第93話 誇りある冒険者 3
『スト村南西にて』
「こっちだ! こっちへ来い魔獣ども!」
「はぁ、はぁっ、無茶しないでリーダー!」
ロングイテとピエラの二人は、作戦通り最前線を走っていた獣型の魔獣を狩り、狙われる矛先を自分達へ向ける事には成功していた。
ーーだが、予想以上の数の暴力から、隙を見せれば即座に群体に飲み込まれるであろう事が想像に容易い。
「ピエラ! 空から何か来るぞ!」
「えっ?」
全力で疾走する二人の上空から、ヒュッケバインと呼ばれる黒羽を広げた巨鳥が襲い掛かる。
鋭い前脚の爪を突き出すと、職業騎士の強固な鎧を破壊し、呆気なく肩口の肉ごと削りとった。
「があああああああっ!」
「危ない! 避けてぇっ!」
ピエラの叫びも虚しく、倒れたロングイテの胸部へ再び凶爪が迫ったその瞬間ーー
「やっぱり私達がいないとダメね〜? 『フレイムランス』!」
「自分が思うに、遅れてすまないな」
ーー結界が魔獣の攻撃を阻み、カウンター気味に放たれた炎槍がヒュッケバインの翼を燃やし貫く。
「お、お前ら……来てくれたのかよ」
「話は後だよ! 走りながらステインはリーダーの回復をお願い!」
「確かにのんびり話してる場合じゃない〜!」
「自分が思うに、了解した!」
『黒曜の剣』のメンバーが揃い、失いかけた自信が再び湧き上がる。
左右から術者を挟撃しようと襲い掛かったフォレスウルフの胴体を斬り裂き、ロングイテは吠えた。
「漆黒の剣は負けんぞ! 掛かって来い魔獣どもおおおおおおおおおお!」
ーードカッ!
だがその直後、ピエラが拳骨を食らわせて激昂する。
「こっちから挑発してどうすんのよバカ! そんな暇があったら走る!」
「す、すまん……そして痛い……」
「私マラソン苦手〜! きつい〜!」
「じ、自分が思うに、体力的に、はぁ、はぁ、き、きついぞ!」
魔術師のハピーが要所要所に結界を張り、ロングイテの回復が終わった治癒術師のステインが、付与魔術でサポートに回っている。
隙間を通り抜けて迫る魔獣にピエラが先制し、怯んだ所をロングイテの長剣がとどめを刺した。
先程までとうって変わったパーティーの連携から、敵の攻勢は明らかに減衰している様に見えたのだがーー
「拙いわ! これは一体……」
ーーシーフのスキル『気配察知』と『感覚強化』から感じ取った己の推測から、ピエラの顔がみるみる蒼褪めていく。
尋常じゃ無い様子から、リーダーが一旦足を止めて号令すると、陣形を組んで体勢を整えた。
「どうしたんだ⁉︎」
「……ごめんリーダー、作戦失敗みたい」
「サーチしてみたけど、ここに向かってる魔獣は先行していた数十体だけで〜、他は一直線にスト村へ向かってる〜!」
「自分が思うに、敵側に知能の高い魔獣がいると考えた方がいい……むしろこれこそがボスの狙いではないか……」
顎を抑えて考え込むステインの呟きを聞いた直後、残りのメンバーは驚愕した。
「俺達の方が罠に嵌められたっていうのか⁉︎ そんな馬鹿な!」
「そうよ! 現に敵はこちら側に向かってるじゃない!」
「でも……『繁殖期』の魔獣にしては、妙に冷静な気がする〜目も赤くないし〜!」
認めたくないと否定した二人にとって、ハピーの何気ない一言が決め手になった。ステインが続けて予想を語る。
「自分が思うに、言いたくはないが現状誰一人として死なずに生きていられる事が証拠だろう」
「「「ーーーーッ⁉︎」」」
圧倒的な魔獣の数を前にして、本来Bランク冒険者が抗って生き残れる可能性など皆無だ。
痛い程に先輩冒険者の話や、突然の死を見てきた『漆黒の剣』のメンバーは、揃って項垂れる。
「ちくしょう! それじゃあ、今頃村人達や少年は追い付かれてるんじゃないのか⁉︎」
「それが……なんか変なんだよ」
「うん……ピエラも感じた〜? 魔獣の数が明らかに減っているの〜!」
『繁殖期』によって瘴気の森となったスィガの森を出てしまえば、死した魔獣はアンデット化して蘇る事は無い。
ピエラの脳裏には『勇者』の存在が過ぎったが、それにしても回復が早過ぎると疑問を抱いていた。
(でも、それ以外に考えられない! あの子、きっとまた無茶してるんだわ!)
