第85話 スィガの森の異変
『黒曜の剣』とソウシが、テイメス村に向かい始めて五日間が経った頃、村の周辺では異変が起きていた。
村長のワンスは報告された事実を確認しに結界石の祠へ向かうと、ガタガタと震える身体を抑え付ける。
(期日を読み間違えたというのか⁉︎ いや、二日前までは確かに輝きを放っておった筈じゃ……ならば森で何かが起きておると考えるしかあるまい)
「誰か! 警備団の者を呼んで来てくれ!」
指示を受けた村人が走って暫くした後、村の力自慢の者を中心に組織された、警備団の団員が整列する。
「突然呼び出して、どうしたんだよ村長?」
「……お主らには酷な話をする。冒険者達が到着する前に、村の結界は魔獣に破壊されるじゃろう」
「「「なんだって⁉︎」」」
ワンスから吐露された真実に、団員達は驚きと動揺を隠せずにいた。
「期日を読み間違えたのか? いや……俺も一緒に確認したんだ。それは無いか……」
「その通りじゃ、ミン団長と儂の見立てが間違う事はあるまい、ーー答えは一つじゃ」
「もしかして……嘘だろ?」
「いや……『繁殖期』しかあるまいて」
その村長の言葉を聞いた瞬間に、周囲が一斉にどよめいた。
「確かに森の『瘴気』は普段より濃くなっていたが、『繁殖期』を起こす程の量では無かったぞ!」
「儂らの確認が甘かったんじゃ。素直に認めるしかあるまい」
ーー危険な予兆は充分にあった。だが、ギルドへ出張依頼を出すには相当な金銭が掛かる。話し合った上で、Bランク冒険者で事足りると判断してしまったのだ。
「それじゃあ……もし冒険者が来ても……」
「あぁ、儂らは逃げるしか出来ん。だが結界が壊れれば、それすら不可能になるじゃろう」
「…………」
静寂が場を支配する。警備団の皆が村長の眉を顰めた苦しげな表情を見て、冗談では無い事を悟ったのだ。そして、この後に告げられるであろう残酷な事実はーー
「申し訳無いが、結界が壊れた際に警備団の者達は、村人を逃す盾になって欲しい」
ーー想像通りに絶望を突き付けた。
「あぁ、ああああああああああああああああ〜〜っ!」
「嫌だあああああああああああああああーー‼︎
「まだ、俺は死にたくねぇ……」
「子供が生まれたばかりなんだぞ! 一体なんでこんな目に!」
ーー絶叫する者。
ーー怯えて泣き出す者。
ーー神に祈りを捧げる者。
ーー激昂する者。
警備団という組織が混乱から崩壊しかけた最中、ーー団長のミンは一歩前に進み出る。
「鎮まれ! お前ら、今の姿を嫁や子供、恋人に見せられるのか⁉︎」
「「「…………」」」
「現状に嘆いて俺や村長を責めるのは良い。だがな、それで何が変わる? 想像しろ! このままじゃ全滅だぞ、大切な者を守りたくは無いのか!」
「「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」」」
ミンの正論に、団員達は押し黙る他ない。もっと訴えたい事はある。だが、ーー皆家族や恋人がいる者が選抜されていた。
絶望に打ちひしがれる中、明日までに作戦を立てるという事で一時解散という事になる。二人きりになった村長と団長は、誰にも聞かれぬ様に二人きりで本音を語った。
「正直、水晶の輝きの減衰の状態から、『繁殖期』で数を増した魔獣は優に百を超えるだろう。俺達じゃ一日も時間を稼げないぞ……」
「わかっておる。最早、これから来てくれる冒険者の腕に期待するしかあるまいよ」
「Bランク冒険者では、俺と対して膂力は変わらん」
「それも理解しておる。ーー既に神頼みでしかないのじゃ」
ワンスとミンは視線を交わし、互いに苦笑いを浮かべた。
「あぁ、俺も祈ろう。これから助けに来てくれるパーティーが間に合ってくれる奇跡と、その中にこの状況を打開出来る強者がいるなんていう、ーー都合のいい馬鹿みたいなもう一つの奇跡に」
そのまま二人は黙したまま別れる。そんな奇跡が起こる訳が無いのを理解したまま、己の愛する家族と残りの時間を過ごす為に……
__________
「ぐわああああああああああああああああああああああああ〜〜っ‼︎」
「良いから頑張りなさい少年!」
「この前、僕頑張るって言ってただろうが!」
「うふふ〜っ! 大丈夫よ〜? 気持ち悪くなってもステインが回復するわ〜!」
「自分が思うに、MPの消費が予想以上に多いのは彼の所為なのだが……」
泣哭を響かせるソウシの眼前に転がっていたのは、昆虫型魔獣のワームの群れだった。絶命寸前で緑色の体液を流しながらも、強靭な生命力でまだ身体がウネウネと動いている。
「無理無理無理無理無理無理〜〜! 僕はドラゴンよりも、虫の方が無理なんですってば〜〜!」
「だーめっ! ポーターなんだからしっかりしなさい!」
ピエラが半泣きの少年を見つめながら、愉快にクスクスと笑う。
「ピャアアアアアアアアアアアアア〜〜! ついた〜⁉︎ 緑色のなんかが手についた〜〜!」
「何でソウシはAクラスに入れたのか、本当に謎だな……」
「まぁまぁ、いいじゃ無いリーダー。こんなに笑ったのは久しぶりよ?」
「さっきあの子ドラゴンとか言って無かった〜?」
「ハピー、自分が思うに例えの話だろう」
傷口から噴き出す体液を必死に避け、何とかワームの討伐部位である牙を折ろうと試みる少年を見ながら、『黒曜の剣』のメンバーは一息ついていた。
眼前で繰り広げられる新米ポーターの慌てふためく姿を見つめながら、皆で笑い合う。
「実力はともかく、彼は良いポーターだな」
「…………そうね」
ピエラは一瞬鋭い眼光を覗かせるが押し黙る。数日前の朝起きた際に、『自分が見張りの最中に眠ってしまった』という事実に未だ納得がいって無かった。
(私があの子に落とされた? それはあり得ない……もしそんな事が出来るなら、ポーターなんかやる訳ないじゃ無い)
「いつもより魔獣に襲われる回数が少なかったおかげで、明日には村に着けるしな!」
「ヒイイイイイイイィィィィィィ〜〜〜〜‼︎」
ソウシの絶叫が鳴り響く中、Bランクパーティー『黒曜の剣』のメンバーはピエラを除いて全く気付いていなかった。
ーー普段より魔獣に襲われないのは、敵の本能が理解しているからだ。
決して叶わぬ存在を魔獣が忌避して、自分達が避けられていたと気付いていなかった冒険者の面々は、予想より一日早く村へ辿り着こうとしていた。
ーーそれは幸運か。
ーーはたまた不幸か。
そして、スィガの森の奥では『繁殖期』の影響を受けて、一匹のSランク魔獣が誕生していた。
ーー名はベヘモット。一匹で街を流し破壊し尽くすという巨大な水棲獣、国が認めた『災厄指定』魔獣だ。
何も知らない勇者は、虫相手に大泣きしていた……
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