第63話 聖女、学院に通う 3

 

 一年Aクラスの生徒達は、訓練場に辿り着くと身体を解しながら準備運動をしていた。ヒナはスラムで暮らしてきた為、同世代の人間とのコミュニケーションが分からず戸惑うばかりだ。


(あうぅ……何て話しかけたらいいか分からないです……)

 視線は自然とソウシを探してしまう。その様子を見つめながら、新たなライバル誕生だと勘違いしたメルクは嫉妬の炎を滾らせていた。


 剣術は不得意であっても、相手は学院に入ったばかりの新米だ。正直基礎の授業も受けていない生徒に自分が負ける訳ないと確信を持っている。

 ヒナは同様に勝てる筈ないと思って諦めている為、逆に初めて受ける授業が楽しみになっていた。


「ふむふむ。木剣で模擬戦をするのですね〜」

「えぇ。ただし、シールドを張っていないと木剣でも痛いわよ」

「ひえぇっ! て、手加減をお願いするです!」

「勿論手加減はするわよ。ーーある程度はね」


 冷ややかな視線を向けられ、思わず背筋に悪寒が奔る。しかし、鈍感な聖女はーー

(やっぱりこんな凄い学院に通う生徒さんは、みんな真剣なんですねぇ)

 ーーぶれる事なく勘違いしていた。


 そして、ここにもう一人似た存在がいる。

「見てよドーカム君。今日のメルクオーネはなんかやる気に満ちてるねぇ〜!」

「……この鈍感な野郎が」

「えっ? 何か言ったかな?」

「何でもねぇよ〜! さぁ、今日こそ一本とってやるぜ!」

「最近見る見る腕を上げてるもんね! 頑張って!」

「…………」

 ドーカムは応援されつつも、脳内で今の言葉を反芻して溜息を吐いた。


(腕を上げた分だけ、お前の腕が上がってるから差が縮まらねぇんだろうがぁ〜!)

 限界突破を覚えてから、聖剣のステータス補正に縛られなくなった勇者は、鍛えた分だけ『成長』しているのだ。封印の影響を受けていても、その数値は伸び続けていた。


 ーー本人はその事を実感していない。気付くのはもう少し先のある事件からとなる。


「はーい! みんな集まってね」

 生徒達は、アイナの招集を受けて中央に集まると並んで整列した。最初の対戦は、いつも通りレベルの高い模擬戦を繰り広げるソウシとドーカムからとなる。

 その戦いを見た後、各自試行錯誤しながら戦闘を繰り広げる方が授業の効率が上がると判断しての事だった。


「さぁ、今日こそ一本とりなさいよドーカム! 始め!」

「せいやあぁぁぁぁーー!」

「…………遅い」


 ドーカムから繰り出された刺突を見て、思わず言葉が漏れ出た。まるで先読みしているかの様にその剣筋を見切ると同時に、視線で打ち込めば当たるであろう場所に光点を描くがーー

(今日は六ヶ所か。やっぱりドーカム君も腕を上げてるなぁ〜)

 ーー打ち込まずに、避けながらシミュレーションするのだ。


 どこに打ち込めば、効率的に無効化出来るか。

 どこを叩けば、効果的にダメージを与えられるか。

 どこを『破壊』すれば、相手の心を折れるか。


 基本的に戦いたくない。ーー逃げるという考えは変わらない。ただ、聖剣アルフィリアから流れ込んできた記憶の中にあった戦闘の記憶から、ある事柄を理解したのだ。


 ーー強くなければ、大切な人を守れない事態に陥るかもしれない。

(嫌だ……それだけは絶対に嫌だ……)

 だから真剣に考えた後、学ぶことはやめないと決めた。しかし相手は友人だ。そしてこれは授業。加減は必要だと判断した。


 その様子を食い入る様に見つめながら、ヒナはあらぬ方向へ勘違いする。

(成る程。あぁやって、戦う振りをすれば良いのですね!)


 結果、ドーカムの剣の柄を跳ね上げてソウシ達の模擬戦が終わった後、ヒナとメルクの模擬戦が開始された。しかしーー

「〜〜〜〜〜ッ⁉︎」

 ーー打ち下ろされた剣筋は左腕に逸らされ、跳ね上げた一撃は木刀の刃先で止められた。ヒナはまるで遊んでいるかの様に楽しそうにソウシの真似をするが、その光景を眺めていた生徒達は戦慄する。


 メルクは確かに魔術がメインの職業魔術師だが、決して身体能力は低くない。レベルの高さから裏付けされたステータスに基づく体力と、戦闘の経験値の違いから来る攻勢は緩くないものだった。

 だが、一撃足りとも掠りさえしないのだ。それはヒナのスキル『予知』に起因する。


(次は右から来るですね。じゃあこっちに避ければ……)

 本人はその理由に気付きもせずに、先読みどころでは済まない事象の結果を唯なぞり、時に避けていただけだった。そのままブツブツと何を呟いている。


「確か……こうして、こうだ!」

 先程のソウシと同じく、一瞬の隙を突いてメルクの右手から木剣を弾き飛ばして勝負はついた。担任のアイナでさえも息を呑み込み、押し黙っている。


「……これが聖女か」

 メルクは潔く敗北を認めた。魔術を使っちゃいけない剣術の模擬戦では、己に勝ち目はないと理解したからだ。

 悔しくない訳ではないが、それ以上に見事だと認めていた。ソウシはその様子を眺めながら、ドールセンの言葉を思い出す。


 __________


「彼女の聖女としての能力は主に二つじゃ、一つは『予知』先に起こる短い事柄を知る事が出来る。しかし、ーー本当に悪意ある者から狙われるスキルはこれではない」

「じゃあ、一体何なんですか?」

「……『完全治癒』と呼ばれる聖女たらしめんとする聖なる力じゃよ。死んでさえおらねば、どんな病気や怪我も通常の状態へと戻せるらしい。まるで健康だった時に時間を遡らせる様に……」


「す、凄い……」

 唖然としながらも、やはり似た境遇なのだと親近感は増していた。その表情を見た老獪なエルフは、深い溜息を吐き出す。


「これは伝えようか迷っておったのじゃが、この本をお主に託そう。読んだ後にどう動くかは、儂からは何とも言えぬのでソウシ君が決めるといい」

「……これは?」

「かつてこの王国マグルで実際に起こった勇者と聖女の史実じゃ。見せるか迷っておったんじゃが、隠しておく事も出来ぬ」

「分かりました。寮に戻ったら読んで見ます」


 そこに書いてあった悲劇は、確かにこれから進むであろう道に、逡巡を生み出すに相応しい内容だった……

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