第70話 聖騎士長の実力

 

 テンカに案内された場所は、王国マグルの掃き溜め、スラムの一軒家の床下から続く階段だった。入り口に立っていた啜る隠者の見張りは、即座に『空界』によって口元の周りの空気を奪われ昏倒させられたのだ。

 手際の良さに感心していると、ソウシは軽く頭を小突かれる。


「集中しなさい。敵は汚い手段を平気で使うわ。毒を中心に責めて来るでしょうからね」

「は、はい……」

 ゴクリと生唾を飲み込むと、そんな忠告を一切無視した男が堂々と階段を下って歩き始める。何を考えているのかと制止しようとした瞬間に、勇者の背筋が凍る程の冷たい視線が向けられた。


「触るな……」

 発せられたその言葉と、鋭い眼光は、まるで自分の知っているガイナスでは無いとはっきり理解出来る。


 ーーこんな人……僕は知らない……

 一瞬でテンカの背後に隠れると、三人は黙々と奥へ進み始めた。先頭に立つ聖騎士から、白く煌めいたオーラが放たれている。疑問からビキニアーマーの裾を摘んで問い掛けた。

「ねぇ、ガイナスはどうしちゃったの?」

「拙いかも知れないわねぇ〜。負の感情と魔剣が共鳴しちゃってるのよ。相性が最高な武器と使い手は時にシンクロした時に意識が混ざり合う感覚に陥るの。あれは魔剣だからこそ、その典型ね……」

「僕はアルフィリアと話しているけど、そんな風になった事は一度も無いよ?」

「それはきっと、聖剣が抑えてくれているか……まだ眠っている力があるかのどちらかよ」

『正解』

「ん? 何か言ったアルフィリア?」

『何でも無いさ。それより良いのかい? どんどん離れているよ』


 テンカが慎重に動いているのに、反対にガイナスは速度を上げていた。そして、それは最悪の形で敵と相対したのだ。

 地下の最奥はまるで円形の空間になっており、確実にこの場所がアジトでは無い事実を突き付ける。


 ーー更に、無数の冒険者達に囲まれている事を物語っていた。そう、罠だ……


「流石は闇ギルドなだけあって警戒は万全って訳ね。不覚にも気付かなかったわ」

「どうしよう! うん、逃げよう!」


 ーーズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 直後、今まで抜けてきた扉が石の壁に閉ざされていく。これでは逃げても背後から襲われるだけだ。悪手に過ぎない。


「つ、詰んだ……」

「あらあら? 冒険者になればこの程度の危険は日常よ〜? 良い研修になったわね〜!」

「だから、僕は冒険者になんかならないんだってばぁ!」

「…………」

 余裕を見せつつも、思考を張り巡らせて打開策を考えるSSランク冒険者と、臆病勇者を横目に、聖騎士長は空間の中央へ自ら歩き始めた。無言の静寂が場を支配する。

 それは敵も同様だ。一体何を考えているのか理解出来ずにいた。闇ギルドとはいえ、一級の実力者が集まっている一ギルドにたった一人で挑もうとするその姿はーー

「早く掛かって来なさい……」

 ーー明らかな侮辱に映ったのだ。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!!!!」」」

 一斉に毒矢が斉射された。数えきれない無数の銀光が身体を貫こうとした瞬間、白い燐光を放ちながら魔剣は形態を変える。

 ーーガキキキキキキキキキキイィィィィィィィィィィンーーッ!

 伸びた刃はまるで鞭の様にしなりながら、周囲を抱きつく様に包むと矢を全て弾き返した。凄まじい金切り音が場に鳴り渡る。

「な、何あれ……」

「さぁ? あれが魔剣の特性なんじゃ無いかしら……」


 ソウシはその直後、己の目を見開いて愕然とした。瞬足で空間の壁を駆け上がったガイナスは、ーーあろうことか敵を肩口から斬り裂いたのだ。

 鮮血が飛び散り、その身を染め上げる姿を見て思わず絶叫した。

 捕らえてセリビアの居場所を吐かせる作戦であり、決して殺す事など聞いていない。

「な、何をやってるんだああああああぁーーーー⁉︎」

「はぁっ? 敵を斬ってるんですよ?」

「ーーーーーーッ⁉︎」

「拙い! 完全に意識を捉われてる!」

 焦燥に駆られた二人を見つめて、金髪に血を滴らせながらガイナスは微笑んだ。そのまま視界から消え去る様に次々と敵を殲滅する。


 呆然とする姿を他所に、数分と経たずして闇ギルドは壊滅した……

 嗚咽を吐きながら、憎々しく見つめるソウシの元にゆっくりと近づいて来るその表情は、何故か穏やかだ。


 最早狂っているのだと戦闘体制に入った直後、ーーその様相が変貌する。

「あははっ! あはははははははっ! どうですかソウシ? しっかりと私の実力を目に焼き付けましたか?」

「「はぁっ⁉︎」」

「あっ! もしかして白薔薇……貴女……」

『あれ? あっ! ごめーんご主人様ぁ。この二人にもかけちゃってたぁ〜!』

「まったく……だからやたらと外野が煩いと思いましたよ。早く解いてあげなさい」

『は〜い!』

 何を言ってるのか理解出来ずに困惑する二人を白光が包んだ。すると、今まで地獄絵図だった空間が最初に飛び込んだ時に遡った様に景色を変える。


「「ふぁ⁉︎」」

「さっきまで二人が見てたのは、白薔薇が見せた幻術ですよ」

『ごめんね〜?』

 地面には多数の冒険者が気絶して倒れていた。みんな息があり、ただ気絶しているのが分かる。

「ねぇ……魔剣に意識を乗っ取られてたんじゃ無かったの?」

「えぇ、確かにシンクロしてましたよ?」

「じゃあ、何でそんなに冷静に戦えたのよ……」

 その二人の疑問を聞いてガイナスは首を傾げた。白薔薇も同様に刃紋を明滅させる。


「あんなクズ斬りたく無いですし、血すら浴びたくないですしね」

『私も綺麗な身体ヤイバにあんな奴等の血が付くの嫌ぁ〜!』


 その答えが妙にしっくりきて、ソウシは思わず笑ってしまった。テンカはやれやれと肩を竦める。

「そんな事より、本番はここからです! 愛しいセリビアさんを攫った阿呆どもに、居処を吐かせるんですから!」

「う、うん……」


 その後、ガイナスは容赦無く闇ギルドのメンバーにビンタを浴びせ続けながら尋問を続けて、郊外の森にある隠しアジトの居場所を聞く事に成功する。

 その姿を見て頼もしく思いつつも、やはり否定したい気持ちが脳を過ぎった。


(やっぱりこの人がお兄ちゃんになるのは……なんか嫌だな)


 冷や汗を掻く姿に気付かないまま、全速力で石の扉を破壊しながら地上に飛び出すと、聖騎士長は天に咆哮した。

「今行きますよぉぉぉぉぉーーっ! 愛しいセリビアさぁぁぁぁぁぁぁん‼︎」


 愛に生きる男の暴走は止まらない……

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