【第6章 冒険者生活始めました……】

第81話 情けないポーター 1

 

 ある日、俺達『黒曜の剣』はギルドマスターと『あの人』から呼び出しを受けた。

 普段ならば絶対に上がる事が出来ない冒険者ギルドの二階に、俺と仲間達は恐る恐る足を踏み出し、階段を上る。


「なぁ、俺達呼び出される様なヘマしたっけか?」

「馬鹿ね。何も怒られるとは限らないじゃ無いの! もしかしたら指名依頼かもしれないわよ?」

「うーん。私らみたいなBランクの中堅パーティーに指名かぁ。そんなわけないし〜」

「どうでも良いが、自分が思うにはそろそろ黙った方がいい」


 二階部分に到着した瞬間、辺りを見渡した。部屋自体の照明が落とされており、まるで誰もいない様に見えるが、隠しきれない存在感を肌でピリピリと感じたからだ。


「呼ばれたから来たぞ! なんで部屋の明かりが暗いんだよ! ギルマス! テンカさん!」


 ーー「よ〜う〜こ〜そ〜!」

 ーー「よ〜く〜き〜た〜ね〜!」

 最奥のカーテンが開くと、差し込まれたスポットライトの中心から、執事の格好をしたギルドマスターと、真っ赤なピチピチのドレスを来たテンカさんがステップを踏み出した。


 ーークラシカルな音楽が流れ、ギルマスは変態をリードしていく。


 テノールとアルトの高さで、音楽に合わせて口ずさみながら部屋の中央に向かい回転する二人を見て、俺達は深い溜息を吐いた。

「本当に噂で聞いた通りなんだな……」

「二階は魔界だって誰かが言ってたもんね」

「なんか私……気持ち悪くなって来たし」

「ハピー? 自分が思うに、考えても口に出してはいけない事もあるんだぞ」


 さっさと立ち去りたくても、最上級冒険者の誘いを無碍にも出来ず、暫くの間『歓迎の舞』を観させられ我慢し続けた。

 ーー暫くして漸く解放されると、中央のテーブルを囲って本題に入る。正直嫌な予感しかしなかった。


__________



「今日はね、依頼と言うよりお願いがあって貴方達を呼んだのよ〜!」

「そうだねテンカちゃん。素晴らしい提案なのさ〜! 聞く? 聞いちゃう?」

(うあぁ〜。うぜえぇぇぇ〜!)

『黒曜の剣』の四人からすれば、この二人に呼び出しを受けて提案された時点で断る事は不可能だ。

 それを分かっていて、まるで『そちらが喜ぶ提案をしてあげる』という話し方をされ、正直腹ただしかったのだがーー

「えっ? 良い儲け話? 何なのか聞かせて〜?」

 ーーこちら側にも金の亡者である、職業『シーフ』のピエラがいたので、職業『騎士』のリーダー、ロングイテは黙るしかなかった。


「うふふっ! 相変わらずピエラちゃんはノリが良いわね〜! そういうとこ好きよ〜!」

「あははっ! 私はテンカさんの格好とか、正直気持ち悪いと思ってるけど性格は好き〜!」

「おっ、おい!」

 慌ててロングイテがピエラを手で制するが、テンカは穏やかに微笑んでいた。


「良いのよ。私はジェンダーの解放者……人々に認められない事もある。それでも立ち止まってはならないの!」

「流石だねテンカちゃん! 輝いてる! 今の君は輝いてるよ!」

 再びスポットライトが当たり、ウルウルと涙ぐんだテンカと、それを讃える様に跪くゲンジェはポーズを決めた。

(だから止めたのに……)


 ーー余計な事を言うたびに話が長くなる事は、ギルドに所属する冒険者の内で有名な噂だった。


「そろそろ話を本題に移したい。依頼で無いのなら、なんで俺達『黒曜の剣』を呼んだんだ?」

「正直、面倒臭い話なら受けないし〜!」

「……ハピー、自分が思うには少し言い方を考えた方がいい」

「え〜? 嫌よ面倒臭い。ステインはその堅苦しい口調を直したら〜?」

「二人共ちょっと黙れ。話が進まない」

「「…………」」

 リーダーの苛つきを含めた視線を受けて、『魔術師』のハピーと『治癒術師』のステインは押し黙る。その様子を見ながら、ギルドマスターゲンジェが説明を始めた。


「君達のパーティーの事は非常に高く評価している。依頼達成率もBランクパーティーの中では群を抜いているしね。『騎士』、『魔術師』、『シーフ』、『治癒術師』のバランスのとれた良いパーティーだ」

「ギルマスに評価されている事は、素直に感謝する」

「そして、君達は今ある募集を出しているね?」

「それはもしかして、『荷物持ち(ポーター)』の事か?」

「そう! それなのよ〜!」


 突然テンカが勢い良く立ち上がり、テーブルを叩いて歓喜した。

「貴方達にポーターを紹介しようと思って、今日はお呼びしたの〜!」

「安心してくれたまえ、怪しい存在でない事は私が保証するよ」


 ーーこの瞬間、『黒曜の剣』のリーダーは猛烈に嫌な予感に苛まれた。


(いやいやいや、ギルマスとSSランク冒険者が紹介するポーターなんて普通な訳ないだろうがよ!)

