第87話 明けない夜は無い 2
スィガの森から闇に蠢く魔獣の咆哮が響き渡り、一斉にテイメス村に侵攻を開始した直後、白光を輝かせた剣閃が天を貫くと同時に振り下ろされる。
森の木々ごと両断された大地の上にいた生物は、瞬時にその命を絶命させると同時に消滅した。
魔獣の中にはランクと共に知能が高い個体がいる。それらは、瞬時に自らを滅する存在がいる事を知覚したのだ。
ラットマン、オーク、オーガ、コボルト、更には瘴気を元に生み出されたグールなどの死霊は、キング種の命により向かう方向を一点に集中させた。
ーーその先にいる一人の少年を殺す為に。
『マスター! リンクが終わるまでは無茶をしないで下さい!』
「ぐうぅっ……いいんだ。最初に魔獣達の気を引かないと、広範囲過ぎて村のみんなを守りきれない……それより急いで!」
『はい!』
ソウシは魔剣と精神をリンクさせると共に、身体を引き裂かれる様な激痛に苛まれていた。
『やっぱり無茶かな〜? ビッチの能力と僕の能力が同時発動出来れば、面白い事になると思ったんだけど……』
「分かってる。僕の精神は弱い。シャナリスに支えて貰わないと、今にも怖くて逃げちゃいそうだからさ」
『マスター……そんなにも私の事を……』
『おーい勘違いすんなビッチ。言ってる事は勇者として最低だぞ〜!』
聖剣と魔剣が脳内で会話する中、視界の先には無数の魔獣が目を血走らせて襲い掛かって来る。
「シャナリス! 準備は良い?」
『はい! リンク完了しました! 『共鳴狂華』発動します!』
直後、勇者は変貌する。黒髪が伸び、その瞳は魔獣と同じく凶暴な灼眼に染まり、天炎の鎧はその姿をより刺々しい攻撃的な形へと変えた。
ーー『共鳴狂華』それは敢えて肉体から思考を切り離し、暴走状態にする事でリミッターを解除する、魔剣シャナリスの固有能力。
その際に意識を失わない様に、切り離した精神をシャナリスとリンクさせ、ある程度の制御を可能とするのだ。
だが肉体のダメージの痛みや感覚が失われる訳では無い。ステータスに依存したある種の賭けだった。
『うええぇぇ〜! やっぱり変な感じがする〜! 気持ち悪い〜!』
アルフィリアが言うのは、何も感覚的な話だけでは無かった。ぶっつけ本番で試してみた結果、能力同士がぶつかり合い、均衡を保てずに勇者の身体を内部から破壊しかけていたのだ。
しかし、諸刃の剣とも言える行為だが、その攻撃力は凄まじい。
「痛い痛い痛い痛い〜〜!」
『来ます!』
呻くソウシの元へ、コボルトの群れが二十匹以上一斉に襲い掛かった。
ーー「ギャッ⁉︎」
一閃。闇夜に疾る灼眼の煌めきと、蒼白いオーラが幽遠へと過ぎ去った瞬間、魔獣の胴体は真っ二つにされた。
「グギギギギギッ!」
続いて四方から、筋肉を隆起させた鬼達が巨斧を一斉に振り下ろす。
「…………」
無言のまま、ソウシは聖剣と魔剣を交差させると四本の斧を受け止め、柳の体術で力に逆らわずに逸らした。隙の出来た鬼達の膝から下を、回転斬りで斬り裂いていく。
「ギイイイイイイイイイッ〜〜!」
「うるさい……」
首を刎ねようとした直後、空が赤く染まり火魔術『フレイムランス』の雨が降り注いだ。
「セイントフィールド!」
流石に無傷では済まないだろうと、ゴブリンメイジの部隊が近づいた瞬間目にしたものは、炎の中を悠然と歩く黒髪の少年の姿だった。
その冷酷な瞳に相反する灼眼が、余計に悍ましく感じさせる。
「もっと来なよ?」
挑発を受けて、木の上で待機していたブラックウルフの群れが、一斉に飛び降りて牙を剥いた。意識を上空に向けた直後、大地からはグールが這い出て足首を固定される。
「……ダークフレイム」
「ぐおおおおおおおおおおっ!」
グールは一瞬の内に灰と化し、飛び掛かる狼達は、瞬きをする事も許されぬ程の時間の間に、首を切断される。
「ガガッ⁉︎」
ーー気づく事すら出来ないのだ。己がもう終わっているという事実に。
「あれ?」
「キキキキキッ!」
ソウシは突然身体が重くなった感覚を味わいながら、地面を見つめる。
そこには二十センチ程の矮小なラットマンが、とても小さな傷を足首につけていただけなのだが、その針が問題だった。
『猛毒針』ーーゴブリンよりも弱いラットマンがBランク魔獣に認定されているのは、その針と固有スキルがあるからだ。
『防御不可』そのスキルは勇者の天炎の鎧にも例外は無かった。
「……邪魔」
小鼠達は魔剣の業火に焼かれて一蹴される。精神をリンクしたシャナリスは進言した。
『マスター、毒は拙いです! 一度撤退して下さい!」
「出来ない……する気もない」
『ビッチ。黙って見てなよ。僕のご主人が格好良いとこ見せてるんだからさ』
