第86話 明けない夜は無い 1

 

 マグルを出て六日目の夜、目的地のテイメス村に辿り着いた冒険者達は、既に異変を感じ取っていた。

 何故なら村に近づくに連れて増していく魔獣の襲撃の頻度が、予想を遥かに超えていたからだ。

 その攻勢は徐々に勢いを増し、想像以上にHPと体力を削られていた。更に、魔獣達は正気を失っている様に見える。


 ーー警戒しながら村の結界を抜けて門へ近づくと、不思議な事に見張りすらいなかった。


「どういう事だ? 流石に見張りの一人はいても良いだろう」

「やっぱり何かあったんだね。急いで村に入ろうよ!」

 ロングイテとピエラの合図を受けて、ハピー、ステイン、ソウシの三人も後に続く。


「なんか面倒くさい予感がするなぁ〜」

「自分が思うに、お前がその台詞を吐く時は、大抵碌な事が起こらないのだよ」

「…………」

 無言のままの少年を横目に、『黒曜の剣』は緊張を解してやろうと肩を叩いた。

「心配するな。俺達が村人もお前の事もきっと守り通してやる」

「怪我してもステインが治してくれるしね〜」

 リーダーと魔術師に励まされても、その表情が明るくなる事は無い。何故ならーー

『この人達じゃ防ぎきれないよ』

『一匹だけ相当やばい魔獣がいますね』

 ーー村に入る前から、聖剣と魔剣が状況を正確に判断して伝えてくるからだ。


『繁殖期』の中心へ足を踏み入れようとする仲間達を、止めるべきか逡巡している間に事態は更に悪化した。逃げ道は無いのだ。

 正直に言えば、ソウシは自分一人ならば逃げられると判断していた。魔剣は既に撤退を進言している。


 ーーだが、それは諦めるという事。ーー見捨てるという事。

(どうしたら良い。考えろ。必死に頭を働かせろ……)

 結界はもって一日。明日の夜までに状況を打開する案を考えなければならない。


 ーーパァンッ!

「ふぁっ⁉︎」

 猫騙しをの音に驚いて間抜けな声をあげると、ピエラがソウシの頬をつねっていた。そのまま右手の人差し指を眉間に押し付けると、グリグリと円を描くように動かす。

「こら〜! 眉間にしわを寄せて何を悩んでるのよ? 怖いなら私が手を握っててあげるから、安心しなさい?」

「はい……」


 握られた手は意外にも小さくて、自分と同じ位に思えた。大人だけど女性の手だ。

 引かれるままに村の内部へ入ると、ピエラは『気配察知』のスキルを発動させて、村人達が集まっている村長宅へと直接向かう。仲間達もその後を追った。


「リーダー、村人達は無事みたいだよ。でも何故か一箇所に集まっているみたいだね」

「そうか。とりあえずは依頼を出した村長から事情を聞こう」

「…………」

「どうしたハピー?」

「ん〜。一つだけ分かってる事を言うね。私達って予定より早くこの村に到着したじゃん? なのにさぁ〜、なんで結界が壊れかけてるのかなって〜」

 その言葉を聞いてステインも急いで結界を仰ぎ見た。魔力中心の二人で無ければ気付けない盲点だ。

「自分が思うに……もって一日だな」


「「ーーーーっ⁉︎」」

「…………」

 ソウシは、自分からその事実を告げるまでもなく、気付いてくれた事には安堵するがーー

(それでも状況は一切変わらない。退路にも魔獣がひしめき出したなんて言えない……どうしたら良いんだ)

 ーー急速に数を増し続けている魔獣の気配に、冷や汗を流していた。

(この子の手……冷たくなってる。怖いのかな?)

