第68話 マグル学院一年生『冒険者研修』3

 

 王国マグル北にある洞窟内に存在するダンジョン。『ゴブリンの王国』ーーそれは言葉通りにゴブリンのみがリポップし続ける場所だった。

 ゴブリンナイトやゴブリンメイジ、ブラックゴブリンなどが冒険者を模した様にパーティーを組んで襲い掛かって来る。その事実は見習いの低ランク冒険者からすれば、恐怖と共に洗礼として語り継がれているのだ。


 逆に、ある程度連携になれたパーティーからすれば、格好の経験値稼ぎの場となっており、人気のダンジョンとして有名だった。

 ーーしかし、どんな時にも『変異』や『異変』は起こり得るのだ。今現在、この王国の頂上に君臨している存在は、通常のキングゴブリンとはその様相からして違っていた。

 右手にはアダマンチウム製の斧を握り締め、魔術を弾く特殊な鎧を身に付けている。


 ーー『ゴブリンエンペラー』

 この変異種の存在が確認された時の、ゴブリンの王国の難易度はAランクまで跳ね上がる。何故なら、その血は一定のレベルを超えた同族をキング種、クイーン種へ進化させるからだ。


 普通ならギルドの調査員を含めて、一般冒険者がこの事実に気付いた後、相当数とランクのパーティーが対処に当たるのだが、運が悪い発見者は例の如く……


 __________


「はぁっ、はぁっ、はぁぁっ!」

「ねぇ、さっきの魔獣って、普通のゴブリンじゃ無いよね⁉︎」

「無駄口は駄目よソウシちゃん! 今はヒナちゃんを抱えて逃げるの!」

「あわわわわっ〜〜! 偉いこっちゃですぅ〜!」

 全力でダンジョンを駆け出しているのは、運悪く誰にも発見されていないまま気付かれずにいた内部へ侵入してしまったソウシ達だった。


 ーー正確には発見されていなかった訳では無い。異変を報告する前に、C、Dランク冒険者は駆逐されたのだ。餌として……

 最初に気付いたのはSSランク冒険者のテンカでも無く、勇者でも無く、聖女であるヒナだった。


「この場所、魂が哭いているです……」

 その一言を疑問視して警戒すると、全十二階層の僅か三層でキング種が現れたのだ。有り得ないことだと『空界』で身動きを封じて首を刎ねた直後、ーー四方八方から動じる事も無く、ゴブリン達が徒党を組んで襲い掛かって来た。


「これはまさか……走るわよ! ソウシちゃん!」

「へっ⁉︎」

「変異種がいるわ! このままじゃ囲まれる!」

 珍しく説明を省きながら確信をついた物言いをするマグル最強の冒険者の様子から、一斉に二人は敬礼した。

 直ぐ様万歳した聖女の脇を抱えてテンカの後に続くが……


 ーーギキィッ! キシャアァァーー!!