『ですが……』
「来る!」
魔獣達はキング種の命を受け、いつの間にか円形に陣を敷いて、勇者を取り囲んでいた。
そこから繰り出される波状攻撃は、途端に攻勢を増していく。
第一陣を聖剣の煌めきが斬り裂き、追撃を魔剣の炎で焼き尽くそうとも、絶命する直前の魔獣達はソウシの四肢へへばりつき、せめてもと牙や爪を突き立てた。
天炎の鎧と高い防御力から擦り傷程のダメージしか追わないがーー攻撃が止まないのだ。
それは徐々に、ほんの少しずつではあるが勇者のHPと体力を奪っていった。
「…………っ!」
木々の上へ逃げようにも、数十を超える魔獣の屍が動きを封じている。血溜まりはまるで呪いの様に、その場に足を縫い止めた。
『ご主人! 一度この辺りを消滅させるんだ!』
「……『輝聖蒼刃』!」
『ダメです! これ以上聖剣の能力を使ったらーー』
「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!!」」」」」
無数の断末魔が森中へ轟いた。魔剣の忠告を無視して、ソウシは極大の閃光を放つと周囲の魔獣を屍ごと消滅させたのだ。直後、身体に異変が起こる。
『あぁ……やっぱり精神のリンクが解けます……』
「ガハッ!」
口から吐血すると共に、『共鳴狂華』が強制的に打ち消された。瞳の色が黒に戻ると、思考が回復して暴走状態が解除される。
「ど、どういう事⁉︎ まだ時間に余裕はあった筈だよ!」
『バランスの問題です……聖剣の力が強過ぎて、私の能力との均衡が保て無かったのです』
『もう少し頑張れよビッチ〜!』
「どこか嬉しそうに言うのはやめなさい……それより拙いな、きっとまた直ぐに押し寄せて来る筈だ」
ーー逃げるか、逃げないか。
「うん。今は逃げない! あともう少しだけ時間を稼いだら逃げる!」
『おぉ、ご主人が真面な事を言ってる!』
『そこは褒める所なのでしょうか? 普通は倒すとかになるんじゃ……』
呆れた声を発するシャナリスへ、自信満々に勇者と聖剣は言い放った。
『「今逃げてないだけ、僕(ご主人)は頑張ってる方さ!」』
『…………』
答える事なく、シャナリスは人化する。その表情は何処か冷たかったがーー
「とりあえず、雑魚の相手は私がしましょう。能力が使えない以上、その方が効率がいい筈です」
「助かるよ。ありがとう!」
『僕としてはやっぱりこの方がしっくり来るな〜! ご主人もそう思わない?』
「確かに慣れない双剣は無理があったね。落ち着いたら鍛錬しなきゃなぁ」
軽口を叩いている間にも、森の深奥からは次々と魔獣が向かって来るのが分かっていた。
シャナリスは手刀を構え、ソウシは背中を預けて聖剣を上段に構える。
「行くよ!」
額から流れる血、身体を廻る毒に侵されながら、勇者は魔獣を殲滅し続けた……
__________
『五時間後』
テイメス村では『黒曜の剣』と自警団の指示の元、非難が開始されている。ピエラが感知した最も魔獣の気配が薄い方向へ歩いていた。
警戒する冒険者達は、ある疑問から相談し合う。
「さっきの光の柱は何だ? それに、『繁殖期』の魔獣達の勢いが、この程度の筈が無い……」
「当たり前でしょ? それにさっきから時々、魔獣の咆哮や悲鳴が聞こえてる」
「どう言う事〜?」
「自分が思うに、戦いは既に起きているのだよ」
「そんな訳が無いだろう。この村の依頼を受けたのは俺達なんだぜ? 他の冒険者なんて来ていないし、きっと魔獣同士の縄張り争いでも起きているんじゃないか? 逆に幸運さ!」
「…………」
(本当にそうなの? 私達は何かを見落としているんじゃ……)
「そう言えばあの子、無事に逃げられたかな〜?」
「ーーーーッ⁉︎」
ハピーの何気ない一言を聞いた瞬間に、ピエラの中で直感が働いた。
(そうだ、私達意外にこの場所に来た存在なんて……あの子しかいない!)
「ねぇ、リーダー! 申し訳無いけど私を偵察に行かせて!」
「何を言ってるんだ? この先にいる魔獣の事ならなら、パーティーから離れる方が戦力を落とすことになりかねないだろう?」
「違う! 多分、私の考えが正しければ……とにかくごめん!」
「お、おい!」
ピエラはパーティーから離脱すると、スキルを発動させて全速力で森を駆け抜けた。
己の考えが嘘であって欲しいと願い、焦燥感を押し殺しながら走った先で見た光景に絶句する事になる……
血だらけになりながら、只管に剣を振るい一人魔獣と戦う少年の姿が、ーーそこにはあったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます