第47話 赤と青の使い魔
「はぁっ、はぁっ、はあぁっ」
メルクは必死でダンジョン内を疾走する。体力がある方では無かった為、風魔術を駆使して逃走していた。
「……やっぱり来たか」
これだけ引き離せば安全だろうと腰を落ち着けた瞬間、低い声色で囁かれる。
「メルクオーネお嬢様、そろそろ鬼ごっこは終わりに致しましょう。アレクセア様がお待ちですよ?」
「……まだ期日までは時間がある筈よ! 契約違反だわ!」
「ふふふっ! そうだったのですか。彼の方にも参ってしまいますねぇ。実の娘の誕生日も覚えていないのだから」
「どっちでも良いだろうシャクヒ? 俺達は命令通り、その娘を連れて帰れば良いだけだ」
「我が半身ながら、本当に面白味の無い使い魔ですねぇ。セイヒは脳筋だからしょうがないですか」
「俺を馬鹿にするのは、自らを乏しめるのも同然だと知れ。さっさと仕事に戻るぞ」
「はいはい。そう言う訳で黙って付いて来てくれませんか?」
悠長に会話を繰り広げているシャクヒ、セイヒの二体の魔獣に対して、メルクは詠唱していた魔術を爆散させた。
「ライオネルブレイズ! シンウインド!」
元々一番得意な魔術は火系統魔術だ。入学試験の時に反応しなかったのは、スキル合成により魔力の質が変化していた事に起因する。
ーー青い蒼炎を纏った獅子が、風魔術によりその火勢を増し、敵へと襲い掛かった。
「我等に対して火で攻めるとは滑稽極まりない」
「しょうがないでしょう。スキルしか見張るものが無くとも、彼の方の娘なんですから」
二体の魔獣はメルクを見つめながら、肩を竦めて呆れた素振りを見せる。
避ける必要など皆無だと言わんばかりの余裕を保ったままに。
__________
赤と青の体毛をそれぞれに生やした二足歩行で立つ人狼。二体の使い魔は、元々アレクセアの召喚した『ヨーク』と呼ばれる犬型のFランク魔獣だった。
しかし、禁術を為され、スキル『捕食』を身に付けた個体は、魔女が殺した魔獣の肉を喰らい続けた。餌がそれしか貰えなかったからだ。
殺した魔獣のステータスを取り込み、次第に知恵を得たシャクヒとセイヒは、自ら更なる高みを求め続ける。ダンジョンに篭り、大剣を振るい、己より強い強者を喰らって成長し続けた。
それでもアレクセア曰く、完成はまだ先だと言われ思い悩む。
だが、そんなある日突然命令されたのだ。王国ナイアを滅ぼすついでに、国の強者を喰らえ、と。
二体の魔獣は歓喜した。忌避とされる行為でさえ、容認してくれる主人の残虐性と、歪な慈愛に満ちた瞳に。
その後、
どんどん二体の人狼は強くなる。筋肉は隆起し、体内を流れる血の脈動が迸った。
「最高だ! 最高の気分だぞ兄弟!」
「あぁ、アレクセア様万歳!」
絶炎の魔女は歓喜する使い魔を見ながら、愉悦の笑みを浮かべて玉座に腰掛けている。そして作品の完成の為に、自ら火魔術を放ったのだ。
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ〜〜っ!」」
シャクヒとセイヒは全身を燃やされ、火傷を爛れさせながらも主人の意図を理解した。
ーー『その炎でさえ、喰らってみせろ』
互いの身体を喰らう様に、肉ごと炎を口内へと取り込む。喉が焼かれ、舌が爛れ、その間にも燃え続ける身体に激痛が襲い続けた。
しかし、二体の魔獣は止まらない。そして、ーー完遂する。
「良くやった。これで、お前達は私の使い魔として完成したわね」
「ありがとうございます」
「この身をもって、忠誠を誓いましょう」
跪いたその姿は、艶のある赤と青の毛並みに、肉体を揺らめく炎が纏っていた。魔女の能力の一部が譲渡され、より強力に完成した姿。
最早犬型の魔獣であった頃の面影は薄れ、尖った犬歯、鋭い顔つきは狼、ーー『人狼』と呼んで相違ない姿を醸し出している。
ナイア城内の宝物庫にあった二本の大剣を眼前に転移させた主人の元へ、まるで騎士の様に両手を差し出し受け取る所作を見せた。
「うふふっ。中々さまになってるじゃない」
ーー二体の魔獣はその台詞を聞いた途端、歓喜の雄叫びを咆哮する。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」
燃え盛る炎で滅びる国を横目に、今、この時を以って生まれ変わったのだと……
__________
「う、うぅぅ……」
「この程度で良く逃げ出そうと思いましたね。貴女は自分のスキルを全く使いこなせていない」
「本来ライオネルだけでは無く、召喚契約を繰り返しただけ新しい魔術を創造出来た筈だ。何故そうしなかった?」
シャクヒに両手を掴まれ、吊り上げられた少女は静かに微笑んだ。
「……お母様が求めたこのスキルなんて、望んで使いたくないもの」
「成る程、小さいプライドだな」
「あぁ、同じく作り出された我等とは似ても似つかぬわ」
直後、繰り出されたシャクヒの右拳が、少女の腹部にのめり込む。
「がはぁっ!」
「眠れ、弱き娘よ」
そのままメルクは意識を失った。圧倒的な膂力の前に、最早なす術は無かったのだ。