 ピエラは震える少年の手を握りながら、先輩冒険者として絶対に守ってみせると決意する。


 冒険者は各々が想いを馳せる中、村の中心では村人達による会議が行われていた……


 __________


「絶対に反対だ!」

「だが、真正面から戦うなど以ての外じゃ無いか!」

「そうよ! 私達が魔獣に敵うわけがないじゃ無い!」

「子供達もいるの! 逃げるしか無いわ!」

「じゃあ、一体どうやって逃げると言うのだ!」

「…………」

「…………」

 無言のまま押し黙る村人を見つめながら、警備団団長のミンは苦渋の決断を下した。


「村の男達で、少しでも時間を稼ぎながら魔獣の突破口を開く。女子供は大切な者が死のうが脇目も振らずに子供を連れて逃げてくれ」

「い、や……」

「言っておくが、お前達を逃すのだって不可能かもしれないんだ! 全力でやったって俺達村人に力なんて無いんだ!」


「落ち着け皆の者!」

 村長のワンスが一歩前に進み出て、瞳に決意を宿しながらも、止まらぬ涙を溢れさせる者達へ告げた。

「おそらく冒険者達は間に合うまいて……ミンの苦渋の決断に男達は同意した。子は宝じゃよ……何としても守らねばならぬ。その為に女達よ、生きてくれ!」

「それなら、作戦は練り直しだな。俺達がいるんだからさ!」

「「「ーーーーーーッ⁉︎」」」

 村長が拳を振り上げた直後、家の影からロングイテは姿を見せた。暫く前から話を盗み聞きして現状を確認していたのだ。

「「「わあああああああああああああああああああああ〜〜っ!!」」」

 驚きから目を見開いた村人達は、冒険者の言葉を聞いた直後に歓声をあげると共に泣き崩れた。


「おね、お願いです! 私達を助けてぇーーっ!」

「何でもします! 何でもしますからぁーー!」

 縋るような視線が一斉に『黒曜の剣』に注がれる。


「悪い、想像以上に事態は深刻みたいだな。村長さん、ーー飯にしながら状況を詳しく教えてくれ」

「はいっ!」

 その夜の食事は豪華だった。どうせ逃走するなら最後の晩餐になるかもしれないと、村の備蓄をふんだんに使って料理を作っていたのだ。


「そう言うわけでして……『繁殖期』の魔獣達に、現状村は囲まれておるのです……」

「マジかよ……」

「それはきっついなぁ〜!」

「面倒くさい……」

「自分が思うに、事態は詰んでるぞ?」

 Bランクパーティー冒険者が収めるには状況が悪化しすぎていた事実を知り、四人は食が細くなる。


 ーー今から救援を呼ぶには、先程確認した結界の壊れ具合から不可能だ。既に村に入ってしまった今、連絡の取りようもない。


「撤退戦か……」

「それしかないね」

「……問題は〜?」

「自分が思うに、村人は百名を超える。どれだけの犠牲が出るか……」

 ワンスは絶望的な状況において、自分達を見捨てるという選択肢を取らない冒険者達の話を聞いて、老いた涙腺が潤んだ。


「この様な事態に巻き込んでしまって、心からお詫びします。この老体の命で支払えるならば盾にでも何でも使ってくだされ。ですから何卒、何卒女子供だけは救って欲しい!」

 土下座する老体を、ロングイテは片腕で起こした。その瞳にはおよそ冒険者には相応しくない使命感が宿っている。


「俺は冒険者であると同時に職業騎士なんだ……困ってる人を見捨てて逃げるなんて選択肢は取れないのさ」

「うぅぅ……ありがとう……ございます」

 その様子を見つめて、他の仲間達も決意を固めた。どっちにしろ引き受けた依頼を投げ出すなど、冒険者の名折れだと考えていたのだ。


「あれ? そう言えばあの子は何処へ行ったの?」

「さぁ〜? 怖くて震えてるのかな〜?」

「自分が思うに、外で村人達と食事をしているのだよ」

 いつの間にかいなくなっていた黒髪の少年を探そうと、ピエラはスキルを発動させるが反応が無い。


「……もしかして、逃げた?」

 その言葉を聞いて冒険者パーティーの面々は若干呆れた表情を浮かべるが、あの敏捷ならば魔獣の包囲網から上手く逃げ出せるかもしれないと、責める気にはなれなかった。


「それならそれで、良いよねみんな?」

「元々彼は見習いだ。巻き込む気も無いさ。無事に逃げだせた事を願おう!」

 仲間達はリーダーの言葉に頷く。ーーそんな中、ピエラだけは嫌な予感に苛まれていた。

(あの子……まさか……)