 上空から多数のフレイムランスが迫った。瞬時にアイコンタクトを交わして聖魔術を放つ。

「セイントフィールド!」

「良いわ! そのまま逃げられる所まで上層に戻るわよ」

「はい! この結界は時間的にあまり余裕無いですよ⁉︎」

「大丈夫、マッピングは完璧よ!」

「ソウシ君、そっちの角の先から魔獣が来るです!」

「了解! 気配は出来るだけ伝えて」


 テンカの経験則、ソウシの聖魔術、ヒナの『予知』によって極力戦闘は回避されたまま、勢い良く地上へと飛び出した。

 今まさにギルドの監視員へ報告して、ダンジョンのクエストを開始しようとしていたDランク冒険者パーティーはその様子に目を見張る。

 ビキニアーマーを隆起させ、尖らせた髭を撫でた後に、テンカは深い溜息を吐いた。


 ーー『危険から聖女を回避させるつもりが、自分が巻き込んでどうする』

 そのまま駆け寄って来たギルド監視員と調査員に、何を見たのか、何を感じたのかをハッキリと告げた。

 その報告に、嘘偽りを胸に抱く者はその場に一人としていない。


『最強』と『勇者』が告げているのだから……

 ダンジョンを封鎖すると共に、ギルドから相応の対応が迅速に為された。これからゴブリンの王国に挑もうとしていた新米冒険者は、恐怖から腰を抜かしてへたり込んでいる。

 ーー死と隣り合わせの職業。その深淵と本質を垣間見た瞬間だ。


 そして、それ以上に抱き合って怯えていた二人がいた。何処かしら余裕を見せながらも、断固たる決意を胸に秘めたのだ。

「「これからは、絶対に付いて行く人を間違えてはいけない! (です!)」」

 反論したくとも、現状は己に非があると感じていたSSランク冒険者は眉を顰めた。諤々と震える生徒を見ては、大人である自分に述べる言葉は謝罪のみだ。


「確かに今回の件は予測が甘かった私が悪かったわ……ごめんなさいね」

「「本当ですよ! 反省して下さい! (です!)」」

「グヌゥッ……」

 真摯に頭を下げたというのに、遠慮のカケラも無く、一切の躊躇もせずに叱責する二人に軽く苛立ったのは言うまでも無い。


 しかし、それだけならまだ良かったのだ。ソウシはこの災厄とも言えるゴブリンの王国に、再び舞い戻る形となる。


 __________



 学院の寮に戻ると、何処か静かしげに感じた。確かにこの期間は他の生徒達はクエストに出ていて、普段の喧騒が嘘の様に食堂にいる生徒も大人しい。

 隣にいるヒナと一緒に食事を取ろうとした瞬間、最近何時もいたお姉ちゃんがいない事に気付いて、何かあったのか別の叔母ちゃんに尋ねた。


 この期間もセリビアは此処で働いていると聞いていたからこそ、ソウシは態々足を運んだのだから。


「あのねぇ〜今日の朝から連絡が付かないのよぉ〜! 仕事をサボる様な子じゃ無いから、私達も心配していてねぇ。貴方、弟さんなんでしょお? 何か聞いてないかしらぁ?」

「いえ……冒険者研修の期間も食堂で働いてるから食べに来なさいって事しか……僕は聞いて無いんだ」

 その様子を隣から眺めていたヒナの顔色が、急速に蒼褪めていく。


 ーーまだだ、まだその時じゃ無いと、脳内で必死に言い聞かせていた。

(私がまだ攫われて無いんだから、きっと違うです! それとも、もしかして順番は関係無い⁉︎ そんな……そんなまさか……)

 ヒナが危険を意識したのと同時に、ソウシは首元を曲げてその双眸を見つめた。思い浮かべてしまった。大人達から危惧されていた嘗ての物語を……


「嘘……だよね? セリビアお姉ちゃんが攫われる『予知』なんて、見てないよね?」

「ーーーーッ⁉︎」

「何で、その事を知ってるのかみたいな表情をするのさ……ねぇ、嘘だって言ってくれよ……」

「あっああああぁ〜〜!」

(この人は私の見たビジョンに勘付いたのです。なのに……なのにぃ!)

 聖女の双眸から堪え切れない涙が溢れ出して、膝から崩れ落ちた。抱いた感情は悔恨だ。

(また……私は巻き込んでしまったです……)


「君を責める気なんて無いんだ。でも、これから僕は側には居られない……守りたい大切な存在を絶対に助けなきゃ……」

「ごめんなさい……ごめんなさい。言えなくて、ごめんなさい……」

 気付いていたのに、その時が来るまではと温かな空間に身を委ね、甘えてしまった自らの心の弱さにヒナの顔が歪む。

 怖くてソウシの目を見つめられなかった。そこへーー

「だから、君はここに居てね。絶対に二人共、僕が助けてみせるって決めたんだから!」

 ーー頭を掌で優しく撫でられた。

(あぁ……ソウシ君は私を見捨てる訳じゃ無いんだ……これが『勇者』……)


 __________


 泣き綴る少女を背に、胸に決意を抱いた。守る。

 ーー巻き込まれたセリビアお姉ちゃんを。

 ーー悲しき宿命からヒナを。

 ーー二人共、絶対に僕が守る!


「力を貸してくれ、アルフィリア!」

『任せてよ。聖剣と勇者が揃っていて、不可能なんて無いのさぁ!』

「私も行きますよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおーーーー!!」

 決意を固めた視線の先には、真っ白な長剣を携え、金髪を逆立てながら圧倒的なオーラを放つ聖騎士長、ーーガイナスがいた。しかし何処か様子がおかしい……


「よくも、よくも、よくも、よくもおぉぉぉぉっ! 私のセリビアさんに危害を加えやがったなああああああああーーーーッ!」

「う、うん。今だけはその闘志と力を借りるよ……よろしく」

 まだ何が起こっているかも分からないのに、勝手に妄想が暴走しているガイナスに若干引きながら、直後に全力で疾走した。

 城の外にはテンカがおり、既に闇ギルドのアジトの情報を掴んでいたのだ。


 ーーここより、手を出してはいけない存在に手を出した、王国マグル闇ギルドの殲滅が始まる。




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