(金になるなら何でも良いけど)

(お腹すいたからさっさと終わらないかなぁ。面倒臭い)

(自分が思うに、さぞ優秀なポーターなのだろうな)

 危機感を覚えているのはロングイテだけだが、話は勝手に進んでいく。


「さて、そろそろ紹介しよう! マグル学院期待のポーター! 未来の我らマグル冒険者ギルドの後輩だ!」

「その名はソウシちゃんでっす!」


 ーーダララララララララララララララララララララララララッ! ジャアアアアアアアアアアアアアアアンッ!


 何処からかスネアのロール音が鳴り響き、シンバルの音と共に真横のカーテンが開く。そこにはーー

「んむううううううううっ! んんっ! んむむむむむむぅ!」

 ーー口に猿轡を咬まされて、両手を縛り付けられた少年の姿があった。既に瞳から涙を溢れさせている。


『黒曜の剣』の四人はその姿を見て絶句していた。はたから見れば幼気な少年を拉致監禁しているようにしか見えない。ーー犯罪の臭いが立ち込めている。


「まさか……誘拐……」

「ストーーーーーーップ! 落ち着いてくれたまえピエラ君。そこ! 剣の柄に手を掛けないで!」

 青褪めるピエラと、相打ち狙いで少年を助けようと決意したロングイテをギルマスは慌てて制する。補足するようにテンカが言葉を発した。


「説明をしっかり聞いてね? この子は学院の冒険者研修でとある事情から落第したのよ〜! ほら、知ってるでしょう? 『ゴブリンの王国』が変異種によってランクが変わっちゃったじゃない!」

「あぁ、あの事件か……」

「それで補習を受けなきゃいけなくてね? 学院長直々に、私が紹介する優秀なパーティーに同伴させて欲しいって依頼があったのよ」

「学院長に依頼を出させる生徒って時点で、嫌な予感しかしないんだが……」

「大丈夫! この子は本来ポーター大好きっ子よ!」


 ーーそのテンカの宣言を聞きながら少年を見つめると、激しく首をブンブンと真横に振っていた。


「全然大好きな様に見えないんだが……」

「安心して、今から私がある一言を発すればこの子は変貌するわ」

「「「「…………」」」」

 疑惑の視線を向ける『黒曜の剣』の四人は、一斉に黒髪の少年を見つめる。その様相はどこか諦めた様に黄昏ていた。


「ソウシちゃん? 貴方は勘違いをしているの。ポーターは戦わなくて良いのよ? そして、逃げても良いの」

 ーーピクッ!

「ただの荷物持ち、怖かったら隠れていて良いのよ?」

 ーーピクピクッ!

「この提案を断るなら、私と二人でダンジョンに篭りましょうね?」

 ーーブチンッ!


 テンカの台詞を聴き終えた少年は、己の両腕を繋ぎとめていた縄を引きちぎり、瞬足をもって『黒曜の剣』の四人の前に立つと、四十五度の深い礼をしながら頭を下げた。


「これからお世話になります! 自分職業『村人』のソウシと言います! 何の役にも立ちませんが、精一杯荷物を運ばせて貰うので側に置いて下さい! お願いしゃっす!」

「……そんなに私とダンジョンに行くのが嫌なのね……ソウシちゃん……」

 テンカの潤んだ瞳を無視して、ソウシはひたすら頭を下げ続けた。頭を上げる際に少し速度を緩めて綺麗に見せるその所作に、冒険者達は各々別の思惑を抱く。


(どんだけ頭を下げ慣れているんだ、この少年……)

(貧乏そうな子ね。でもあのネックレス……もしかして……)

(荷物持ちがいれば重い荷物を持たなくて済むから楽ね〜!)

(自分が思うに、彼には何か隠された特殊な事情があると思うのだよ)


 こうして、ソウシと『黒曜の剣』の出会いから暫くの間、冒険者生活が始まる。

『勇者』としてでは無く、『ポーター』としてだったが……


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