第65話 魔剣白薔薇と聖騎士長

 

 王国マグルの聖騎士長であるガイナスは、思い悩んでいた。何より一番に考えなければならないのは、失った剣の代わりになる新たな剣の事の筈なのに、ーー考えるのはセリビアの事ばかりだ。


「このままじゃいけない。ソウシの言う様に本当に駄目な大人になってしまいます……ですが、セリビアさんが屋敷を出て行ったら、会う機会が極端に減ってしまうのは明白……何としても阻止せねば」


 この通り成長が無い。昔から己を鍛え上げる事にしか興味が無かった堅物が、ーー恋に落ちたのだ。それも致し方のない事だった。


「先ずは剣を見つけなければ……しかしこの国には優れた刀匠が居らず、真面な剣はミスリルが良いところでしょう。一体どうしたら……」

 丁度執務室でまるで仕事をしているかの如く悩んでいると、予想外の人物が来訪した。


「ガイナス〜! 私と一丁魔剣探しに行かな〜い? 最近新しく発見されたダンジョンにそんな噂があるのよ〜!」

「テンカさん! それは本当ですか?」

「えぇ、私も新しい斧を作る為の鉱石と素材を集めたいし、久し振りにペアを組もうじゃ無いの」

「此方こそ宜しくお願いします!」

 SSランク冒険者の提案は、瞬時に悩める男の顔を晴れやかにさせた。


 __________


『翌朝』


 隊長陣に今日の訓練の指示を出すと、武器庫からミスリルの剣を装備して、テンカと共にマグルを抜け出した。

 新しく発見されたダンジョンの名は『惑わしの廃森』その名の通り、発見されてから調査が上手く進まないのは、まるで何かに拒まれているかの様に、数々の冒険者が気付くと森の外へ弾き出されているからだ。その際に冒険者が見たとある噂になっている。


 ーークスクスと笑う白髪の美姫を……

「それも魔獣の類でしょうか?」

「ん〜。私の予想は違うんだけどねぇ」

「それでは一体何だとお考えですか?」

「多分、それこそが魔剣の正体なんじゃない? 様々な魔剣が世に生み出された経緯を知ってるわよね?」

「はい。魔獣と武器の融合した姿。ダンジョン内でしか精製されない奇跡の一振り」

「だから、きっとその魔剣の意思が悪戯してるんだと思うわ〜。それより、今更だけど聖騎士長なのに魔剣なんて装備して良いの?」


 テンカは少々試す様な物言いをしてガイナスへ問い掛けた。騎士としてのプライドか、何振り構わず強くなる事を選ぶのか見定めたかったのだ。

「勿論、反発はあるかも知れませんね。それでも私は大切な人を守る為の力が欲しい!」

 その瞳に嘘偽りがない事を確認した後、再度嬉しそうに歩き出した。正直に言えば一人でも仲間が欲しかったのだ。


 己だけが予測し得ている、今後の王国マグルが立たされるであろう状況を、打開できるだけの戦力をテンカは求めて動いていた。

(私は、恩人であるソウシちゃんを絶対に守ってみせる……)

 忘れていない。どれだけ困難な状況に立たされようとも、必ず勇者と共にあると誓ったあの日から、マグル最強の冒険者は独自に考え、頭を働かせて仲間を募っている。


 何故なら、その予測はきっと間違えていないのだからーー

(戦争が始まれば、あの子はきっとそれを放置出来ない……)

 ーー臆病な性格の裏側に隠された激情。涙する瞳の奥に秘められた情愛を、魔女の事件で理解してしまったのだ。最早他人事ではいられない程の恩を感じてしまっていた。


 そして、ガイナスに目を付けた。間違いなく、この男の力は本来自分に最も近い高みに登っている筈なのに、ーー甘さがそれを潰している。

 魔剣の特性いかんでは、それを打ち消せるだろうと画策していた。


 当の本人は、ただ新たな相棒に出会える喜びに打ち震えているだけなのだが……


 __________


『惑わしの廃森入り口』


 其処は、木々があり得ないほどに入り組んでおり、所々に冒険者達が何とか中に入ろうと攻撃を仕掛けた傷跡が残っている。

 ーー今尚眼前では火系統魔術を放って、樹木を焼き払う姿があった。

 しかし、燃え散らかしたと思った瞬間に、大地の根元からそれを塞ぐ様に枝葉や幹が次々と生えてくるのだ。


「これは確かに厄介ですね」

「ところがそうでも無いらしいのよ〜?」

「どういう事です?」

「これ、今回のダンジョンに関してゲンジェが集めてくれた報告書よ」


『今回のダンジョンは非常に謎である。しかし、私はある事柄に気付いたのだ。それをこの文章に記載しておこう。先ず、女性冒険者のいるパーティーは絶対にダンジョン内には入れない。どれだけ樹木を焼いたり切り払った所で、瞬時に再生するからだ』

「…………」


『だが、私とテンカちゃんはある特定の条件を持ったパーティーが、即座に入れる事実を掴んだ! それはイケメン騎士がいるパーティーだ! ランクを問わず、その限定条件を満たしている冒険者達は中に入れている! まぁ、結果としては弾き出されているがね』

