第92話 誇りある冒険者 2

 

「それで、勿論何かしらの策はあるのよね?」

「ピエラ……それを俺にも聞くか? 寧ろお前の方が作戦立てるのは得意だろ?」

 乾いた笑いのまま、ロングイテは肩を竦めた。策など張り巡らせている時間も準備も無い。


 ーーだが、特攻して無駄死にするなど真っ平御免だ。

 その点に関しては冷静な判断をしながら、二人の見解は一致している。


「問題は『身体強化』を最初から全力で発動させても、もって五分程度ってとこだろう」

「大群相手に突撃する気だった訳? 呆れるわ……」

「じゃあ、良い方法はあるのかよ!」

「…………ある」

「ーーーーッ⁉︎」

 同じギルドの仲間だからこそ、向けられた険しい表情からリーダーである騎士は即座に理解出来た。この後告げられる策は、危険極まり無いのだと。


「私達は囮になるのよ。『繁殖期』の魔獣達は理性を失っているから、先頭の集団を叩けば自ずと進行方向はこちらへ向くわ」

「成る程……問題は俺達が何処まで引きつけられるかだな」

「うん……下手すると大群に飲み込まれて即死ね」

「だが、無謀に突入するよりも試してみる価値はあるか」

 ピエラは頷くと、腰の短剣をなぞって立ち上がった。本当にらしくない事をしていると思いながら、自然と笑みが溢れる。


「本当にどうしたんだ?」

「……内緒よ」

 背後の馬車を見つめると、瞼を閉じて先程の勇者の先鋭を思い出す。果敢に魔獣を排除する姿は、青白と黒の双剣の煌めきに彩られて美しかった。

(まるで踊ってるみたいだったなぁ。うん、大丈夫! 頑張れる!)


 身体を休める後輩を巻き込む訳にはいかない。その想いに突き動かされて、職業シーフの女冒険者は歩き出した。

「私は守られるだけの女じゃ無いんだから!」

「良く分からんが! 行くぞ!」


『黒曜の剣』の誇り高き二人は、この時『守る』という強い気持ちに高揚して気付いていなかったのだ。


 ーー魔獣達を統率する存在がいる事に……

 ーー災厄指定魔獣ベヘモットの存在に……


 ___________


『同時刻、スト村宿屋にて』


「なんか遠くから気勢が迫ってんなぁ〜? どういう事よ、お前さんなら何か分かんじゃねーの?」

「あちしをお主の様な化け物と一緒にすな。ーーじゃが、大方魔獣じゃろ」

「化け物とは酷い言い草だな。仲間じゃねぇか」

「黙りや。未だに名前すら覚えもしない脳筋を、仲間なんぞと認めやせんわ」

「お前さんだって俺様の名前を覚えちゃいねーだろ? おあいこさ」

 翠色の着物に身を包み、扇子で常に顔を隠している女性は、淑やかに笑いながら男の問いに応える。


「あちしが名を呼べばお主も呼ぶとでも? これまた異な事を申すわ。知りもせぬ名をどう呼ぶのじゃ?」

「……確か……す、す、すいとん?」

「次にその誤った名を呼べば、即座にお主の首を刎ねてくれようぞ」

「違ったのか? まぁ俺様はクソ神の所為で死ねねーから、幾らでも刎ねてくれて構わねーけどな」

 宿のベッドに横たわりながら男はにやけた笑みを浮かべ、女は悔しそうに舌打ちした。


「チッ! 化け物と戯れてばかりもおられぬ。そろそろ行くぞ?」

「肩慣らし程度にはなるか……ところで報酬は何処に請求すんだよ」

「これだけの規模の魔獣討伐であれば、マグル王家か冒険者ギルドから報酬は出るじゃろ」

 気怠そうに欠伸をしながら、男はベッドから降りて立ち上がる。腰には一振りの刀を差し、ボサボサの頭を掻きながら、鋭い眼光を女性へ向けた。


「なんか良い予感がすんだよ。俺とまともにやり合える強者に出会える様な……」

「お主の良い予感は、あちしにとって凶兆以外の何物でも無いわ」


 ーーたわいも無い軽口を叩きあっている様に見えて、二人の纏う雰囲気は強く殺気を帯び始める。


「好きなだけ暴れるが良いさ……ザンシロウ殿」

「あぁ、任せろすいとん!」

 ーーヒュンッ!

「おぉっ⁉︎ マジで首を切りやがったなこの野郎!」

「五月蝿い! さっさといねや!」

 ザンシロウが首筋から噴き出す血を片手で抑え込んでいると、一分も経たずに傷口が塞がる。背後からその様子を見つめていた女性はボソリと呟いた。


「ナンバーズチャイルドか……誠に厄介な存在よな」


 逃亡する者達の目的地であるスト村から、『繁殖期』の魔獣の大群が迫る方向へ向かう謎の存在は、一体戦場に何を齎すのだろうか……

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