第62話 聖女、学院に通う 2

 

 学院に通うことが決まった際に、ヒナがまずお願いしたのは母の葬いだった。ガイナスは事実を確認次第、犯人を追う。

 ソウシが後日見たのは、埋められていく母を眺めながら涙一つ流さない少女の姿。

 どうしてか自分でも分からないが、ランナテッサを死なせてしまった時の己の姿を、その光景に照らし合わせて胸が痛くなった。


「…………」

 無言の静寂の中、ヒナは何を思い出したのか分からないが、少しだけ口元を緩めて最後に微笑んだ。その表情がとても印象的で、同時に美しく感じてしまう。

 セミロングの銀髪を掬い上げ、痩せ細った肢体。自分と同じ黒眼。ヒナからは聖女の温もりと言うよりも、冷たさや絶望が纏わり付いている気がする。


(あの子は、僕なんかよりずっと辛い生活をしてきたんだろうな)


 その後、墓地を後にして向かった先は学院の寮だった。ヒナは護衛の任も含めてアルティナの部屋で一緒に住む事になったのだ。

 そして、必ず文句を言うであろう学院最強の孫を納得させる為に、ドールセンの計らいにより部屋の移動が指示された。


 ーーソウシとテレスの住む部屋の隣だ。

「くふふっ! お爺様にどれだけお願いしても駄目だった事が、貴女のお陰で叶ったわ〜!」

 嬉々として踊り出す美女を前にして、ヒナは一点だけを凝視していた。胸だ。

「な、何を食べたらそんなに胸が大きくなるです⁉︎」

「あら? 貴女はまず沢山ご飯を食べる所から始めなきゃ駄目ね。あとそのボサボサの髪は後で弄ってあげるわ」


「え、遠慮したいです!」

「駄目よ!」

「拒否権は無いのです⁉︎」

「最初から無いわ? だって私の部屋で一緒に暮らす以上、好きにさせて貰うもの。礼節も叩き込んで、立派なメイドにしてあげるわ!」

「〜〜〜〜〜〜ッ!」

(た、助けてソウシ君ーー!)


 ーー「んっ? 今なんか言った?」

「いいえ? そんな事は良いからほら! しっかり手を動かす!」

「はいはい……」

 こっちはこっちで、テレスの我儘に付き合わされ、全身マッサージの極意とかを仕込まれながら腕を高めていた。

「あはぁ〜〜そこはもう少し強くても良いわぁ〜〜!」

「ねぇ、君は僕を何にしたいんだよ。お陰で料理は上手くなったけどさ」

「馬鹿ね! 役に立つ一流の姫専用執事よ!」

「……そこは普通勇者じゃ無いかな? 完全に快適な生活に毒されてる気がする」


 ーー「「はぁっ……」」

 両隣の部屋の勇者と聖女の溜息が重なりあった。互いに一緒に暮らすパートナーの傍若無人さに呆れていたのだ。


 ___________


『翌日』


 クラスで授業を受けていると、アイナが途中席を立って扉を開けた。そこにはまるで見違えたツインテールの銀髪の美少女が輝きながら、恥ずかしそうにモジモジと両手を絡めている。


 ーーガタンッ!

「ヒ、ナ?」

 席を立ち上がり疑問形で名を呼ぶと、俯いていた顔を上げて、突如ヒナは走り出し飛びついて来た。

「ソウシ君! 恥ずかしいです! 助けて〜〜!」

「い、いや状況的にはこの方が恥ずかしい……一旦離れて?」

「嫌です! 絶対離さないです!」


 普通は美少女に抱き着かれて喜ぶ場面だ。そしてクラスメイトが嫉妬する筈なのだが、絵図が悪い。

 ーー両手両足を巻き付けて、木登りする様にがっしりとソウシの胴体にしがみ付く姿。


「あの子、なんか残念な子だな」

「ソウシの奴、苦労してんだろうね」

「全然胸が痛くなりませんわ。あれは美しくない……」

「にゃ〜〜! ソウシのハーレムがまた増えたにゃぁ〜〜!」


 クラスメイト達の憐憫の視線が痛い。どうしようかと頭を掻くと、ブルブル震える少女をしがみつかせたまま、何も無かったかの様に席に座りなおした。

 何処か落ち着くようで、安堵した柔らかな表情をヒナは受けべている。


「「「いやいやいや。そこは引き離してから座れよ!!」」」

「あっ。やっぱり駄目? 面倒くさいからこのままでいっかなって……」

「ヒナもこのままで良いですぅ〜〜寝れる〜〜」


 授業を受ける気が皆無な少女と、女慣れが更に増している少年に、クラスメイトどころかアイナまでが戦慄した。

「何なんだあの余裕は……俺なんて女の子の手すら握った事無いのに」

「何で鼻血が出ないんだ……やっぱり大人になっちまったのか」

「ソウシ様……私もしがみ付きたい」

「拙い。先生として生徒の不純異性交遊を見逃す訳にはいかないのに、経験値が違い過ぎて注意出来ないわ……ソウシ君……恐ろしい子」


 授業が進まないという理由から無理矢理ヒナを引き離して、隣の席に着いて貰う。

 ちょうどその頃座学が終わり、次の授業は剣術だった。準備をしている所へ、メルクオーネが近づいて来る。


「ソウシ様。今日もドーカムとペアを組むのですか?」

「そのつもりだよ。どうかした?」

「それではヒナの相手は私が務めますわ」

「そっか。まだ不慣れだと思うから助かるよ! ありがとうね」

 頭を撫でながらお礼を言うと、顔を真っ赤にしてコクコクと頷いていた。魔女の事件以来、見違えるほどに明るくなった雰囲気に、最初はクラスメイトも面を食らっていたが、今は徐々に落ち着いて来ている。


 ーー普通に話しせるのが、ソウシだけなのを除けば……


「……女子の更衣室は別なのよ。来なさい」

「は、はい!」

 メルクオーネの後を着いて行くと、ヒナは何処かから感じる寒気に襲われていた。その原因は眼前を歩いている。

(私のソウシ様にあんなにくっついて〜! 許さない! 絶対許さないんだから!)


 ヤキモチ全開のAランク冒険者は、瞳に静かな決意の炎を灯していた。スラム生活から同世代の人間と話した事がないヒナは、不思議に思い首を傾げるだけで、その事実に一切気付いていない。


 この後、勇者とクラスメイト達は驚愕する事になる。

 当の本人さえ知らないヒナの聖女としてのスキルは、予想の範疇を超えるものだったのだ……



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