第74話 そして、新たな物語は綴られる 4

 

『勇者になって一週間が過ぎた頃』


 俺は毎日、聖女と妹のセリカと三人で過ごす様になっていた。一緒に暮らしている訳では無いが、朝にはリイネシアの新しい邸宅に迎えに行き、毎日、朝夕一緒に食事を取る。

 一番の理由としてはマグル王からの命令だからだが、正直に言って妹の懐き具合が半端じゃ無いという事もあった。

 正直、実の姉の様に慕っているのが見ていて分かる。実兄の立つ瀬が無い。


「そう言えば、お兄ちゃんったら昨日も寝ぼけてベッドから落ちだんだよ〜!」

「あらあら。一昨日も落ちたのに懲りない人ですねぇ」

「身体だけは頑丈なんだから、気にしなくて良いけどね!」

「うふふっ。じゃあ心配する必要はありませんねぇ」

「…………」

 無言で二人を見つめながら、やれやれと肩を竦めた。嬉しそうに笑ってる二人を見ていると、口元が自然と微笑んでいる事に気付いているからだ。


 ーーこんな日がずっと続けばいい。


「さて、リイネシア。城に向かうぞ」

「今日も訓練ですか?」

「明日から『ゴブリンの王国』に潜るからな。初のダンジョンなんだ。ギリギリまで訓練しておくに越した事はないさ」

「でも、もう十分に経験値は上がっているのでしょう? 自分でも仰っていたではありませんか」

「それはそうなんだが……俺が城の兵士達に何て呼ばれているか知ってるだろう?」

「…………」


 ーー『出来損ないの勇者』

 それが陰で呼ばれている俺の肩書きだった。確かに聖女と同じく俺にも新しいスキル『経験値倍加』と『限界突破』がステータスに現れた。

 しかし、歴代の勇者達が得ていたという『聖剣召喚』だけが発現しなかったのだ。


 ーー伝説の『聖剣』アルフィリアは俺の元には現れなかった。理由は分からない。

 その為、俺の腰には神の鉱石ルーミアと、英雄の鉱石オリハルクがふんだんに使われた宝剣『シャナリス』が渡された。

 凄まじい斬れ味と強度を誇るのだが、聖剣とはこれ以上に人々の希望となるらしい。その輝きを持たない俺は、ーー所詮出来損ないなのだ。


「それでも決めちまったしなぁ……」

 力無く呟くと、心配そうな妹の頭を撫でて虚勢を張る。

「大丈夫さ。兄ちゃんが絶対にお前達を守ってみせるからな!」

「あまり……無茶はしないでね?」

「生きてる限り、私が完治させてみせます!」

 突如拳を握って、意気込みながら俺を見つめる茶色い双眸を見つめ返しながら、もう一方の掌で聖女の編み込まれた三つ編みを撫でた。


「みんなで幸せに暮らそう」

「ふぁっ⁉︎」

「えっ⁉︎」

 どうしたのだろう? 妹と聖女の顔面が真っ赤に染まる。何か変な事を言っただろうか。

「お兄ちゃん……それって……プロポーズ?」

「ど、ど、どどどどどうしましょう⁉︎」

「はぁぁっ⁉︎ 違うに決まってんだろ!」

「えっ! 決まってるんですか⁉︎」

 真っ赤から真っ青に変化するリイネシアの表情を見て、不思議そうに首を傾げた。


「お前等は俺に何を求めてるんだよ? 意味がわからん」

「この鈍感兄め……」

「テランさんの馬鹿……」

(酷い言われ様だな。俺が何したってんだ……)


 その後、城へ向かって日常の訓練を身体がボロボロになるまで行うと、『完全治癒』で治療してもらい日課を終える。

 明日からはダンジョンだ。騎士団長の隊と共に、リイネシアも万が一の事を考えて同行する手筈になっていた。

 俺からすればセリカを一人で家に残す方が心配だったのだが、それも城から警備の兵を回してくれる様で一安心だ。


 さぁ、初めての試練を乗り越えて見せようじゃないか……


 __________


 ーー迫るゴブリンナイトの首を刎ねる。

 ーー降りかかるゴブリンメイジのフレイムを両断し、フレイムランスを放って焼き尽くす。

 ーー無数に放たれるゴブリンアーチャーの矢じりを躱して、その手足を宙に舞わせた。


「この程度かよ!」

 ーー弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い。弱い‼︎

 はっきりと理解出来る。訓練とは違ってみるみるレベルが上がっていった。黒い体毛を生やしたブラックゴブリンも所詮俺の経験値になる為の糧だ。


 鮮血を撒き散らしながら、俺の口元は自然と吊り上っていた。雑魚だ。雑魚すぎて話にならない。

 その光景を見ていたリイネシアや兵士達がどう思うかなんて理解出来る筈も無かった。


 ーー興奮状態に陥っていたのだ。

 その間、夜営の際気を使う様に話し掛けてくれるのは聖女だけだったのだが、それすら俺は相槌を打つだけで気にしてもいなかった。

(もっと強い敵が来れば、もっと強くなれる。そうしたら、お前達を守れるんだ)

 思考はその一色に染め上げられていた。


 最奥のキングゴブリンが出現した際も、『限界突破』を発動させて仕留めるまでに時間は掛からなかった。獣の如き咆哮を上げて脳天から両断する。

 ーーうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


「ひぃっ⁉︎」

 リイネシアが恐怖から耳を塞いでいた事実など、一切気付きもしない。キング種を倒した俺の耳に届いたのは兵士達の喝采だけだった。

「どうだ! 俺はもっと強くなる! 出来損ないなんて呼ぶ奴はいつでも掛かってこいよ!」

 押し黙る兵士達を眺めながら優越感に浸っていた。

(あぁ、本当に俺は選ばれたんだ……)

 勇者として、認められた様な気がして歓喜に打ち震えている最中ーー

「戻ってきて? テラン……」

 ーー鎧の隙間から服の裾を摘まれ、一体何の事だと見つめ返した先にあったのは、青褪めて震えるリイネシアの姿だった。


 瞬間、己の異常さを理解する。

 ーーカランッ!

