第66話 マグル学院一年生『冒険者研修』1

 

『ガイナス邸にて』


「成る程〜! もうそんな時期なんっすね〜! いや〜、おらも受けて見たかったすよ〜!」

「にゃ〜! ベルヒムはもう学院には復帰出来ないのにゃ〜?」

「流石に魔族ってバレちゃったっすからね。二度目は無いと思うっす。折角匿ってくれてるガイナス様やセリビアさん、メイドさん達にも迷惑は掛けられないっすよ」

「でも、その姿も似合ってるにゃよ」

「ありがとうっす!」


 魔族だと王国に露見した今、ベルヒムは変わらずにガイナス邸に居た。ただし魔族の国のアイテムで髪の色や瞳の色を変え、執事見習いとして雇われている。

 時たまそれを知っている一部のクラスメイトだけが、休みの日に会いに来る様な関係を築いていた。


 ーー特に多いのが、猫娘ことサーニアだ。

 面倒見のいい性格から、学院やクラスメイトの近況を伝えようと度々訪れている。それがベルヒムには嬉しい事であり、心から優秀なメイド達から教わった、客人のお持て成しを実践に移している。


「でも、冒険者研修って一体何をするにゃ?」

「確か学院の生徒は三年生まで残れば、必然的にCランク冒険者の資格を得られるんすよ。だから一年生の内に、冒険者ギルドに登録するっす」

「ソウシとあたいなら、今でも既にそれ以上のランクを取れるにゃよ〜!」

「そうでしょうけど、悪目立ちするから控えた方が良いっすよ」

「難しい事はベルヒムの意見と、ソウシの判断に任せるにゃ! 最近入ったヒナって子も中々凄いにゃよ」


「……聖女でしたか。まさかそんな存在まで現れるなんて、出来過ぎた偶然だと思うっすけどね」

「??」

「あぁ、こっちの話っすよ。サーニアさんは気にしなくて良いっす。何か分かったら教えるっす」

「ありがとにゃ〜!」


「それはそうと……獣人の里と血統の事を、みんなには話したんっすか?」

「一度、意識が飛んでスキルを発動させちゃったにゃ……」

「その後、追求は?」

「無いから逆に不思議にゃ。SSランク冒険者に見られたのは拙かったにゃ〜」

「確かにそれは不思議っすね。多分、裏で調べられてると考えた方が妥当かなぁ」

「ーーーーッ⁉︎」

 サーニアは目を見開いて立ち上がった。ベルヒムはそれを手で制して、己の予測を語る。


「それ程に、SSランク冒険者は慎重で狡猾なんっすよ。時期に何かしらのアクションがある筈っす。もし余裕があれば教えに来て下さい」

「……わかったにゃ。余裕が無ければ、みんなを巻き込む前に一度隠れるにゃ」

「…………」

 魔族の青年はそのまま押し黙った。それは無理だろうと告げるのは、酷だと判断したからだ。サーニアは己の秘密を唯一話している存在に対して、哀しげな表情を浮かべる。


「きっとおらだけじゃ無く、ソウシ君が守ってくれるっすよ」

「巻き込めないにゃ。だからその時が来たらあたいは……」


 そのまま猫娘はガイナス邸を後にした。窓際から去り行く姿を見つめ、ベルヒムは決意しているーー

「その時が来たら、きっと……」

 ーー自分も隠れずに勇者と共に、彼女を守ろう。


 __________


『三日後』


「はーい! じゃあ班毎に分かれて冒険者ギルドへ向かってね。手続きが終わり次第、割り振られたクエストを受注して、取り組んで頂戴。達成までの期間は四日間です。もし達成出来なかった時でも、一度学院に報告に来る様に」


