第73話 そして、新たな物語は綴られる 3

 

『遠い過去の物語』


 俺が勇者に選ばれたのは十五歳で受ける『成人の儀』の神託での出来事だ。

 正直、興味は無かった。元々高いステータスを持っていたし、常に人より特別視されて生きてきたからだ。

 両親を早くに亡くし、守るべき存在は妹のセリカだけだった。


「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」

 歓声が聖堂内を轟く、俺が頂いた感情はただ一つ。『五月蝿い』のみ。別段勇者になったからといってこいつらを守る義理なんてありはしない。


 ーーセリカさえ、幸せに出来れば良いんだ。

 聖堂を去ろうとした直後、もう一つの歓声が湧き上がった。それには正直驚いたのを覚えている。

 背後を振り向くと、一人の少女が目を丸くして顔を真っ赤にしていた。


 それが勇者である俺テランと、聖女リイネシアの出会いとなる。


 __________


 数日後、城に呼び出された。正直怠いと思いながらもーー

「勇者なんて凄い職業に選ばれたんだから、行かなきゃダメだよお兄ちゃん!」

 ーーセリカに頭が上がらず、素直に従う事にした。


 城の城門前に辿り着くと、流石に息を飲み込んだ。今まで唯の貧乏な町民として暮らしてきたのに、突然城へ呼び付けられれば、緊張位して当然だろう。

 そして、それはどうやら俺だけでは無いらしい。

 眼前にはチラチラと家影から城を見つめて、慌てふためいている聖女とやらがいる。仕方がないから話しかける事にした。


「なぁ、お前も呼ばれているんだろう? どうせなら一緒に行かないか?」

「ひゃっ⁉︎ ゆ、勇者様⁉︎」

「あぁ、一応そういう事にはなってるらしいな……聖女様?」

「わ、私なんて何かの間違いなんですよ〜!」

「俺も間違いであって欲しいと思ってるから、気持ちは分かる」

「えっ? そうなんですか? 勇者様もそんな風に思う事があるのですか?」

 モジモジと指を絡めながら俯く聖女を見て、深い溜息を吐いた。


「あのなぁ〜! 俺も昨日まで唯の町民だっての! いきなり言われて困惑するのはお前と変わらん!」

「はぁ〜。男の方は『やったぜ! 俺が勇者だぜヒャッハー』となると友人が言っておりましたけど」

「なるかボケ! 何方かと言うと気が重いっつーの」

「そうでしたか……ならば共に王の元へ参りましょう!」

 何故か精悍な顔付きに変貌した聖女は、俺の手を握って歩き出した。意味が分からん。


「おい、俺は子供じゃ無いんだぞ?」

「ふぇ?」

「何故手を握る……」

「ひゃあっ! す、すいません! いつもの癖でつい……」

 慌てて手を離す少女を見つめながら、それも良いかと再び手を握り返した。

「えっ?」

「何だか落ち着くんだろう? 俺も一緒さ。このまま行こうぜ?」

 お互いに少し照れ臭そうに頬を染めながら、俺達は玉座の間へ向かった。案内された衛兵には不思議そうな視線を向けられたが気にしない。

 一般人が初めて王に謁見するんだ。これくらいの気構えがあったって良いだろう。


 横を見ると、蒼褪めている聖女がいた。もしかしたら俺もこんな風に映っているのだろうか?

「なぁ、緊張してるのか?」

「勇者様こそ、震えていらっしゃいますわ」

「……本当だ。言われるまで気付かなかったよ」

「うふふっ! それなら私達は同じですわね」

「あぁ、似てると思う。これから頑張ろうな! えっと名前は何だっけ?」

「リイネシアですわ。テラン様」

「ん? 何で俺の名前を?」

「昨日司教様が、高々と宣言していらっしゃったではありませんか」

 そうだった。俺が勇者になった途端、態度を豹変させて堂々と宣言しやがったんだ。

(……あの爺……)


