第78話 『僕は君を守るよ』 2

 

 状況を打開する為に必要なのは、ほんの少しの時間だった。

 ソウシは顎先を掠める程鋭い神剣の剣筋を避けながら、視線をテレスとサーニアへ向ける。

(頼む! 伝わってくれ……)


 だが、二人は息を呑むばかりで意図に気付いていない様に見えた。汗が額から頬を伝う。

 どうしたらいいかと逡巡した隙を神は見逃さない。

「あははっ! 聖剣の煌めきに迷いが生じてるな。記憶の通り情けないぞ勇者!」

「黙れ。お姉ちゃんの顔で、声で、身体で僕を語るな!」

「つれない事を言うなよ。俺ほど君の事を知ってる存在はいないぞ〜! なんせ前世から見てきたんだからなぁっ!」

「さっきから意味が分からないんだってば! その身体から出ていけ!」

 激昂する様子を見て、デリビヌスは眉を顰めつつ思考に準じた。

(このタイミングで全てを明かすのは時期尚早だろう。ソウシの能力も全てを解放されていないしな……)


 途端に神剣の振るわれる速度が弛む。明らかに剣勢が衰えたと感じた瞬間、ソウシの視界には予想だにし得ない光景が繰り広げられた。獣人の鋭い牙がセリビアの喉元に食らいつこうと飛び掛ったのだ。


 ーーサーニアの変貌。己の真横を過ぎ去る残影がそっと耳元で告げた言葉……

『嫌いにならないで……』

 直後、勇者は凄まじい力で肩口を掴まれ、背後の聖女の元へ投げ飛ばされる。


 眼前には普段の陽気な猫の獣人とは似ても似つかぬ程の覇気を纏ったーー獣人と呼ぶには似つかわしく無い『獣』がいた。

 ソウシでさえ苦戦する程の相手であるデリビヌスは、その姿を見て口元を歪めて歓喜し、高笑いする。

「あはははははははははははっ! そこにいたのか『カイネルテス』! 通りで見つけられない訳だ!」

「黙れ。貴様なんぞに会いたくはなかったが、可愛い子の望みだ。叶えぬ訳にはいくまいよ」

「『戦神』も大変だなぁ。どうだ? その身体を抜け出て神界に戻らないか?」

「断る。全てを……我ら神さえも壊そうとする主神の貴様について行く阿呆はおるまい」

「それがそうでもないぞ? まぁ今はその話はいい。俺に逆らう気か?」

「…………」

 沈黙の後、漆黒の瞳をギラつかせた一匹の獣は、金色の神気を身体からダンジョン内を包むほどに巻き起こした。


「どうやらそこの『勇者』の企みの時間稼ぎを任せれているみたいでな。貴様もどうせ気付いているのだろう?」

「ははっ! 言ってくれるなよ〜! この後の展開がつまらなくなるじゃ無いか」

「性格の悪さは変わらないな。それでは、ーー行くぞ!」

「どうぞ?」

 獣は瞬時に姿を消失させる。ダンジョン内に存在しないと知覚させる程の敏捷。デリビヌスは眼球を一切動かさずに黙したまま佇んでいる。

 神剣の穂先を地面に寝かせたまま、余裕を感じさせる笑みを浮かべていた。


 ーーヒュッ!

「甘い!」

 姿を見せた獣が鋭い爪が喉元を切り裂こうとした刹那、神剣の柄で防いで顎を狙いカウンターの左拳を振り上げる。

 しかし、その拳は空を切った。デリビヌスは即座に思考を切り替えるが、獣の残影に足を払われ体制を崩した瞬間顔面に肘鉄を食らう。

「グハァッ!」

「忘れてはいないか? 小賢しい貴様が戦闘で我に勝てる訳が無いだろうが」

「ふふっ。一撃で砕ける脆弱な身体で良く言うな。お互いに苦労するか」

「…………」


 サーニアの肘は垂れ下がり、セリビアの足は痙攣していた。強大な力の代償は確実に二人に襲い掛かっている。


 ーー限界は近かった。


 ___________


「ねぇ、お願いがあるんだ」

「私に出来る事なら何でも聞くです」

 ヒナの肩に手を置き、僕は願いを耳元で囁いた。ーーこれは賭けだ。


 絶対に失敗してはいけない。そう思いながらも膝が震える。その直後ーー

 ーーパアンッ!

「えっ?」

「しっかりしなさい! 私もこの子も信じてる! ソウシなら出来るって信じてる!」

「……はい、信じています」

 テレスに打たれた頬に痛みはなかった。でも、ーー熱い。


 ーー瞳に再び意志の炎が灯る。

 ーー信じてる。信じられてる。


 僕はまだ頑張れる。右手に握った聖剣アルフィリアが呼応するかの様に輝きを放ち出した。

『御主人。僕の事も信じてくれるよね? セリビアの身体からあのクソ神を追い出すのは任せて!』

「当たり前だろ? 頼りにしてるよ。君がいなかったら、僕はこんな事絶対に出来ないさ」


『お姉ちゃんを討つ』

 決めた。決意した。あとは実行するだけなのに、どうしても身体が硬直する。

(くそ! 震えよ収まれ! 信じるんだ!)

「はぁ〜」

 深い溜息を吐いて、呆れた視線を向けながらテレスが近づいて来た。もう一回ビンタされるんだろうか? 思わず瞼を閉じて身構えてしまう。痛みが無くてもこれは条件反射に近い。


 ーー直後、突然唇を塞がれた。柔らかい感触が伝わる。

「んむっ⁉︎」

「最初の時とは違うわよ。この意味分かる?」

「…………何となく」

 それは以前とは違い、一瞬で離された軽いキスだった。でも、何を考えているのかが以前とは違い理解できる。

「……行って来なさい勇者!」

「はい! 行って来ます!」

 背中を押し出されて、勢いよく返事をした。お互いに顔が赤かったのは指摘しない。ヒナが瞳を両手で隠しながら、思い切り隙間をあけて凝視していた事も今は突っ込まない。


「やるよ! 相棒!」

『任せろ! 相棒!』


 向かう先には血に塗れたサーニアがいた。僕の為にどれだけ無理をしたんだろう。目頭が熱くなるのを無理矢理抑え込んだ。

「ありがとうサーニア! あとは任せて!」

「あぁ……あとは頼んだぞ」

 地面に倒れこんだ大切な人を無視して突撃すると、聖剣を逆風して神剣を刎ねあげる。


 ーー再度、堪えてきた思いを咆哮した。


「お姉ちゃんの身体を……返せええええええええええええええっ!」

「ようやく本気になったのか? 来いよ『勇者』ソウシ!」


 神と視線を交えながら、全てを守ると決めた戦いの最終戦が始まる。


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