第84話 情けないポーター 4

 

「情けないポーターだね〜? もしかして君役立たず少年〜?」

 魔獣との戦闘が終わって素材回収後の休憩中、草原の端には魔術師のハピーに背中をさすられながら、真っ青になったソウシの姿があった。

「だって……死んでる魔獣の解体とかグロいです……ウプッ!」

「面倒くさいから早く回復して〜?」

「まだ無理ですぅ〜」


 完全にグロッキーな少年から離れると、ステインに視線で合図を送った。頷き返して背後に近寄ると、灰色短髪の二十代後半の治癒術師の青年は、長身を屈めて回復魔術を詠唱する。

「『キュアル』……自分が思うに、これで少しは楽になるだろう」

「……確かに少しは吐き気が治ったような気がします」

「状態回復魔術だ。初級だが、自分が思うにMPは温存しておかねばならないからな。我慢してくれ」

「あ、ありがとうございます」


 薄っすら微笑むと、ステインは野営の準備に戻っていった。

 ソウシは水を口に含むと、ゆっくり身体に沁み渡らせる。


『情けないなぁ〜!』

『そんなに苦しむ位なら、私の能力を使えば良かったのでは?』

 勇者は聖剣と魔剣の己に対する態度の差が激しいと嘆きながら、後者に返答した。

「シャナリスの能力は駄目! アルフィリアの顕現はもっと駄目!!」

『『ブ〜ブ〜!』』

「文句は受け付けません! 大体アルフィリアは封印があるからともかく、シャナリスは僕に何をしたか忘れてないだろうね?」

『私を使って貰っただけですよ?』

「あの惨事をソレだけだと言うのか……恐ろしい子……」

『あら? 多少好きに暴れさせて貰っただけではありませんか? マスターはリンクし易くて素敵でしたよ!』


 ーー勇者は魔剣の台詞を聞き、『ある出来事』を思い出して身震いした。

(絶対シャナリスは出しちゃ駄目だ……ある意味アルフィリアより危険だもん)


「おーい! 夕飯が出来たぞ〜? 気持ち悪くてもスープ位は飲んでおけ!」

 ロングイテに呼ばれ、ソウシは立ち上がるとテントが張られた野営地に向かった。周辺にはハピーが結界を張っており、高ランクの魔獣以外は近づけないと説明されて安堵する。


 ーー焚き火を囲う中、『黒曜の剣』は懐かしい思い出を語り始めた。


「マグル魔術学院かぁ〜! 懐かしいねリーダー?」

「あぁ、俺とハピーは学院の卒業生なんだぜ。知ってたか?」

「そうだったんですか。僕は村人なのに入学させられて、色々大変なんですよ」

「そういえばクラスは何なの〜? やっぱりFクラス〜?」

 ハピーとロングイテは元々Dクラスに入っていた。三年になって漸くCクラスに上がれた同級生だ。何気ない一言だったつもりがーー

「あぁ、一年のAクラスですよ! 勝手に決められましたけどね……」

 ーー悲しげに黄昏る少年の言葉を聞いて、驚愕に目を見開く事になる。


「はぁっ⁉︎ 一年からAクラスだって?」

「……信じられない」

(あれ? 何か拙い事言っちゃった?)

 焦るソウシを他所に、ピエラとステインは首を傾げて問う。

「何を驚いてんのよあんた達? 私は元々マグルの出身じゃないんだから、分かりやすいように説明して?」

 真剣な顔付きに変わったロングイテが、ソウシの全身をくまなく見つめた後、メンバーに説明した。


「俺達が卒業した学院のAクラスのメンバーは卒業後、王国の騎士隊と魔術隊にスカウトされる。つまりは卒業した時点でAランク冒険者並みの扱いを受けられるんだ……」

「一年でAクラスに入れるのは、一部の貴族のエリートか〜、本当に才ある者だけなのよ〜?」

「…………」

「…………」

 突然無言になったBランクのパーティーから視線を注がれて、ソウシは必死で誤魔化そうとするがーー

「い、いやぁ〜! だから僕も虐められて最初は大変でしたぁ〜! あはは〜!」

「少なくとも、君が職業『村人』と言っているのが嘘なのは分かっている」

 ーー最早無意味。学院の出身者に通じる嘘では無かった。


 だが、困り果てる少年の姿を見てリーダーのロングイテは微笑んだ。

「いいよ。何か事情があるんだろ? 冒険者には過去を詮索するなって暗黙のルールがあるのさ。覚えておくといい」

「そうね。少なくとも君が悪人じゃない事は、ギルマスとテンカさんが保証してるしさ」

「面倒くさいから〜、気にしない〜」

「自分が思うに、すまなかったな。気にするな少年」

(あぁ……この人達は本当に優しい人達だ……)

