第94話 『天を貫く青光』 1

 

「何なんだあいつらは……」

「狂ってるの……?」

 嬉々として魔獣を狩り続ける存在。血に塗れた二匹の獣の笑い声を聞いて、『黒曜の剣』の四人は身慄いした。

 刀を持った男は、『剛の剣』で逃げ惑う魔獣を一刀の元に両断していく。


 その少し離れた場所では、結った白髪と着物をヒラヒラと靡かせて舞い踊る、怖い程に美しい鬼がいた。

 首だけをひたすらに狙い、興奮から口元を緩ませつつ悦に浸っている。


「あれは……近づいちゃダメ」

 珍しく気怠そうな口調ではなく、真剣な面持ちで警告するハピーは、二人の正体に心当たりがある様に仲間からは見えた。

「知り合いなのか?」

「……違う!」

「落ち着いてハピー、らしくないわよ?」

 そっと肩を抱き寄せて、ピエラが興奮した仲間を嗜めると同時に、恐怖からか震えているのが伝わった。


「何で……何でこんな所に『不死の悪魔』がいるのよ……」

 ワナワナと口元を抑えて怯える魔術師の様子が尋常では無いと、リーダーは判断して問う。


「ハピーが知ってるって事は、奴らはゴクイスタル国の冒険者って事か?」

「うん……確かテンカさんと同じSSランク冒険者だったと思う。あの角の生えた女は知らない」

「だが、今は増援が来たと喜んで良いんじゃ無いのか?」

 ロングイテの問いにハピーは暫し悩んだ後、首を横に振った。


「ダメ……聞いたことがある。昔あの男は一緒にクエストに行った仲間を魔獣ごと斬り捨てたって……」

「何でそんな奴が冒険者をやってるのよ!」

「落ち着けよピエラ? ハピーの警告には従おう。俺達はこの隙にテイメス村の人達を逃すんだ!」

「…………」

 頷く三人の仲間を見つめながら、無言のまま冷静に状況を考察していたステインだけが、嫌な予感に苛まれていた。

(自分が思うに、ボスの姿が見えないが一体何処にいるんだ?)


 ーー『黒曜の剣』は戦闘の中心を大きく避け、再び草原へと走り抜け去った。


 __________


 スト村に向けて避難を続けるテイメス村の人々から、次第に安堵の笑みが溢れ始めた頃、勇者はまだ夢の中にいた。

「むにゃむにゃ、見てよお姉ちゃん〜〜! 兎が罠に掛かってるよ〜? 今日はご馳走だねぇ〜」

 一足先に起きたビビは、大人しく腕枕されながらその様子を見つめていた。


「大丈夫かいビビ? 苦しかったらお兄さんの腕から抜け出しても良いぞ?」

「へいきだよパパ〜! お兄ちゃんに抱かれてると、なんかあんしんする〜!」

「そ、そうか……」

「良かったわね〜! ビビはもう将来の恋人と巡り会えたのかしら〜?」

 何故か焦る父と、嬉しそうに微笑む母からの視線を受けて、少女は照れ臭そうにそっぽを向いた。


 そろそろ朝食の時間の為、両親は外で朝食の準備を行っている仲間の元へ向かおうと馬車を降りる。

「おーい! 俺達も手伝うぞ〜!」

「助かるぜ! 火を起こす為の薪が足りなかったんだ!」

「警備団と一緒に集めてくるさ。調理の人手は足りてるか?」

「嫁達が頑張ってくれてるから、あっちに加わってくれ」

「分かったわ!」

 次第に食事の準備が進むにつれて、周囲にスープのいい香りが漂い始めた。

 塩辛い干し肉と、あり合わせの野菜を煮た簡単な料理だったが、ステイン村では家庭の味として親しまれている。


 ーーグウゥゥゥゥゥゥゥッ!

「ご、ご飯⁉︎」

「キャッ!」

「あれ? ここどこ?」

「うふふっ! やっとおきたねお兄ちゃん? ぐっすりねてたよ〜!」 

「お、おはようビビちゃん」

「ちょうどパパとママがゴハンだって言ってた〜!」

「じゃあ、お兄ちゃんと一緒に行こうか」

「うん!」

 嬉しそうに小さな手を差し出す少女の笑顔に癒されながら、ソウシは馬車を降りる。視線の先には複数の不ループに分かれて、輪になって食事を摂る村人達の姿があった。


「こっちだぞ〜!」

「貴方達の分もちゃんと残してあるわ〜!」

 娘の姿に気付いて手を振る両親の元へ駆け出そうと、少女に手を引かれつつ向かった直後ーー

「えっ?」

「〜〜〜〜ッ⁉︎」

 ーー瞬きをする程の一瞬の間に、空間ごと姿を消失させた両親の残影を見て驚愕した。少女は一体何が起こったのか理解出来ず、立ち止まったまま呆けている。


 ーーソウシは動揺しつつも、全力で村人に警告を発した。

「魔獣だああああああああああああああっ! 逃げてええええええええええええええええっ!」

「キャアアアアアアアアッ!」

「急げ、荷物なんて放っておけ! 走れぇっ!」

「ど、どこに居るんだよ⁉︎ 何処にもいないじゃないかぁ!」

 警備団団長のミンが手を振り混乱する人々を誘導しようとするが、それもままならない程に姿の見えない敵からの攻撃は、恐怖心を煽っていた。


「ねぇ、お兄ちゃん……パパとママは……」

「…………」

 ソウシはビビを抱きかかえて、既に走り出していた馬車に再び乗り込ませる。

「約束を守れなくてごめん……でも、これ以上はやらせない!」

 決意を瞳に灯し、勇者は悲痛な怒りに打ち震えていた。

「アルフィリア、シャナリス、何で教えてくれなかったの?」

『敵は自らの気配を消して、透明化出来るみたいなんだ……森を出て迫ってるのは感知してたけど、まさか僕達が接近に気付けない程の能力だとは思ってなかったんだよ……』

『マスター、申し訳ございません。完全に失態です……』


「……ううん。僕が森から逃げなければ良かったんだ。二人を責める資格なんか無いよ」

 勇者は拳を握り込み、己の未熟さを悔やんだ。


 ーーそして感情を爆発させて咆哮する。


「僕のばかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーっ! 来いアルフィリア! シャナリス!」

 胸元と右手の甲から燐光を放ちながら柄が浮かび上がると、同時に聖剣と魔剣が引き抜かれる。


「シャナリス! 『共鳴狂華』発動!」

『はい!』

「アルフィリア! ステータス全開! 『限界突破』いくよ!」

『分かったよ!』

 封印を解放された勇者のオーラが解き放たれ、光柱が天を貫いた。

 視線の先に捉えたのは、動揺から一時的に『透明化』を解いた巨大な厄災指定魔獣『ベヘモット』の姿。


「絶対に許さない!」


 ーー勇者とSランク魔獣の熾烈な戦闘が始まった。

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