「えっと、まさかそれも魔剣の意思だと?」

「そう、そのまさかよ! このダンジョンの魔剣はね……イケメン騎士が好きなのよ〜!」

 両手を掲げて恍惚の笑みを浮かべるおっさんを見つめて、ガイナスは目を逸らした。


「帰って良いですか?」

「ダメよ〜? さっき貴方に聞いたじゃない。力を求める覚悟はあるかと!」

「それはね、きっとこういう事じゃ無いんですよ! そんな阿呆見たいな魔剣は要らないんです!」

「あら? でもあちらさんは既に貴方をロックオンしたみたいねぇ〜」

 自然と森の入り口が広がり始め、誘い込むかの様に大地が整地された。二人は呆れた表情を浮かべながらも、足を踏み入れる。


 ーーこの際だから、どんな魔剣なのか見定めてやろう。

 暫く歩くと、魔獣が這い出て来て襲われるかと思い攻撃体制をとった瞬間の出来事だった。森の樹木が魔獣の身体を搦め捕り、遥か彼方へ放り投げる。


 何故か魔剣の仕業だと理解出来た。

「貴方……愛されてるわね」

「こ、こんなダンジョン普通はあり得ませんよ⁉︎」

 導かれる様に道を進むと、拓けた場所にある一本の太い株の上に、白髪の少女が座っている。


 ーー全てが白で出来たかの様に、真っ白な少女だった。髪も、目も、服も、肌の色も、全てが白い。だからこそ、白々しい。

「イケメンお兄さん見っけ〜!」

「……貴女が魔剣ですか?」

「言っておくけど、油断しちゃ駄目よ!」

 邪気は無い。纏うオーラすらも白いその存在を見て、聖騎士長はゆっくりと近付いた。

「私が貴女の主人になる為には、何が必要なのですか?」

「顔、相応しい技量、レベル、性格はクリアーね! じゃあ、私を使ってあの変態を斬ってくれれば契約を結ぶわ」


 ーー魔剣が指差した先にいたのはテンカだった。試練……そう呼ぶには相応しいのかも知れないが、その言葉を聞いた瞬間に、ガイナスは飽き飽きとしたのだ。

「馬鹿ですねぇ〜。そんな陳腐な試練しか与えられ無い阿呆など、此方こそ願い下げですよ。ミスリルの方がまだマシだ」

「はあぁっ⁉︎ 私をミスリル如きと一緒にすんな!」

「えっ? 一緒になんてしてませんよ。聞いて無かったのですか? ミスリルの方がマシだと言ったのですけど」

「ーーーーーーッ⁉︎」

「さぁ、テンカさん帰りましょう。馬鹿に付き合うと馬鹿が感染る」


 テンカは黙ってその様子を見つめていた。大体の予想はついていたが、本当にこの魔剣を手に入れなくて良いのか、己には判断が付かなかったのだ。

「待ちなよ! 黙って返すわけないじゃん。他の人は兎も角あんたは絶対に殺す!」

 魔剣の言葉の直後、座っていた株から幹が生え、枝葉が手足の様に伸びて人型の魔獣を作り出し、魔剣を握った。


「そんな木偶に握らせる程のプライドしか持っていないのですか? 更に溜息しか出ません。良いでしょう。一流の剣士とはどういう存在か見せて差し上げますよ!」

 ミスリルの長剣を抜き去り、魔剣を握る魔獣と対峙する。

 ーーその結果は、圧倒的と言わざるを得ない。


(違う! そうじゃない!)

(遅い! 今のも防げたし!)

(もっと……しっかり私を使ってよ! もっと、もっと、もっとぉーー!)


 ーーカランッ!

 地面に落ちた魔剣は、再び少女の声で訴える様に涙を流しながら、嗚咽に塗れていた。

「もっと、もっと、もっと、もっとちゃんと私を振るってよ! ちゃんと使ってよ! いつになったら出会えるのよ⁉︎ 何十年待っても私は……私はあぁぁぁっ……」

 返答も無く無言のままに、ガイナスはその柄を握り締める。


 ーー右斜め上から一閃。

 ーー即座に左手に持ち替えて、下方から刎ね上げる様にもう一閃。


 それだけで魔剣は理解した。感じた事の無い剣速、握られた掌に纏わり付いたタコの数。ガイナスがどれだけ武器を愛しているかという愕然たる事実……

「一目惚れを通り越して、最高よ」

「どう致しまして。実は貴女の刃を見た時に、私も心を奪われていたのですけどね」

「私は魔剣白薔薇。特性は幻術と鞭の様に刃を伸ばしてしならせれるの。貴方、鞭は使える?」

「私は王国マグル聖騎士長のガイナス。リミットスキルは『武芸千万』鞭だろうと凡ゆる武器を使いこなせる能力ですが、愛しているのは剣ですね」

「それは素敵ね。これから宜しく。ご主人様……」


 白薔薇は、そのまま大人しくミスリルの長剣の代わりに鞘へ収まったのだが、その際に一言だけ要望を告げる。

「こんな在り来たりの鞘は嫌だわ。もう少し高い鞘を作って頂戴!」

「勿論です。綺麗な刃に相応しい鞘を作って貰いましょうね」

 何処と無く照れ臭そうに、白薔薇が微笑んでいるのが伝わった。


 ビキニアーマーのおっさんを放っておいて、二人だけの空間を作り出す姿を見て、SSランクを冒険者は焦燥を募らせる。

(今引き合わせたのは、間違いかも知れないわね〜)

 相性が良過ぎる事は時に不穏を招きかね無い。それをはっきり理解できる事件は、マグルに戻ってから起こったのだった。





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