「急いで引き返しましょう! 道筋は私に任せて!」
「分かった!」
「私、結構体力的に限界〜!」
「じ、自分が思うに、ハピーに同意する……」
「頑張りなさい! 全てをあの子に任せて守られるなんて、絶対に嫌なの!」
弱音を吐く術者二人に、ピエラは喝を入れる。思わず漏れ出た『あの子』と言う台詞に気付けない程、冒険者達は疲労のピークを迎えていた。
__________
『時は遡る』
「何やら雑魚が数十体魔獣を連れてったみたいだが、ありゃあ何をしたいんだと思う?」
「あちしの予測通りならば、あの村人達を守る為に魔獣を引きつけようとして、逆に利用されたってところであろうよ」
「つまり、敵側にはそれだけの知恵を持つ高ランク魔獣がいるって事でいいのか?」
「あちしに質問ばかりすな。少しは自分で考える努力をせい馬鹿者!」
「だってよ〜! お前さんに敵と味方の区別をつけて貰わなくちゃ戦えやしねぇからな」
「ギルマスも大概厄介な依頼を出してくれたものじゃ……本来お主の子守など受けたくも無かったわ」
「そう言いつつも引き受けてくれるなんて、お前さんお人好しもいいとこじゃねぇか?」
「黙りや! その曇ったまなこを文字通り抉り取るぞ⁉︎」
「がははっ! 好きにやってくれい、どうせ俺様は死ねないからな〜!」
胸を張って高笑いしながら髭をなぞり、ザンシロウは眼下に蠢く魔獣の群れの中から、高ランクの『キング種』『クイーン種』のみに狙いを定めた。
隣では望まぬパートナーの視線の先にいる獲物を避けて、自分の狩る対象を絞った女性冒険者が口元を吊り上げる。
「さて、狩ろうかザンシロウ殿?」
「……お前さん、本当に戦闘の時はいい面するよなぁ〜! 欲情しそうだぜ!」
「ふんっ! 魔獣を狩り尽くした後にあちしの情欲が収まらねば、血溜まりの中で相手をしてやっても良いぞ小童!」
「ははっ! そりゃあ最高だな!」
ーー戦闘狂二人は、状況を把握する為に登っていた崖上から一気に飛び降りる。
「さて、最初の獲物は……」
ゴブリンの群れの中心で指示を出していたゴブリンクイーンに向けて、射線上の魔獣諸共ザンシロウは刀を抜き去り、居合い斬りで胴体を真っ二つにした。
ーーギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ〜〜ッ!!
魔獣の絶叫が場に鳴り響く中、下半身と切り離された上半身ごと頭部を掴み上げられ、ゴブリンクイーンは呻き声と共に、憎らしげに眼前の人間を睨み付ける。
「おっ? 雑魚の癖にいい根性じゃないか!」
「ギギッ! グギギィッ!」
「まぁ……死ね」
ザンシロウはその個体に何の興味も持たず、冷酷な瞳のまま刀を持たぬ左手で掴み上げた頭を粉砕する。
「ほらよっと!」
その場から動かず無茶苦茶に刀をブンブンと振り回すだけで、真空波と共に巻き起こった鎌鼬が四方の魔獣の四肢を両断した。
空気中に舞う血飛沫の中を、まるで水を浴びているのと変わらない様子のままに突き進むと、次なる標的に狙いを定める。
「おっ! ウィバーンの群れもいやがるのかぁ! 竜種の尻尾は美味いんだよな〜!」
体長六メートル前後の長時間空を飛べぬ下位竜種、ウィバーンは戦慄した。
血に塗れた『理解出来ぬ存在』が近づいてくるのだ。なまじ知能が高いばかりに、その恐怖は他の魔獣の比ではない。
ーーグキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜!
悲鳴に近い咆哮を轟かせながら、一斉に逃走しようと翼を広げたその瞬間ーー
「逃すわけねぇだろ? 翼がなきゃ飛べもしねぇわな」
ーー斬られたという感覚すらないままに、ウィバーンの両翼が大地に落ちる。
「おいおい、お前さん達仮にも竜種だろ? ほら〜! 餌だぞ〜? 食べに来いよ〜?」
ゆっくりと歩みつつ、降参する様にバンザイしながら己を餌だと語るザンシロウの姿が、何十メートルもある巨竜に映る程に、下位竜種は怯え慄いた。
ーー最早降参するしかないと、忠誠の証として首を垂れ下げた直後に、視界は暗く染まり意識は不意に閉ざされる。
「敵に首を晒すとか、竜種の誇りが欠片もねぇな」
やれやれとザンシロウが呆れた視線を向けた先には、首を両断された無数のウィバーンの屍が転がっていた。
「お前さん達はまだ俺様に斬られて幸せだぞ? あっちなんか非道いもんさ」
「うふふっ! うふふふふふふふふっ! もっと! もっとおいでなさいまし!」
着物が着崩れるのも厭わず、右手には鉄扇を、左手は変質して刀身に化した女性冒険者は魔獣の血飛沫の中を舞う。
ーー狙うは首。その一点のみ。
襲い掛かるオークナイトの群れに囲まれた直後、ふわりと回転して妖艶な笑みを向けた。
刎ねるのでは無く、頚椎に触れるか触れないかというギリギリのラインで刃を引き、敢えて血を噴水の様に宙に噴き出させる。
「うふふっ、あちしに化粧を施してくれるんかぇ?」
真っ赤に染まった顔面から覗く翠色の瞳、血濡れで重くなった着物をズルズルと引き摺る姿に、魔獣達は汚物を垂れ流しながら逃走を開始する。
「あららっ。次は鬼ごっこ? ならば、ーー鬼として食らってやらねばならんのじゃあ!」
背を見せた魔獣から次々と、文字通り額から角を生やし、鬼と化した女性冒険者に斬り刻まれて瀕死に追い込まれる。
数分の後、ピクピクと痙攣する巨大な血池を作り出した魔獣の円環の中心で、鬼は『水遊び』をしながら恍惚に酔っていた。
「あはっ! あはぁ〜〜! 気持ち良いのう〜〜!」
戦闘狂のザンシロウとそのパートナーは、虫を潰す様に魔獣の大群を殲滅し続ける。
漸く駆けつけた『黒曜の剣』が見た凄惨な光景は、とても人が起こし得る類のものでは無かった。
戦場には『二匹』の化け物の笑い声と、『狩られる対象』の絶叫が残響する程に響いていたのだ……
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