられる事に慣れてないどころの騒ぎじゃない。ハッキリ言って滅茶苦茶怖かった。知らない人も知ってる人も、僕の事を見て目を輝かせている。
「な、何⁉︎ 本当にやめてええええええええっ!」
無数の手が擽ったいし、中には不思議な触り方をして来る人がいると思って視線を向けると、恍惚の笑みを浮かべたテンカさんが、人混みを上手く避けながら僕の尻を触っていた。
「ちょうど良いです! テンカさんも来て!」
尻にのみ狙いを定めていた為、掴み取るのは簡単で、手首を思い切り引っ張って僕は宙へ跳んだ。
「あらぁっ! ソウシちゃんったら、だ、い、た、ん!」
「あんな人目につく場所で、テンカさんこそ何してるんですか!」
「テイスティングよ!」
「……?」
「可愛いお尻があったらまず触る! だって、そこにお尻があるのだから!」
(この人とは関係を絶った方が良いかもしれないな……)
建物の屋根伝いに会話をしていると、テンカさんは突然現状の核心を突いてきた。
「しょうがないでしょ? 貴方が『Sランク災厄指定魔獣ベヘモット』なんていう、とんでもない怪物を討伐しちゃったんだから。今までの様に民衆にも隠してはおけないしねぇ」
「う、嘘でしょ……もしかして、学院のみんなにもバレてるの?」
「当たり前じゃ無い! 王様からお触れが出てるんだもの」
「…………無かった事には?」
「出来ないわねぇ〜! 気づいて無いかもしれないけど、今回貴方が倒した魔獣って、世界に七匹しかいない最恐とされてる存在なのよ」
確かに強かった。今まで戦ったどんな魔獣よりもダメージを与えられたのは、僕自身が一番分かってる。
__________
「ソウシちゃんは、そろそろ自分の異質さに気付いた方が良いかもね〜!」
(また、強くなってる……私じゃもう敵わないわね)
一瞬だけ鋭い視線に切り替わったマグルの最強の冒険者は、ソウシの内包する強さを把握した。
「……?」
「何でも無いわよ。私が来たのは王様からの依頼で、護衛兼説明役を任されたからね」
「嫌な予感しかしないけど、交渉の余地はある?」
「交渉どころか、良い話尽くめじゃ無いかしら? 今回ソウシちゃんには金貨一万枚が与えられるしねぇ」
テンカはこの事実を知れば、きっと驚きと喜びに打ち震えるだろうと予測していたがーー当てが外れた。
「それは多いの? 金貨なんて使う機会も無かったし、ピンと来ないなぁ」
「ーーーーッ⁉︎」
頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる少年を前にテンカが逆に打ち震える。
(なんて無欲! そして純粋! あぁ〜、この子はやっぱり最高ね)
「はぁ、はぁ、見えて来たわね!」
「何で息が荒いのさ……怖い……」
「き、気にしないで頂戴。さぁ、胸を張って王様に謁見しましょ!」
「僕は日常へ戻してと交渉するけどね」
__________
『謁見の間にて』
「また失敗だのう……」
「儂等の力作が……」
「今回は、私も何故か悲しいですね」
項垂れる王様、大臣、聖騎士長を前にして、少年は呆れた表情を浮かべる。テンカのーー
「どうせなら、目立って登場しましょう!」
ーーそんな提案を受け入れて、流されるままに窓から飛び込んだ際に、準備されたサプライズをぶち壊したのだ。
『勇者よ、おかえり! そしておめでとう!』
垂れ幕を見た直後に、やってしまったと反省しつつソウシは問い掛けた。
「王様、お願いがあります!」
「……ふむ。唐突だが聞こう」
「今回の件を、ーー無かった事にして下さい!」
「それは出来ん。既に他国の実力者に此度の事件は露見してしまった。勇者の力は災厄指定魔獣を狩るほどに強いのだと、これから世界に広まるだろう」
「……マジっすか」
「悲観する事ばかりでは無い。今回用意した報酬の中に新たな住まう屋敷も含まれている。学院には通いたいであろうというガイナスやドールセンの意見も取り入れて、勇者には生徒では無く教師をして貰う事になった!」
サラッと告げられた報酬の話よりも、『学院の教師』という事実の方がソウシには驚きを与える。
『……黙秘するわ』
昨日のテレスの様子から、こういう事かと深い溜息を吐いた。以前の様に表立って逃げる訳にもいかず、ソウシは決意する。
「分かりました。屋敷とかお金はお姉ちゃんに任せるとして、少しだけ考える時間を頂けませんか?」
「まだ目覚めたばかりですしね。王よ、暫くの間、勇者に休養の時間をお与え下さい。」
「うむ。整理する時間も必要だろう」
「ありがとうございます」
「ソウシ、一度私の屋敷に来て下さい。これからの事をもう少し詳しく説明させて頂きます。あと、例の魔剣の鞘について耳寄りな情報が入りました」
「分かったよ。お姉ちゃんにも元気な所を見せたいしね」
「私は聖女の護衛の依頼を受けてるから、一緒に後で合流するわね」
謁見の間を去る際に、何かを企んでいるかの様な王様と大臣の表情が気になったが、ソウシはガイナスの屋敷へ向かう。
世界が変わった一日に、未だ困惑したままに……
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