第79話 『僕は君を守るよ』 3

 

 ゴブリンエンペラーは混乱していた。先程から何故か身体が鉛の様に重い。

 明らかに眼前で血を流す人間が何かをしているのは分かっているのだが、その攻撃方法が理解出来ずにいるのだ。

「グルルルルルルルルッ!」

「どうしたの? 表情から余裕が失せてるわよ?」


 ーーギィィィィンッ!!

 魔獣が大戦斧を振り被った瞬間、ーー柄を聖騎士が放つ魔剣の剣閃が両断した。右手の指ごと斬り落とされ、地面にぼとりと落ちる。

「私達がいる事も忘れないで頂きたい!」

「えいさあぁぁぁぁぁーー!」

 ガイナスに意識を捉われた隙を突いて、テンカは下段からゴブリンエンペラーの胴体を斬り上げた。

「ギィアアアアアアアアッ!」

 噴き出す血飛沫を浴びる間も無く宙へ飛ぶと、膝蹴りを顔面にのめり込ませて角を折る。そのまま背後へ駆け距離をとった。

 ガイナスは変異種を中心にテンカと円の描く様に動きを合わせており、常に何方かが死角に回って隙を伺っている。


「まったく……どれだけHPが高いのよ」

「本当ですね。これだけ斬撃を食らわせてもまだ倒れないとは……」

 変異種とSSランク冒険者に聖騎士。互いに滅多に出会わない強敵に歓喜していた時間は終わる。ーー決着の時だ。


「いくわよ!」

「はいっ!」

 ガイナスとテンカは同時に動き出してゴブリンエンペラーを挟撃した。左手で大戦斧を持ち直すと、魔獣は回転を始める。それは竜巻の如き風圧を放った。

「チッ!」


 ーーテンカは迂闊に飛び込めば両断されると感じて舌打ちする。だがその足を止める事は無い。

「グワウッ⁉︎」

 魔獣の呻き声が場に響く。視界はグラグラと揺れて、正常に立っている事さえままならない状態へ落とし込まれたからだ。

「さっきから徐々に空気を奪ってたのに、最後は自分から無風状態を作ってくれるなんて皮肉よね」

「私に円を描くように動けと指示を出したのは、それすら狙いだったのでは無いのですか?」

 獰猛に口元を吊り上げて、ビキニアーマーの隙間から筋肉を隆起させた男は、巨斧を振り被って宙へ飛ぶ。

「買い被りよん!」

「行け! 白薔薇!」

 ガイナスは逆に足元を狙い、鞭のようにしならせた魔剣の刃で変異種の脚を斬り裂いた。


「ギャウウゥゥッ!!」

 テンカも血を流し過ぎて歪む視界の中、テレフォンパンチを放って抵抗を続ける魔獣の顔面へ巨斧を一閃する。

 ズルリと音を立ててゴブリンエンペラーの顔半分は地面へ落ち、そのまま巨体は倒れた。ーー『ゴブリンの王国』最奥の場に転移用ポータルが現れる。


 テンカが地面にへたり込んだ瞬間目にしたのは、魔剣を鞘にしまい疾駆するガイナスの姿。

「あとは任せたわよ……もうだ、め……」

 キング種、クイーン種との連戦に続き、変異種を倒した王国最強の冒険者は地面に寝そべる。気絶する間際に考えたのは『勇者』と『聖女』の事だった。しかしーー

「ソウシちゃんなら大丈夫よね。きっと私の心を救ってくれたみたいに、全部守ってくれるわ」

 ーー不思議と不安は無かった。思い出されるのは聖剣の煌めき。それを握る勇者の姿。


 テンカはそのまま微笑みながら意識を閉じた。


 ___________


「はははっ! その程度か?」

「うるさい! これ以上その身体を傷付けるな!」

「元々『コレ』は私の所有物だ。主神たる俺の役に立てるなど、本来喜びに打ち震えてもいい筈だぞ?」

「僕は山育ちの『村人』志願者だから知ったこっちゃないね! 逆に『勇者』に選んだ神様ならぶっ飛ばしたい位さ!」

「ならばぶっ飛ばしてみろよ! ほら〜? どうぞ?」


 神剣と聖剣の剣撃の音が響き渡る空間で、直後ーーお姉ちゃんは大地に剣を突き刺して両手を広げる。

 僕はギリギリとアルフィリアの柄を握り締めた。