「アイナ先生!」

 ドーカムが質問を述べようと挙手する。

「はい、どうしたの?」

「その期間中は、学院へ来なくて良いんですか?」

「えぇ。新米のFランク冒険者として生活して貰います。五日目からは普通に学院が始まるから、最終日まで掛かると身体を休める日が無いわよ」

「は、はい……」


 Aクラスの生徒とはいえ、皆不安そうな表情を浮かべていた。何故ならーー

『簡単なクエストは、Fクラスから優先的に受けられる』

 ーーこの制約があるからだ。大凡残るのは、魔獣狩り系の依頼になるだろうと予測していた。


 そして、ソウシを含めて実力が高いと判断された者達は、グループを分けられる。リーダー的に実力差を均等に分ける為だ。必然的にドーカムやサーニア、メルクやマリーニアスは別の班に為らざるを得ない。


 そんな中、黒髪の村人志望の勇者は、一人己の班分けに断固たる物議を醸し出す。

「はいはーい! アイナ先生! 僕の班だけ人数が少ない以前に、ヒナと二人でペアの意味が分かりません!」

「……他に異論がある生徒はいる?」

「「「「「…………」」」」」

 無言の肯定が場を支配する中、三人の女生徒が一斉に手を上げた。


「私はソウシ様と一緒の班になりたいです!」

「あたいはソウシと離れられないにゃ!」

「……同意。そして班分けに不服」

 顔を赤らめるマリーニアス。当然だと胸を張るサーニア。最初から従う意思の無いメルクにーー

「あんた達ねぇ……」

 ーーアイナは深い溜息を吐いて、教師らしく説教した。


「今回の冒険者研修は安全な依頼を受けられる様に手配しているけど、それでも何が起こるのか分からないのが冒険者よ。突然ダンジョンで高ランクの魔獣に出会す事もある。だからこその班分けです。文句を言うのなら、参加自体を取り止める形にして、成績に影響が出ると思いなさい」


 ーーそれこそ、一緒のクラスじゃ居られなくなるかも知れないわねぇ。


「さぁ、私の班の皆さん! 一緒に頑張りますわよ!」

「初日でクリアしてやるにゃあ!」

「……足を引っ張ったら……焼く」

 身を翻した直後の変わり身の早さに皆が呆れ返る中、目を輝かせる少年と少女がいた。


「ねぇ! 聞いたかいヒナ! 研修を辞退すれば、もっと楽なクラスに移れるらしいよ?」

「それは嬉しいです! 正直勉強について行くのが不安だったです!」

「僕も冒険者資格とか要らないから、このまま辞退しよう!」

「実は……私もまだ怖くて学院の外には出たく無かったです。賛成!」


「「わあぁぁぁぁーーい! やったあぁぁっ!」」

 直後、怒り狂ったアイナから拳骨が落とされた。痛くは無かったが、一体何故だと視線を向けた先にはーー

「あんたら二人。授業を何だと思ってるのよ……」

 ーー修羅の如く魔力を高め、髪を逆立てた教師がいた。思わず恐怖から生唾を飲み込む。

「「痛いです。心が……」」

 逆らってはいけない。これはやられるヤツだ。


「ソウシ。そこら辺で観念しておけ」

 親友の騎士の忠告に、思わず肩を落とした。ヒナはその様子を見て、同じく脱出が不可なのだと理解して涙目になる。


「学院は厳しい所なのです……」

「あぁ、僕も以前からずっと訴えているんだけど、みんな意見を聞いてくれないんだよ」

「ソウシ君は強いから平気ですけど、ヒナは不安です」

「ふふっ。前に言っただろう? 僕は逃げるのは得意だけど、戦うのは大の苦手なんだ。いざとなったら逃げよう」

 ヒナは薄っすらとだがソウシの普段の性格から、その言葉が嘘ではないと確信して余計に恐怖にかられ、少年の服の肘を摘んで答えた。


「逃げても良いので、置いて行かないで欲しいです……」

「それは大丈夫だよ! 絶対一緒に逃げるって約束するからね!」

 二人は黒と翠色の双眸から力強い視線を交わし、同時に頷いた。

 望むべくも無い『冒険者研修』が始まりを告げる……

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