第77話 『僕は君を守るよ』 1

 

 ーーキィンッ!

 ーーキキ、ガキィィィィィンッ!


 金色の神剣と蒼白い聖剣の煌めきが、薄暗いダンジョン内を彩る。

 激しい金属音を撒き散らせながら、一方は愉悦の笑みを浮かべ、もう一方は苦悶に顔を歪めていた。


「お姉ちゃん! お願いだから元に戻って!」

『無理だよ! 今は集中して機会を待つんだ!』

 繰り出された袈裟斬りを刃で逸らし、普通ならばカウンターを放つべき隙を突きたくとも、その手は硬直する。


 ーー相手が姉ではないと理解していても、身体は本人だからだ。


 それでも容赦無く、逡巡して動けずにいる瞬間を敵は見逃さない。汗一つかかずに涼しい顔をしながら、ソウシの右太腿は斬り裂かれた。

「まずは足を奪ってやろう。這い蹲りながら、聖女が死ぬ瞬間をその目に焼き付けるが良いさ」

「ぐうぅっ! させないよ!」

『…………』

 防戦一方の戦況を打開する案をアルフィリアは思案し続けるが、己の主人の性格を鑑みて発しようとした台詞を呑み込んだ。


 相手は最も苦手とする神であり、理知が及ばぬ存在でもある。警戒心を最大に強めながら勇者のサポートに努めていた。

『早く来て……聖女』

 封印を解放したソウシの思考を先読みするかの如く、繰り出される剣撃は身体に傷を刻ませる。


「お姉ちゃん! お願いだから!」

 必死の叫びは届かない。だが、どこか望みを捨ててはいないその瞳の力強さに、デリビヌスは内心苛立っていた。


 __________


「早くするにゃ〜!」

「黙りなさい! ソウシの場所が分かってもダンジョン内に転移するのは集中がいるのよ!」

「えぇ! もうちょっと待ってなさい!」

「……お願い、間に合って……」

 マグル学院内部から転移魔術を発動して、ソウシの元へ飛ぼうと魔力を集中させるアルティナとテレスの二名を急かし、サーニアはパタパタと尻尾を揺らしていた。

 胸元で両手を組み祈りを捧げるヒナは、その間にも脳内へ浮かぶ『予知』の映像が次々と変化している事に、何かが起こっているのだと焦燥感を露わにする。

(今度は私がセリビアさんに貫かれているのです。もう訳がわからない……)


 ーー次の瞬間、アルティナが倒れ込んだ。意識を失う瞬間、辛うじて発せられた言葉に猫娘は歓喜する。

「行って来なさい……私の全魔力を注ぎ込んだんだから、ソウシを助けないと許さないわよ……」

 通常の何倍もの速度で、自身の魔力切れまで覚悟して発動させた転移魔術は、赤光を放ちながら三人の身体を覆い包んだ。


 魔方陣の中でテレスは小さく頭を下げる。未熟さからアルティナへの負担が相当なものだった事を理解していたのだ。

 本当なら自分が一番駆けつけたい場面で、損な役回りを引き受けてくれた事に尊敬の意を表した。


「ありがとう……先輩」

「気持ち悪いのよ。無事助けて……来なさい…………姫様」

 そのまま学院最強は、金髪を垂らして気絶する。瞬間、ーー転移した三人が目にした光景は、想像を絶するものだった。


 __________


「おやおや、漸く到着したか」

「なんでテレスとサーニアまでいるんだ⁉︎」

 解放状態にあるソウシと互角以上の戦いを繰り広げているセリビアを見て、一番驚愕したのはテレスだ。

 明らかに異様な事態であると理解した。


「ソウシ! 何が起こってるの⁉︎」

「お姉ちゃんがよく分からない奴に操られてるんだよ! だから攻撃出来ない!」

 説明を続ける間にも、容赦無く金色の剣閃は無数に襲い掛かる。


 ーー右下から斬り上げ。

 ーー防いだ直後に肘鉄が顔面へ。

 ーー避けて下がった顔面へ膝蹴り。

 ーー左手で掴み、逸らした隙を狙い神剣が振り下ろされる。


「拙いにゃ……あんなレベルの戦いに飛び込んだら即死にゃぁ……」

 小声で呟いた直後にサーニアは迷う。それでも助けたいなら、己のスキルを発動させるべきでは無いのか。しかし、一歩間違えば自爆するにも等しい能力と、相手がソウシの姉である事から思い止まった。


 下手すれば殺しかねない。それは愛しい人との別離を意味する。それだけは何としても避けたかったのだ。

 各々が思考を張り巡らせる最中、セリビアの視線は片方がソウシに、片方がヒナへ向けられていた。

(来たか……聖女!)

(拙い!)

 それに気づいた瞬間、無数の剣戟を交わしながら互いの目的を果たす為に移動を開始する。

「ヒィッ!」

 徐々に迫る殺気にテレスとサーニアが身構えた瞬間、萎縮するヒナへ勇者は咆哮した。


「逃げるなヒナ! 僕は絶対に君を守ってみせる! だから……信じて!」

「……了解なのです!」

 目を瞑りながらも己の命運を託した。眼前で血塗れになりながらも戦う『勇者』の姿。


 ーー聖女は再び両手を組みながら膝を折り、祈りを捧げるのだ。


 __________


 ソウシ君は知らない。

 ドールセン学院長が私に渡したのは、もう一冊の本。


 ーー『勇者』テランが書いたものでは無く。『聖女』リイネシアが記した半生の物語。


 旅に出た勇者とは違い、リイネシアは心血を注いでマグルの人々を救い続けたのです。

 それは悔恨の人生。愛しい人を失った孤独の日々。

 読んでいる最中、涙が止まらなかった。もっと別の結末があったのではと思わずにはいられなかった。


 でもそれは過去の話。

 今は彼が『勇者』であり、こんなスラム育ちの私でも『聖女』なのです。


 ーーだから叫びましょう。力無い自分に絶望するんじゃない。目の前には最高に格好良い勇者がいるんだから。

「助けて勇者様! 私の事も! こんな物語を書くしか出来なかった二人の事も! 全部! 全部です! お願いだから助けてぇっ‼︎」


 虫が良いかもしれません。でも、私には分かる。きっと彼なら、笑顔で足を震わせながら答えてくれるんです。

「任せて! 僕は君を守るよ。本当は逃げ出したいけどね!」


 あぁ……出会えた『勇者』がこの人で良かった。


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