 わざと挑発する様な所作を取る敵に、完全に弱味を握られているからだ。既にアルフィリアから聞いて現状は理解出来ている。


 ーーこのままではお姉ちゃんの身体が保たない。悠長に構えている時間は無いんだ。


 それなのに、神剣から繰り出される剣筋には身体が壊れようが構わないのか、一切の迷いが無い。ーー間に合わないのか。もう時間が無いのに。

「駄目なのか……やっぱり僕だけじゃあ」

『御主人、ーー諦めちゃ駄目だ! 信じるんだよ! 彼奴ならきっと来る!』

「でも……」

「ふむふむ。何を企んでいるのかは分からんが、この身体を貫いてアルフィリアの力で追い出させる気だったんだろう?」

「ーーーーッ⁉︎」

「そんなに驚いた顔をしてくれるなよ。これでも神だぞ?」

 ーー自称神は、お姉ちゃんの顔で呆れた表情を浮かべた。その視線は僕の心を折るに値するものだ。でもその直後、アルフィリアが作戦開始の合図を告げる。

『来たっ! 立つんだ御主人!』

「…………えっ?」

 視線の先には、待ち侘びていた存在、ーーガイナスがいたんだ。


 __________


「セーーーーリィーービィーーアァーーさーーんっ!!」

 全力でダンジョン内を疾走した聖騎士長は、両手を広げると迷い無くセリビアに向かって突撃し、その身体に抱き着いた。


「待たせましたねソウシ!」

「遅いんだよガイナス!」

「な、何だこいつは?」

 困惑するデリビヌスは、直後自由な左手で大地に突き刺さった神剣を抜き去ると、己に抱き付いている男を引き離そうと刺突を放つが……

「お願いしますよ白薔薇!」

「任せてご主人様!」

 直後、魔剣は白い少女へと変化して腕で神剣の一撃を受け止める。だがその表情に余裕は無かった。

「駄目! この剣、神気を纏ってる! 人型の私じゃあ保たない!」

「はははっ! 魔剣如きが小賢しいな! 叩き折ってくれるわ!」

「その余裕があればですがね……」

 ガイアスは呟きを落とすと同時に、セリビアの身体を締め上げた。


「何をっ⁉︎」

「今しか言えませんから言わせて頂きますね。私は聖騎士長でも何でもない唯の男として、セリビアさん! 貴女を愛しています!」

「はぁっ⁉︎」

「貴女となら死ねる!」

 目を見開いて驚愕する操られたセリビアと、満足気に右手の親指をサムズアップしたガイナスの視線の先には、ーー呆れた顔をした『勇者』がいた。


「告白までしろとは言ってないんだけどね!」

『いいさ! 準備は整ったしね!』

「いくよアルフィリア! 『輝聖蒼刃』!」

『「いけええええええええええええええええーーっ!」』


『聖剣』と『勇者』の咆哮が轟く中、繰り出された蒼炎を纏った閃光はガイナスに動きを封じられた一瞬の隙を突いて二人の胴体を貫く。


 ソウシは二度と味わいたくなかった人間の肉を貫く感触から、思わず吐き気と共に意識を失いかけるがーー

『倒れるな! 全てを守ると決めたんだろ! 最後まで立ち続けろ!』

「わ、わかってるさ……頼むアルフィリア‼︎ そして……ヒナああああああああああああっ!」

 ーー絶叫の直後、テレスがずっと隙を伺って練っていた魔力を放って『聖女』を転移させる。


『さぁ、出て行けデリビヌス! 僕の『邪魔』をするな!』

「はいはい、今は退いてやるさ。しっかり蒼詩を『成長』させてくれよ?」

『…………』

 神気を放ちながら、デリビヌスはセリビアの身体から抜け落ちた。瞬時に『聖女』はスキルを発動させ、貫かれた身体を抱き締めて『完全治癒』を発動させる。


「す、凄い……」

 ソウシの眼前で繰り広げられる光景はまるで奇跡に等しい。時間を巻き戻すかの様に傷が再生しながら、流れた血液さえ体内に戻っていく。

「お願いです! ソウシ君の大切な人を守らせて!」

「ヒナ……」


 ーー涙を流しながら懸命に治癒を続ける『聖女』の姿に、『勇者』は胸を打たれた。


