第61話 聖女、学院に通う 1

 

 少年の背中におぶさり、ヒナは街中を駆けていた。母の亡骸を葬いたかったが、現状家に戻るのは危険過ぎると判断したのだ。

(ソウシ君とか言ってたですね。この子も私と同じなんだ……)

 先程手を握った時に脳裏に浮かんだビジョンは三つ。


 ーー私が攫われる場面。

 ーー知らない女性が、檻の中で擦り切れながら微笑んでいた。

 ーー泣きながら、青白く輝く聖剣を構える少年の姿。


「お母さん……」

「どうしたの? 大丈夫かな?」

「ううん……な、何でも無いです」

「…………」

 そのまま押し黙りながらも気付いていた。背中が徐々に濡れていく。きっと何か辛い事があって泣いているのだろう。


「行く所はあるの?」

「……無いです」

「じゃあ、学院の寮に来るかい? 部屋も余ってるかも知れないし、外よりはきっと安全だよ」

「こんな得体も知れない女を置いてくれるのです?」

「何て言うのかなぁ〜? ヒナちゃんって何処か他人って気がしないんだよね〜!」

(あぁ。ソウシ君も感じ取ってるんだ……)


「ん? この速度に追いつくかぁ」

 突如立ち止まると、少年の顔付きが次第に険しい表情に変わっていく。

(まさか……)

「しっかり掴まっててね。多分さっきの奴等の仲間が追い付いてきた」

「た、戦うの?」

「フッフッフッ! 断固として僕は逃げる!」

「ーーえっ?」


 ヒナが首元をしっかり掴んでいるのを確認した後、加減していた速度を跳ね上げて、街中の壁を駆け上がり屋根へと登る。

「ひゃあああああああああぁぁぁぁ〜〜〜〜!」

「いやっほーーうっ! 逃げ切るよヒナちゃん!」

 ひたすら屋根伝いにマグルの城下町を疾走する。学院の方面に着実に近付いたその時ーー

「アイスランス!」

「フレイムホース!」

 ーー下方から魔術が放たれた。ヒナは思わず恐怖から叫びそうになるが必死に堪える。眼前の少年の瞳が、大丈夫だと語りかける様に見つめていたからだ。


「セイントフィールド」

 ーーパァンッ!

 拡散した魔術の残滓を身を捩らせながら回転して避け、再び疾駆する。

「す、凄いです……」

「言ったでしょう? 逃げるのだけは得意なんだぁ!」

 矢の追撃に対して、驚くことも無く左手で掴み取ると宙に放り投げた。その後も続く闇に紛れての攻撃にも焦る事無く逃走を続けていると、ふと攻勢が止んでいく。


「ソウシちゃ〜〜ん!」

「あっ! テンカさーん!」

 手を振るソウシを見ながら釣られて目線を下に向けると、ビキニアーマーの変態が手と腰を振っていた。その脇には数名の男達が気絶し捕らえられている。


「よっと!」

「ひゃあああああぁぁ! 降りるなら先に言ってえぇぇぇ〜〜!」

 急下降して地面に降り立つと、ヒナを降ろしてテンカに話掛けた。

「助かったよ〜! しつこくてどうしようかと思ってたんだ」


「ソウシちゃんならこんな奴ら余裕でしょう〜〜? 新しい家具を買おうと街中を歩いてたらピュンピュンと煩わしく矢が飛んでるじゃない? 何事だと思ったら追われてて驚いたわ。一体どうしたのかしら?」

「この子を逃してたんだよ」

「…………」

 テンカはビクビクと怯えながら背後から顔を出した存在に、目を見開いて驚く。

「聖女……か」


 ーービクッ!

「怖がらなくて良いわ。私はこいつらと違って貴女に害を為す気は無いもの。それより一つ聞いて良いかしら?」

「な、何です?」

「貴女。分かっていてわざとソウシちゃんを巻き込んだの?」 

「ち、違うです! 偶々助けてくれたのが……ソウシ君だったです」

「??」


「それなら良いけど、これ以上関わるのはやめなさい。学院に保護して貰うか、城に戻りなさいな」

「……城は嫌です」

 珍しくテンカが真顔になっている姿を見て、意味がわからず首を傾げて問い掛けた。

「テンカさんはヒナちゃんについて何か知ってるの?」

「ソウシちゃんは知らなくて良いのよ。さっ! このまま学院長にこの子を預けましょ。私も付き添うから安全よ」

「分かったよ。ありがとう」

「…………」


 その後、俯いたまま蒼褪めたヒナを学院長ドールセンの元に送り届けると、またしてもあの男がいた。

「出たな……役立たずめ」

 ーーグッサアアァァァァァァァーー!

 思わず溢された勇者の一言が聖騎士長の心臓を貫く。神話にあるミストルテインの槍に貫かれたかの如きダメージを精神に受けていた。


「そ、ソウシ……だから私も頑張って魔獣を狩っていたと、あれ程申し上げているではありませんか……」

「僕はあの時誓ったんだ! お姉ちゃんは絶対ガイナスには渡さないぞぉ! 弟として、駄目な大人から守るんだ!」

 勇者の瞳は、固い決意を灯した炎に燃えていた。本気の拒絶。かつては認め合っていた愛しきセリビアの弟から放たれた宣告。

 ーーグッサアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァーーーー!

「グフゥッ! だ、駄目な大人……私が……駄目な大人……」

 両手と両膝をついて崩れ落ちる姿を見て、流石のドールセンとテンカも憐れになりサポートを入れる。


「が、ガイナスは立派な男じゃぞ?」

「そ、そうよ〜? 私と真面に勝負出来る男なんて、そうそういないんだから〜!」

「……負けてるか、間に合わないばかりで見た事無いけどね」


 ーーピキッ!

 容赦ない一言に、聖騎士長のプライドに皹が入り、同時に決意したーー

(思い知らせてやらねばならない)

 ーー大人げ無く、挑発とも呼べる一言に苛ついたのだ。

「ソウシ。そこまで言うのなら訓練場に行きましょうか? 久し振りに稽古をつけてあげますよ!」

「…………」

「…………」

「…………ね?」

 子供相手にムキになるガイナスの姿を見て、学院長とSSランク冒険者も思わず無言になった。肩を竦める勇者に同意せざるを得ない。

「は、嵌められた……」

 再び地面に崩れ落ちた聖騎士長は放っておいて、話は本題へと戻る。


「学院でこの子を保護出来ないかしら?」

「その件でガイナスも来ておったのじゃ、この子は学院の生徒として扱おうと思ってなぁ」

「危険は?」

「普通に街で暮らすよりずっと少ないじゃろう。ここなら迂闊に闇ギルドも手を出せまい」

 大人の話を聞きながら、ヒナは不安から自然とソウシの服の裾を摘む。その様相に気付き、自然と頭を撫でて微笑んだ。


「僕等は同級生になるんだってさ。事情はよくわからないけど、これから宜しくね」

「はいです! 宜しくですソウシ君」

 握手を交わす子供達を見て本来なら嬉しく思うのだろうが、大人達三名の視線は、決して気取られぬ様に逸らしたまま険しいモノだった。


 ーー嘗て、王国マグルの伝記にとある文章の一節があり、それは史実なのだ。

『勇者と聖女の職業に選ばれた者は、決して深く関わってはならない。齎されるのは悲しみだけなのだから……』


 遠い昔に起こった有名な悲劇。聖女の宿命に抗った勇者の物語の結末は……

 最愛の者を失うエンディングで終わっているのだ……

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