第82話 情けないポーター 2

 

 ソウシはテンカとゲンジェに別れを告げ、『黒曜の剣』と共に一階の酒場でテーブルを囲っていた。

「数週間の付き合いになるから、自己紹介をしておこう。俺はBランクパーティー『黒曜の剣』のリーダー、騎士のロングイテだ。これから宜しくな」

「私はシーフのピエラよ! よろしくね少年!」

「自己紹介とか面倒くさいなぁ〜。私は魔術師のハピー」

「自分はステイン。治癒術師をしている」


 全員が二十代半ばの歳上に囲まれてソウシの緊張感は限界に達していたが、声を振り絞る。

「『村人』のソウシです! よ、よろしくお願いしましゅ!」

「あっ……噛んだ! 君どんだけ緊張してるのよ。ほら、肩の力を抜いて深呼吸しな?」

 ピエラはケラケラと笑いながらも、歳下の少年のガチガチに固まった背中を優しく摩る。


「す、すいません……学院で突然拉致された上に、いきなり知らない人だらけの場所に放り込まれたので、緊張していて……」

「えっ?」

「同意してここに来てるんじゃないの?」

「いえ……基本的にいつも僕の主張は無視されて話が進むばかりで、いつの間にか何かに巻き込まれるんですよ……ははっ。会話って何なんでしょうね」

 乾いた笑みを浮かべる少年の目元には、薄っすらと涙が滲んでいる。


(この少年、苦労してるんだろうなぁ……)

 リーダーのロングイテは、この時完全に勘違いしていた。何故なら職業『村人』でマグル学院に通っているのだ。

 きっと己には理解出来ない程、辛い目にあっているのだと想像して拳を深く握り込む。


 憐憫の視線を受けて同情されている本人は、遠い目をしながら今日の朝の出来事を思い出していた。


 __________


「おはよう〜お姉ちゃん!」

「あ、あら〜! おはようソウシ! 今日も元気そうで何よりだわ〜?」

 学院の門をくぐった先に居たセリビアへ挨拶すると、何故か焦った表情で返事をされる。不思議に思い首を傾げると、昼食を直接手渡された。


「ぴ、ピーチルさんが体調を崩して朝食が余ってしまったみたいなの。捨てるのも勿体無いからソウシにあげようと思って持って来たのよ」

「えっ? ピーチルさんは大丈夫なの? 帰りにお見舞いにいこうかなぁ〜」

「だ、大丈夫よ! 寧ろ病気を移しちゃ悪いから寝ているみたいなの。落ち着いたら教えるから会いに行きなさい!」

「う、うん……わかったよ! でもガイナス邸のメイドさんが作ったお弁当は楽しみだなぁ〜! 今日も頑張ってくるね」

「えぇ……女生徒には気を付けなさい……」


 ーー意味深な言葉を発する姉に疑念を抱きつつ、授業を受けて昼時になった。


「サーニア〜! メルクオーネ〜! 屋上に行くよ〜?」

「ごめんにゃソウシ〜! 何でか昼時なのにメルクと一緒にアイナ先生に呼ばれてるにゃよ〜!」

「……ソウシ様との時間を邪魔するなんて、不愉快」

 不満そうな顔をするメルクの手を引きながら、サーニアは頭を下げる。

「そうなんだ。じゃあドーカム君とお弁当を食べながら待ってるね!」

「分かったにゃあ!」

「……待ってて。すぐに行く」


 ソウシは少女達と別れると、弁当を買いに猛ダッシュして教室を出て行った親友を見つけて手を振った。

「おーい! サーニア達は後から来るってさ」

「そうなのか。じゃあ先に食ってようぜ? もう腹ペコなんだ!」

「うん!」


 屋上に向かうと、いつも通りシーツを広げてお弁当を食べ始めた。久しぶりに食べるガイナス邸のメイド手製のサンドイッチを頬張る。

「うまぁぁぁぁぁい!」

「おっ! 俺にも一つくれよ〜!」

「良いけど、おかず一品と交換だよ?」

「いいさ。そっちのが俄然美味そうだ!」


 ーーしょうがないとサンドイッチを差し出して、ドーカムが口に含んだ直後に異変は起こった。


「うまあぁぁぁぁぁぁぁい? ぞ、お、お、お、お?」

「どうしたの?」

 様子のおかしい親友に視線を向けると、今にも倒れそうに身体を揺らしている。


「えっ⁉︎ どうしたのドーカム君!」

「…………」

 そのまま屋上のアスファルトに伏せ気持ちよさそうに寝息を立てる姿を見て、己の本能が最大に警鐘を鳴らし始めた。

「ま、まさかこのサンドイッチ……」

「そう! そのまさかよ!」

「ーーーーッ!」

 驚くソウシの眼前には、アルティナとアイナを含めて、マリーニアスを筆頭に女生徒が詰め掛けていた。


「な、何? 一体何なの⁉︎」

「あれだけの睡眠薬を混ぜた料理を食べても、まだ寝ないのは流石ね〜!」

「アルティナ先輩、一体何の事? もしかして、ーーお姉ちゃんもグルなの⁉︎」

「ホッホッホ! ソウシ様の進級がかかっていると説明したら、快く承諾して下さいましたわ!」

「マリーニアスさんにアイナ先生まで⁉︎」

「私のクラスから留年とかする生徒が出たら、ボーナスに影響するでしょうが!」

「理由が酷い!」


 驚愕しながら、一体何故みんながこんな事をするのか理解出来ないソウシに向けて、一斉にある呪文が詠唱され放たれた。

「「「「風よ、優しき風よ。全てを包み込み温かな眠りを与えん。『スリープウィンド』!」」」」

「うわあああああああっ!」

 ーー睡眠薬の効果も相俟って、勇者は抵抗も無意味のまま深い眠りについた。意識を失う直前に告げられた言葉を反芻する。


「私達はソウシ様と同じクラスでいたいの……許して下さいね」

「私はボーナスが減るのは嫌なの……許してね」

「私はソウシと将来冒険者パーティーを組む予定だから、研修なんてさっさと終わらせてくれないと困るのよ」


 マリーニアス、アイナ先生、アルティナ先輩の順番で告げられた理不尽な台詞に既に涙目の勇者は、そのまま冒険者ギルドへ連行された。


 ___________


「お前、苦労してるんだな……」

「大丈夫よ。私達は絶対貴方を虐めたりしないから」

「ご飯分けてあげるよ。食べな〜?」

「自分が思うに、村人だろうが何だろうが、人間同士は仲良くせねばならないのだ」

『黒曜の剣』のメンバー達はソウシの肩を叩くと、いつもより奮発した料理を注文して食べさせた。その瞳には薄っすらと悲涙が浮かぶ。


(あれ、おかしいな……何で学院での扱いより、この人達の方が優しいと思うんだろう……)

「す、すいません……ありがとう……ございます」


 ーー少年が涙を流しながら食事を頬張る姿を見て、冒険者達は決意した。


『この子、良い子だ……優しくしてやろう……』


 これから始まるダンジョン生活に巻き込んで良いものか逡巡する程、ソウシの好感度は高かった……

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