「ねぇアルフィリア。僕は間違っていなかったよね。やっぱり、テランとリイネシアは本来こうなりたかった筈なんだよ。仲良く一緒に居たかっただけなんだ」

『どうだろうね? でも、一つの答えは出たみたいだよ』

「どういう事?」


 聖剣の言葉に問い掛けた直後、空間の中心に光粒が集まり始める。思わず瞳を閉じる程の輝きが放たれた直後、ーー宙には一振りの刀身から黒光を放つ宝剣『シャナリス』が浮かんでいた。


「あれは?」

『同じ剣としては気に入らないけど、己を握るべき主人を見つけた宝剣だね。長い年月を経て魔剣と化しているけどさ』

「魔剣?」

『己の意志をもった武器さ。さっきの白い少女も魔剣だよ』


 戸惑いながらも、ソウシはゆっくりとその魔剣の側へと近づいた。


 __________


 魔剣『シャナリス』は僕が近づくと、ゆっくりその姿を変化させる。

 その姿はかつての物語に出て来たリイネシアの特徴に似ていたけど、黒髪を片方の肩に束ね、銀色のドレスに身を纏う姿はお姉ちゃんと同じ歳位に見えた。

 徐々に開いた黒目を見つめていると、閉じていた唇が開く。


「初めましてマスター。私はシャナリス。勇者テランの意志を受け継ぎ、聖女リイネシアによって封印されし魔剣です」

「は、初めまして! 村人のソウシです! では!」

 ーー猛烈に嫌な予感がして背後を向いた。このままでは拙いと本能が警鐘を鳴らしている。ーー思わず嘘をついてヒナの元へ向かおうとした瞬間、力強く肩口を掴まれた。


「へっ⁉︎」

「初めまして、マ、ス、ター?」

 振り向いた視線の先には、怒った時のお姉ちゃんと同じ様に、額に青筋を浮かべた美女がいる。

「あ、あのですね? 僕にはアルフィリアっていうパートナーがいますので、今回の話は誠に残念ですが無かった事に……」

『どこの商人だよ……』

 アルフィリアは無視だ。僕が先手を打った直後、魔剣は地面にしなだれ落ちて啜り泣き始めた。


「酷い……長年封印が解ける時を待ち侘びていたとゆうのに、目覚めてみればこの仕打ち……勇者はまた私を捨てるのですね……」

「えっ? いや、捨てるとか以前に拾ってないと言うか……なんというか……」

『御主人の性格じゃあこの女は振りほどけないよ〜? 素直に拾ってあげなよ。僕が顕現出来ない間の武器に丁度良いじゃないか』

「うーん……よくわからないけど、アルフィリアがそう言うなら……」

「拾って頂けるのですね⁉︎ では私と契りを交わしましょう!」


 まだどうしようか悩んでいたのに、魔剣シャナリスは僕の首に両腕を回して無理矢理唇を重ねた。一体何で毎回キスなんだと驚いていた直後ーー

「ふ〜ん。また新しい女を増やしたのね?」

 ーー鋭い視線で見つめられた先には、怒り心頭のテレスと、相変わらず顔面を両手で隠しながらバッチリ覗き見ているヒナ。そして、哀しそうな視線を向ける二人がいた。


 __________


「お姉ちゃん! ガイナス! 二人共無事だったんだね!」

「えぇ……」

「うん……」

「どうしたのさ二人共? そっかまだ混乱してるんだね! 本当に無事で良かったぁ〜!」

 安堵するソウシへ、姉と聖騎士長の悲哀の視線が突き刺さる。


「そりゃあ……意識を取り戻した瞬間に、弟がまた見知らぬ女性とキスしてればねぇ……」

「ですね……ソウシはどこまで私を置いていけば気が済むのですが……」

 ソウシは胸元で恍惚の笑みを浮かべながら、しな垂れる美女を侍らせた自分の姿を客観的に見て汗が噴き出る。


「ご、誤解だああああああああああああああああーー!」


 全てを守りきった筈の勇者の悲鳴が、『ゴブリンの王国』ダンジョン内に響き渡った瞬間だった。


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