第69話 封印されし心の闇
「う……うぅ、ん? あ、あれ……?」
「おっ? 目が覚めたかいお姫様ぁ」
ぼやけた視界から映し出されたのは、馬車の内部だった。意識が覚醒していくと同時に私は理解する。
昨夜、学院から家路に着く途中で、ーー突然口元を塞がれて攫われたいう事実に。
震える膝を無理矢理抑え付けて、灰髪の蛇の様な三白眼の男に質問する。
「……何が目的なのよ」
「察しが良くて助かるな。俺達の目的はお前じゃあない、ヒナさ。俺達と同じスラムの生まれでありながら、御大層に『聖女』なんてレア職業に選ばれた彼奴を手に入れる」
「それで? 一体無関係な私を攫ってどうしたいの?」
「ヒャハハッ! 無関係だって? 俺の見た所お前は頭が良い。もう察しがついてるんだろう?」
「…………」
勿論ーー分かってた。多分ヒナって名前が出た時点で、こいつらはかなり情報を収集している。それは、ソウシが『勇者』である事実に辿りついている筈だ。
だからこその私。最近ヒナと親しげにしている勇者を聖女から引き離す、もしくは交換条件にする為の餌。
「おっ? どうした? 途端に顔色が見る見る変わっていってるぞ〜?」
「弟を巻き込まないで……」
その台詞を口にした瞬間に、ーー男の様子が変貌した。その視線は凍てつく様な冷徹さに染まっている。
「なぁ。その後に『私はどうなっても良いから』とでも言葉を紡ぐつもりかい? 正直言ってさぁ、お前如き美貌の女は娼婦の中にごまんといるんだよ。確かに上玉なのは認めてやろう」
「〜〜〜〜ッ⁉︎」
「だが……それだけだ。価値がねぇんだよ、ーー高く売れるだけの女なんてな。俺達はその先が欲しいのさ」
男は続けて、見下す様に言葉を吐き出した。
「『勇者』の『姉』であるお前如きと、『聖女』の価値が同じだなんて思い上がってんじゃねぇぞぉ‼︎」
突然激昂した灰髪の男は、細身の腕で私の髪を引っ張り上げた。ーー毟られる様な激痛が奔る。
「い、痛いぃぃっ!」
「お前みたいな踏み躙られるだけの存在はな? 黙ってその首輪を嵌められて、許しを乞うて泣いてりゃ良いんだよぉ!」
言葉の直後、首元をなぞって意味を理解してしまった。ガイナス邸のメイドから聞いた事がある。
ーー『隷属の首輪』
装着させた者に逆らう事を許されず、力を奪うという正に『奴隷』の為の首輪。一度嵌められたら最後だと……
「ーーーーッ!」
「ヒャハハッ! その首輪の事も知っていたか。なら、再度自分の立場が分かったな?」
「乱暴はやめて……」
恐怖から思わず懇願してしまった。恥ずかしさと情けなさに泣けてくる。
確かに私は何の力も持たない職業『村人』だ。弟が『勇者』であっても、私自身に何の価値も無い……理不尽な暴力に抗う力も、意志すらも持てないのだから……
「そろそろアジトに着く。夜には俺の部下達が散々お前を可愛がってくれるだろうよ。弟君、確かソウシとか言ったか? そいつと話がつくまでは持ち堪えてくれよ」
「ヒィィッ⁉︎」
「良いなぁ〜! 何度見てもそういう絶望に染まる眼球を覗くのは良いんだよ。だけど俺はそれ以上の快感を知っちまってるかさぁ」
立ち上がり、両手を天に掲げる仕草を取りながら男は涎を垂らしていた。理解できない……けれど何故だろう。
ーー私は、こんな光景を知っている気がする。
暫くすると、私は馬車から降ろされて、無理矢理両手の鎖に引き摺られながら牢に向かわされた。
必死に頭を働かせながら、どうしようもないと諦めかけた瞬間、ーー男が突然床の岩に躓いて激しく横転した。
これが私に残された、ーー最後のチャンスだ!
勇気を振り絞って逃走を開始した。ここまで来た通路の道筋はしっかり覚えている。少しでも逃げて時間を稼ぐんだ……
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁぁっ、はぁ、はっ、はっ、はぁぁっ!」
ーー走る。
ーー走る。
ーー只管に走る。首筋から激痛が流れても堪えたのに……
ーー私は絶望に打ち拉がれた……開いていた筈の、入り口の扉が塞がれていたのだ。
「な、何で?」
「くくっ、かはははははははははははははははははははははははははぁぁぁぁ〜〜っ! 馬鹿がぁ!」
「えっ⁉︎」
振り返ると背後には男がいた。一体何で? 倒れていたじゃない。足音も、追ってくる気配も何も無かったじゃない。
「あのな。これは毎回俺がやってるゲームなのさ〜! 牢に入れられる直前にあぁしてやると、お前ら馬鹿共は毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回! 呆れるくらいに引っ掛かりやがる!」
「…………」
無言のまま呆けていると、突如頭を掴まれて岩壁に叩きつけられた。あまりの激痛に一撃で意識が飛びそうになる。
額から血が流れている感触がした。ーーあぁ、もう無理だ。
そのまま、『私』の意識は閉じる。
__________
闇ギルド、『啜る隠者』のリーダー『ゾロスア』は奇怪な光景に目を細めていた。己自身が発した台詞だ、毎回お前達はこうすると。
ならばーー
(今、俺の眼前で起きているこの異質な光景は何だ?)
ーー理解できない。決して『毎回』などと比べるも無い状況に陥っていたのだ。
「お前は、一体何だ……」
「……黙れ下郎が」
ーー直後、ゾロスアは一言も言葉を発する事が出来なくなる。喉元を抑えて反論しようにも、まるで失語症にかかったかの様に全てが失われた。身体すら指先一つ動かせない。
「なぁ、貴様は良い生き餌になりそうだから見逃してやるが、条件を告げよう。これ以上、この女に肉体的危害を加えるな。ただし、精神を絶望させる事は構わん。見た者が怒る様にとことん憔悴させろ」
「…………」
意味が分からなかったが、逆らったらどうなるかだけは理解出来た。
まるで人外の者を相手にしているかの様な圧倒的な威圧、ーー正体を予測できぬ程の殺気。
『ソレ』は金髪を靡かせながら妖艶な笑みを浮かべ、滑稽な道化を見つめる様に、一切興味を持たない冷淡な視線を向けてきて一言告げた。
「ソウシはね。きっと私を守る為に動くのよ? 必死に抗いなさいな。言っておくけど、逃げたら私が貴方を殺すからね? そろそろ呪縛を解いてあげる。返事をしなさい」
「……あ、は、はい。あ、あの……」
「余計な記憶を持ってると厄介ね。おい、瞬時に跪け」
素直に膝下から跪いた直後に、額に手を翳された。その温もりは快楽を与えつつも、己の全てを奪われるかの様な絶望を与える。
まるで薬物を体内に投薬されるかの様な不可思議な感覚に身を歪ませながら、ゾロスアは気絶した。
「さて、予想外ではあったが、今回の仕込みはここまでで十分か……」
ーーそのままセリビアは横たわる。
『聖女か……正直いらぬ存在だ。死んでもらうに越した事は無いが……アルフィリアが何処まで邪魔をするかな』
口元を歪めながら、笑いを堪え切れずに堪えるその姿は、セリビアとは似て非なる存在の『ソレ』だった。
記憶を封印されたのは、ーーソウシだけでは無かったのだ。
ここに、神の暗躍は功を奏す。
ーー誰もその存在を知らぬままに。
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