 意識した瞬間に剣を掌から溢れ落として、身体がワナワナと震えだした。

(いつからだ? いつから俺はこんなにおかしくなった……)

 守る為に戦うと決めたのだ。それなのに、ダンジョンに入って魔獣を狩っている間に感じていたのは、己が本来持つ筈もない高揚感だった。


「ごめん。リイネシア……目が覚めた」

「いいの……もう帰ろう?」

「あぁ……セリカの待つ家に帰ってご飯を食べような」

「…………」

 不意に身体を抱き締められる。周囲の兵士達からすれば聖女が『完全治癒』で回復している様に見えるのだろう。

 でも、それは間違いだと俺だけが理解出来た。


「ごめんな……」

 ボスを倒した事により、出現した宝箱から金貨を回収してポータルに飛び込んだ。

 ダンジョンから出るとリイネシアの手を握って、慌てる兵士達を他所に街へと駆け出す。

『日常に帰りたい』

 その想いだけが先行して、乱れる息も厭わずに駆けたのだ。


 ___________


「はっ……?」

「申し訳御座いません勇者様! 我々の力及ばず……」

 そして、ーー時は止まる。正確には世界の時間が止まったのでは無い。


 ーー俺とリイネシアの思考が止まったのだ。

 マグルの城下町に戻った俺達を待っていたのは、家の周囲で倒れている兵士達と見知らぬ男達の姿。


 ーーそして、愛する妹が剣で貫かれて、壁に打ち付けられている『現実』のみ。

「うあっ……」

「あ、あぁぁ……」

 膝から崩れ落ちて、飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止める。


「い、一体何で? な、何が起こったんだ……」

「…………」

「や、闇ギルドの者達が一斉にこの家を襲い、彼女を攫おうとしたのですが……兵の抵抗と彼女自身が暴れた為、殺害に踏み込んだと思われます」

「そんな事を聞いているんじゃないんだよぉぉぉぉぉぉっ‼︎」

 奥歯を噛み締めながら、枯れる声を振り絞った。何で? 何で妹が狙われるんだ? その瞬間、背後のに佇む彼女の手が震えている事に気付く。


 ーーギギギッ。壊れた人形の様に首を捻った。そこに映ったのはガクガクと震えながら涙を流す聖女の姿だけだ。

「なぁ。『予知』ってスキルの効果を教えてくれないか?」

「……ゆ、夢だって。事実な訳ないって……」

(あぁ、本当にそうなんだ……リイネシアは知ってたんだ。こうなる事を、俺の妹が……セリカが死ぬ事実を……知ってたんだ)

 そこへ言わなくてもいい推測を兵士が告げる。

「以前から聖女は狙われており、ここへ頻繁に通っていた事から、闇ギルドの者達が人質にしようと動いたのだと思われます!」

「五月蝿い……守れなかったのは結局お前達の所為だろうがぁぁぁっーー‼︎」

 床を叩きつけて破壊した。その間もリイネシアは双眸から涙を溢れさせ、口元を押さえながら首を振るだけだ。


 ーー言いたい事なんてもう伝わってる。でも、それを今すぐに受け止めて慰められる程、俺は大人じゃないんだよ。

「ごめん。みんな帰れ。俺の目の前から直ぐに消え去れ」

 血涙が出るならこんな時だろうと思う程に、血走った眼光を向けた。恐怖から皆は去り、屍と化した妹の体温が微かに残る頬を撫でる。


 俺が、もう少し早く帰れていれば……

 俺が、調子に乗って魔獣の殲滅なんて考えなければ……

 俺が、勇者になんて選ばればければ……

 俺が、リイネシアと出会ってなんかいなければ……


 数々の『〜たら、〜れば』が脳内を反芻した。でも、全てが手遅れなのだ。


 ーーう、う、う、うぅ、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーっ‼︎


 数日後、俺は王の元へ自ら赴いた。そこには都合のいい事に聖女も控えている。

 憔悴した姿を晒したままハッキリと告げた。


「俺は勇者の器ではありませんでした。もう、この国に仕える事はありません」

「…………」

 王は無言のままだった。そのまま視線を動かし、聖女へ語り掛ける。その表情は何故か双方穏やかだった。

「俺は、君と出会った事を後悔している」

「えぇ、私も貴方に救われたいと望むべきでは無かったわね」

「さよならだ、聖女」

「さようなら、勇者様」


 黙ってその場を去った。これ以上彼女と語るべき言葉は無い。俺達は出会ってはいけなかったのだから。暇潰しも兼ねて旅をしながら物語を綴った。その後の彼女の人生は知らないのだが……

 聖女と勇者の短くも不幸な物語だ。読んでくれる人間なぞ、ごく僅かだろう。


 ーーでもそれでいい。

 その後の彼女の人生を汚さぬ為に、敢えて偽名を使った事にしよう。俺の名前すら、自分で適当に考えたものだと記載した。


 ーー勇者と聖女。

 特異なる職業を持つ者が一緒にいれば、必ず周囲に不幸を及ぼすだろう。この世界は優しく無いのだから。


 頼む。いつか俺の様に『出来損ない』では無い勇者よ。

 どうか悲劇を覆しておくれ……

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