 本当ならあり得る訳は無い。絶対にそんな筈が無いと思うのに、何故だか馬鹿馬鹿しい考えが頭から離れない。

(ちゃんと逃げなさいよ……無事に帰れたら、また頬っぺたを抓ってやるんだから!)

 シーフの冒険者は首を降って、己の有り得ない予想を忘却した。


 __________


『ねぇ〜? 考え直した方が良いよご主人〜? 僕を顕現出来ないって事は本当は逃げたいんでしょう?』

『ロリ聖剣に賛成です! 今回の相手は少々厄介ですよ?』

 アルフィリアとシャナリスの気怠そうな声が脳内に響いた。僕はその通りだと震える身体を抑えつけながら答える。


「分かってるけどさ……直ぐにでも逃げ出したいんだけどさぁ」

『大体ご主人は今回ポーターとしてここに来てるんだよ? 何かいつもと違って、ーーらしく無いんじゃ無い? それより黙れ、ビッチ』

『煩いロリ聖剣。マスター、見知らぬ村人なんて放っておきましょうよ〜?』

 分かってる。見知らぬ人達を守るなんて真っ平ごめんだよ。そんな事の為に命を張る奴の気が知れない。


「でもね……握られた手が温かかったんだ。あんなに小さな子も、ピエラさんの手も……」

 ご飯を食べている最中、村の女の子が隣に座ってきた。僕の事を冒険者のみんなの仲間だと思って手を握りながらお願いされたんだ。


「あのね? ママとパパがないてるの。お兄ちゃんならなんとかできる?」

「……僕には無理だよ? 何とかしてくれるのは、村長さんの家にいる人達さ」

「でも、お兄ちゃんつよいんでしょう? ママがいってた。これからむらにきてくれる人がたすけてくれるって!」

「ーーーーッ⁉︎」

「ねぇ、たすけて? おれいにビビの好きなおにくあげる〜!」

「そうだね……やれる事はやらないと、きっと後悔するよね」


 少女の無邪気な言葉が突き刺さった。僕は何を迷っていたんだろうか。


 ーー握られた手が温かかった。

 ーー向けられた笑顔が眩しかった。

 ーー『黒曜の剣』のみんなは優しかった。


「僕は……守るよ」

『やめておきなよ。半端な覚悟で勝てる数じゃ無いよ?』

『そうですそうです! 昨日の様に木陰に隠れて村人が死ぬのを見ていれば良いではありませんか?』


 もう既に、アルフィリアとシャナリスがわざとこんな事を言っているのは分かってる。言わせたいんであろう台詞も理解出来る。

 ーー足りないのは決意。

 ーー足りないのは覚悟。

 ーー足りないのは自覚だけだ。


「勇者ソウシの名の下に力を貸して! 聖剣アルフィリア! 魔剣シャナリス!」

『やっと言ったか〜! 遅いのさ!』

『御意。マスターの望むままに私を振るって下さいね』


 ーー胸元から、青白光と共に神々しい聖剣が顕現する。

 ーー右手の刻印から炎が巻き起こると、漆黒に輝いた魔剣が手に吸い付く様に握られていた。


 襲い掛かるは無数の魔獣の群れ。その数はランクを問わず五百体を優に超える。ーー対するは勇者一人。

 ただ、白と黒の双剣を携えて、天炎の鎧を纏う姿、ーーその瞳には敗色など一切感じさせる事は無い。


「魔剣シャナリス! 勇者が命じる! 『共鳴狂華(キョウメイキョウカ)』発動!」

『御意。我等の力を存分に見せつけてあげましょう!』


 今ここに、孤独な殲滅戦が開始された……

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