「なぁ、実際俺達は何が変わったんだ? リイネシアには何か変化があったか?」

「えぇ、私はスキルが増えていました。『予知』と『完全治癒』ですね」

「ーーーーッ⁉︎」

 俺は目を見開いて聖女を凝視した。直後、戸惑いながら言葉を発する。


「なぁ、そのスキルって病気にも効くのか?」

「多分……生きてさえいればどんなステータスも治癒出来ると神官様は仰っておりましたけれど」

「頼む! 俺の妹にスキルを使ってくれ! その代わり、俺は勇者としてお前を護ると誓うから!」

 突如懇願する様に土下座したのだが、冷静にリイネシアは説明を求めた。


「俺の妹……セリカは昔から身体が弱いんだ……今も咳が酷くてあまり家から出られない。ずっと治療の方法を探していたんだけど……」

 恐る恐る聖女を見つめると、柔和に口元を吊り上げて微笑む姿がある。

「じゃあ、この謁見が終わったら案内して下さいね」

「ほ、本当に良いのか?」

「その代わり、さっきの約束は守ってくださいね?」

「あぁ、当たり前さ! 俺がお前を絶対に守る!」


 その後、王から出された条件は二つだった。

「一つ、勇者は聖女の血を狙う不逞の輩からリイネシアを守る事。一つ、眠れる力を解放する為にダンジョン『ゴブリンの王国』にてキング種の討伐を命じる」


 内容自体に不服はない。装備自体も王自ら最高の剣と鎧を職人に作らせていると聞いた。しかし、魔獣狩りなど素人の自分に出来るのか不安が募る。

 リイネシアの様に職業が変わったからとて、何かが目覚める予兆は無かった。


 ーー本当に俺は勇者なのか?

 疑念が頭の隅を掠める。だが、今この場では首を頷かせる意外に無い。漸く妹の病気を治してやれるかもしれないのだ。

「外で遊びたいよ……お兄ちゃん」

 涙を滴らせながら呟くその姿を見て、何度胸を締め付けられただろう。俺に出来る事なら何でもしようと誓った瞬間を思い出せ。


「了解致しました。我が王よ」

「…………」

 跪く俺を見つめながら、リイネシアは不安そうな表情を浮かべていた。

 家路に着くとセリカが咳き込んでいる。その姿を見た途端、聖女が妹を抱き締めた。


「お、お姉ちゃん誰? どうしたの?」

「私には家族と呼べる存在がいません。だから、今だけは貴女を救わせて?」

 金色の光が家中を照らす。聖女から放たれた眩い光は妹の身体を包み込んで、体内から毒素を弾き出した。

「どうかしら?」

「えっ? あれ? 身体が軽い……く、苦しく無いよ!」

 振り向いてピースする聖女の顔を見て、俺は決意に打ち震える。絶対に守って見せるんだ。


 その日の夕飯は少し豪華だった。王から承った金貨を握り締めながら、行った事もない様な肉屋や魚屋の、一番高い食材を購入する。

 まるで本当に買えるのかと言わんばかりに薄目で睨む店主へ、親指で弾いた金貨を突きつけてやった。しかしーー

「い、一流の食材が……」

「申し訳御座いません」

「だって、こんなの料理した事無いもん」

 ーー理想は容赦無く崩れ落ちる。セリカもリイネシアも食材の高級さに手が震えてしまい、全くもって料理にならなかった。


 辛うじて完成したスープを啜り、みんなで顔を顰めながらも笑う。

「まぁ、俺達なんてこんなもんさ! それでもいつものパンと薄味のスープより幾分かはマシだろう?」

「そうね! 私は正直、全然満足よ!」

「素直に焼いておけば良かったよぉ……」

「セリカ。兄ちゃんがこれからもっと稼いでやるから大丈夫だ! 何て言ったって勇者だからな!」

「聖女もついてますよ?」

「二人共……凄いね!」

 セリカの尊敬を帯びた視線を受けて、俺は決意する。勇者だろうと何だろうとやってやるさ。


 ーー絶対にこの女を守ってみせる。

 この時は気付けてすらいなかったんだ。何かを守る意味を……


 大切な者を全てこの手で守れる程、俺の掌は大きく無かった事を。

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