 もっと余計な詮索をされて、また戦いに巻き込まれると怯えた途端、向けられた暖かな微笑みに思わず涙ぐむ。


「すいません。ありがとうございます……僕……ポーター頑張りますから!」

「あぁ、期待してるぞ!」

 力強く叩かれた肩が熱かった。ソウシは無理矢理拉致されて付き合わされているという考えを改める。

(僕にもやれる事をやろう!)


 その日の夜は、興奮する自分を抑えきれず中々眠りにつけなかった。テントを抜け出して、焚き火で見張りを続けるピエラの元に向かう。


「お疲れ様です!」

「あら? まだ寝てなかったの?」

「なんか、頑張ろうって思ったら寝付けなくて……」

「そっか。座りなよ」

「はい」

 パチパチと小さく燻る焚き火を眺めながら、ソウシは緊張していた。

 何故なら、ーー眼前の女性の前髪にかかった赤髪の隙間から、金色の双眸がくいる様に自分の胸元を凝視しているのが分かったからだ。


「あの〜? どうかしました?」

「ねぇ、リーダーは気にするなって言ったけどさぁ。あんた何で封印されてるの?」

「〜〜〜〜〜〜ッ⁉︎」

「それ、貴重なアイテムを記した文献で見た事がある。Sランクアイテムだよね? 確かマグル王国の秘宝の一つの筈……」

「き、気のせいですよ⁉︎ こんなチョーカー何処にでもありますって〜! 贋作ですよ〜!」

(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい〜〜っ!)

 何故焦るのか答えは一つだ。この後、己が予測しているピエラから問われるだろう台詞を言われたら、完全にアウトだと理解していた。


「じゃあ、外してみてよ?」

 ここに勇者、聖剣、魔剣の脳内会議が始まる。議題は『何とかピエラを誤魔化す為には』だった。


(ほら来たーーーー! アルフィリア! 助けて⁉︎)

『無理じゃね? だって戦闘じゃないから封印解けないし、解けても僕が顕現しちゃうしさぁ』

(シャナリス! なんか名案は⁉︎)

『私を格好良く顕現させて、「実は俺様、魔剣使いなんだぜ?」って格好良くポーズをとる!」

(駄目だ……両方当てにならない……馬鹿ばっかりだ)

『あ〜〜! 今僕を馬鹿にしたね? 次に顕現したら人化してビンタだよ』

『マスターの絶望に身を染める姿……あぁ……萌える』

(駄目だ……理不尽聖剣とドS魔剣に期待してはいけない……)

『ブーブー! 我々はこの横暴に断固抗議する!』

『新しい鞘を早く作れぇーー!』

(この前革の鞘を見せたら、こんなの嫌だって散々文句言った癖に!)


 ーー脳内会議は一瞬で終わりを告げ、ソウシが導き出した答えは唯一つだった。


「外せないの? 言い訳があるなら言ってみなよ少年」

「……ごめんなさい」

「えっ?」

 ソウシは『限界突破』を発動させると、一瞬でピエラの視界から消え失せた。直後、背後から強烈な手刀を首元に浴びせて気絶させる。


 作戦名『寝かせれば何とかなるんじゃね?』が発動された。そして脳内ではーー

『なんかさぁ〜。ご主人って結局最後は実力行使で解決しようとするよね〜。僕は聖剣として嘆かわしいよ』

『本当ですね〜? もっと困ってる姿を見たかったのにぃ! 女の人に手をあげるなんて最低です!』

 ーーアルフィリアとシャナリスの正論を聞いて、グゥの音も出ずに膝から崩れ落ちる。


「誰か……『勇者』変わって下さい……」

 久しぶりに吐き出した過去と変わらぬ本音は、満天の夜空に溶けて消え去った……

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