第72話 そして、新たな物語は綴られる 2

 

「お姉ちゃん!」

「セリビアさぁぁぁぁんっ!」

 王国マグルのスラムで情報を聞き出した三人が、セリビアの捕らえられているアジトに向かっている頃ーー

「な、何で⁉︎ 何がどうなったらこんな事になるのです⁉︎」

 ーーわなわなと全身を震わせながら、必死に抑えつけるヒナの姿があった。


 新たに見えた予知の『ビジョン』が信じられなかったのだ。未来が書き換わる様な違和感を覚える。何故なら『ソウシがセリビアを、聖剣で貫いていた』のだから。

(こんな事あり得ないです。それにこの光景には私の姿が無い……攫われなかった事で未来が変わった? これが事実なら……)

「二人共お願いします! 私をソウシ君のいる場所に連れて行って下さい!」

 いきなりどうしたのだと不思議そうに見つめるアルティナとサーニアは、懇願するヒナの形相に只事では無いのだと頷いた。

「事情を聞かせて貰えるかしら? 貴女を危険な目に合わせる事には変わらないんだから」

「大丈夫にゃ! あたいがきっちり守ってやるにゃよ!」


 自分が見た予知の一部始終を話すと、二人も自らと同様に信じられないといった態度を取る。しかし、そうせざるを得ない事件が起こっているのだとすれば、助けに行かなくてはと決意した。

「お爺ちゃんにお願いして、場所を確認しましょう! 以前ソウシにサーチをかけているから、直ぐに追い付けるわ!」

「はい!」

 ーー急いで学院長室に向かったが、そこにドールセンの姿は無い。偶然通りかかった教師のビヒティに話を聞くと、城に呼ばれている様で帰りは遅くなるとの事だった。

「拙い……間に合わないかも知れない……」


 青褪めるヒナを横目に眉を顰めている所へ、険しい表情をしたテレスが現れる。

「ねぇ! セリビアが攫われたって本当なの? またソウシは戦いに行ったの?」

「本当よ。更に状況はあまり良くないみたいなの」

「どういう事か説明して……」

 青髪を靡かせながら聖女の予知について説明すると、マグルの姫は懐から掌サイズの水晶を取り出した。


 ーー『遠見の水晶』それは対象を定めて、姿を映し出す王国の至宝の一つ。Sランクアイテムだ。


「ソウシの居場所ならこのアイテムで分かる。追うわよ」

「貴女……最近姿を見せないと思ったら、そのアイテムで覗き見てたのね」

「…………黙秘します」

「ストーカ女にゃあ〜!」

「黙りなさい猫娘。これは見張り役としての行為であって、断じてそんな事は無いの」

「みなさん、時間が無いのでは……」


 ヒナの言葉により我に帰った三人は水晶を覗き見る。そこには丁度『啜る隠者』のアジトに辿り着いて、呆然とするソウシの姿が映し出されていた。

「追うのにゃ!」

 サーニアの号令を元に、アルティナとテレスは転移魔石に魔力を込め始める。残り二人は細かい魔力の調整が出来ない為、見つめるしか出来なかった。


「追い付くのは良いけど、魔石にこんなに魔力を使ったら私達良いとこ見せれるかしらね〜?」

「それはそこの馬鹿猫に任せるわよ! 良い? 必ずソウシを助けるのよ!」

「任せるにゃ! 本気出すにゃあ〜!」

「サーニアさん。私を置いて行かないで下さいね?」

 距離が短い事から魔力の充電には然程時間が掛からないが、それでも焦れる気持ちに苛まれる。ヒナは胸元で両手を握り締めながら、切実に願っていた。


「お願いです……間に合って……」


 __________


「こ、これは一体……」

「酷い……」

「何かが起こったのは間違い無いわね」

 愕然とするガイナスとソウシを横目に、テンカは冷静に現場を分析する。アジトに辿り着いた三人の目に映し出された光景は、闇ギルドの冒険者達の既に事切れた姿だった。

 断末魔の表情を見るに、凄惨な何かが起こったのだと想像に容易い。そして、アルフィリアは瞬時に状況を判断して最悪の事実を告げる。


『ねぇ、主人。セリビアは此処にはもういないよ? 状況は最悪かも知れない』

「えっ? どういう事?」

『神気の残滓がする。彼奴が一枚噛んでるとすれば……行き先は多分ゴブリンの王国だね』

「はぁ? 態々あんな危険な場所に向かう意味が分からないよ!」

 そのまま聖剣は沈黙した。ソウシに告げる前に今回の事件の考察を開始している。

(多分、エンペラーが現れたのも仕組まれてる事だ。伝えた方がいいか悩むなぁ。あの悪戯好きな神の事だ……絶対罠がある。狙いは何だろう……)


「ソウシ! 何か分かったのなら教えて下さい!」

「ガイナス、ここにはお姉ちゃんはいないらしいんだ。アルフィリアが言うには、ゴブリンの王国に向かったって……」

「どうやらそれで間違い無いわね。『空界』を発動して、犯人の身体にこびり付いてる血液を乾かして辿る道を作ったわ。ほら、この方向は見覚えがないかしら?」

「どちらにしろ、僕らは行かなきゃ」

「えぇ! 行きますよソウシ! 待ってて下さいセリビアさん!」

「……厄介ね」

 SSランク冒険者は、冷静に状況を分析しながら呟いた。疑問に思ったからだ。並の実力者なら、あの洞窟に辿り着いた時点で普段とランクが変わっている事に気付いて引き返すだろう。冒険者ギルドの規制もある。


 ーーしかし、それでも内部へ突入する。もしくはダンジョンを進める術を持っているとしたら……結論は一つだ。

(変異種と、戦う羽目になるかもねぇ)

 一方、その疑念の中心にいるゾロスアはテンカの予想通り、ゴブリンの王国内部をセリビアを引き摺って進んでいた。

 何故か、ゴブリン達はその様子を見つめながら一切襲い掛かる気配がない。


 ーー命令されているからだ。変異種であるゴブリンエンペラーから『手を出すな』と。


「フヒッ、フヒヒヒ!」

「…………」

 既に狂っているであろう男を目にしても、セリビアは動き出せずにいた。『隷属の首輪』の力で身体に奔る激痛から意識を朦朧とさせていたのだ。

 ダラダラと涎を垂らしながらゾロスアは只管にダンジョンの最奥を目指す。魔獣が襲って来ない事を疑問に思う事もせず、思い出の場所を目指していた。


 全てが『神の計画通り』に事を成している。


 ーーソウシを救う為に、自ら動く事を決めた聖女と学院の仲間達。

 ーーセリビアを救う為に、ゴブリンの王国を目指すソウシ達。


 必死に疾駆する脳内で反芻していたのは、嘗ての勇者と聖女の悲劇の台詞。

『俺は、君と出会った事を後悔している』

『えぇ、私も貴方に救われたいと望むべきでは無かったわね』

 それは遠い過去の話。この時より語られるは既に終わった過去の史実。


 王国マグルに伝わる、勇者テランと聖女アイネシアの悲劇の物語だ……


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