大剣さえ抜かす事が出来ないままに敗北を喫したが、意識を閉ざす寸前、一言だけ本音が漏れた。
「助けて……」
少女の微かな願いを嘲笑うかの様に、絶炎の魔女が創り出した魔導具が発動し、空間の亀裂に放り込まれようとしたその瞬間ーー
「おっしゃあ! 間に合った!」
ーー耳に届いた声に反応し、二体の使い魔は驚きから振り向いた。
そこには鎧を身に付けたガイナスとドーカムが、ミスリルの騎士剣を抜き去り構えている。
「ふむ、あれが例の使い魔ですか」
「ガイナス様! 先にメルクを救わないと!」
「落ち着きなさい。敵の力量が分からないのですか? 騎士たるもの、焦りは身を滅ぼすと知りなさい」
未熟な騎士見習いを窘め、集中力を高める聖騎士長に向かい、セイヒの
「娘を頼んだ。あの金髪の男は美味そうだ……」
「仕方がないな、肉は残してくれよ?」
厭らしく犬歯を覗かせ嗤うと、背の大剣を抜き去り、勢い良く鞘を放り投げる。
「行くぞ! 簡単に死んでくれるなよ」
「ドーカム! 私から離れなさい!」
青い体毛の人狼は身体つきが変貌し、その体長は優に二メートルを超えた。ガイナスに向かい駆け出すと、上段から一気に大剣を振り下ろす。
「拙い!」
騎士の感から直撃すれば剣を叩き折られると判断し、受け止めるのでは無く、刃走りで大剣の軌道を逸らした。勢いそのままに胴体を斬り裂くがーー
「硬い⁉︎」
ーー纏う体毛でさえ鋼の硬さを誇る肉体へ、薄皮程度しか刃が届いていない。
「それならば!」
がら空きの胴体を敢えて避け、機動力を削ごうと右足の太腿に刺突を繰り出す。
「甘い! お前の力量に武器のレベルが見合ってないな?」
人狼はただ筋肉に力を込めるだけで、ミスリルの剣の突きを防いだ。『刃先が刺さらない』ーーその事実にガイナスは舌打ちしながら、一旦背後に退く。
「やはり、付け焼き刃の剣ではこの程度か……」
聖騎士長は勇者に愛剣を粉砕されてから、新たな剣を探し求めたが未だに出会えていなかった。マグルには鍛治師が少ない。その中でも
「なんとかソウシ達が来るまで時間を稼がねば!」
「うおおおおおおおおおおおお〜〜っ!」
突如、ガイナスに敵の意識が向かっている今がチャンスだと、ドーカムが勝手な判断で攻撃を開始する。
「なっ⁉︎ やめなさい!」
「遅いな……」
「そ、そんなっ⁉︎」
次の瞬間、ドーカムの肩口に向けて圧倒的な剣戟が振り下ろされる。
まるでスローモーションの様に時間が遅く感じる中、動き出せたのは一人だけだった。
ーーキイィィィィィィィンッ!
「ガ、ガフッ!」
ミスリルの長剣は折られ、ガイナスは柄で大剣の刃がのめり込むのを防ぐが、左肩の深くまで刃は届き、肩骨が断たれてだらりと垂れ下がる。
「ガイナス様あああああああああああっ!!」
「つまらん。雑魚を庇ってどうするのだ、馬鹿が……」
ドーカムの痛哭が響く中、セイヒは唐突に興味を無くしたかの様な冷酷な視線を向けた。己が求めるのは強者であり、ガイナスはその対象から外されたのだ。
「もういい、食う気にもならん。ーー行くぞ」
「あぁ、つまらない相手だったな」
その台詞を聞いた途端、男は歯軋りをしながら再び立ち上がる。
「貴方の剣を貸して貰います。私から離れて背後に下がりなさい」
「はい! で、でもその傷では……」
「貴方も騎士を目指しているのでしょう? 見ていなさい、その頂きにいる姿を」
ガイナスは右手一本で長剣を構え、静寂に身を包むかの如くゆらりと歩きだした。二体の魔獣はその様相を見つめ、同じくゆっくり向き合うと再び相対する。
「あまり私を舐めないで頂きたい」
「その血からして、どうせもって数分だろう? 自ら死に向かうとは愚かなーー」
魔獣の言葉を遮り斬閃が煌めくと、左目を薙ぎ払って斬り裂いた。体毛の硬さに自信を持ち過ぎた油断を突いたのだ。
「グアアアアアアアアアアアアアアアァッ⁉︎」
「様子見は終わりです。仲間が来るまで時間を稼ぐつもりでしたが、余裕が無くなりましたしね。貴方の仰る通り私はもって数分しか動けない。ーーならば、それまでに殺す!」
聖騎士長は修羅の如き威圧を放ちながら、再び大剣と斬り結んだ。魔獣は犬歯を覗かせて嬉々として嗤う。
剛剣に対して流水の如く折られぬ様に工夫する剣技の粋を見せ付けられ、胸が躍っていた。
「良いぞ! 良いぞ、良いぞ! 堪らん!」
「煩い。さっさと死になさい!」
互いに視線の鋭さが増していく。ーー狙うは急所、当てるは命を絶つ一撃。
「時間切れです」
鍔迫り合いを繰り広げるガイナスの胴体を、不意打ちでシャクヒが蹴り上げた。眼前の敵に意識を集中していた為に、死角からの攻撃を受けて壁際へ飛ばされる。
「ぐうぅっ。卑怯な……」
「済みませんね。望む所では無いのですが、魔導具の時間が切れるのです」
「しょうが無いか。ガイナスとか言ったな? 無事に生き延びてまた俺と戦え!」
その言葉を最後に、少女を連れた使い魔達は空間の亀裂に飛び込み、姿を消した。
ドーカムは別れの瞬間、確かに見たのだ。メルクは意識が覚醒しており、自分に向けて薄っすらと微笑んでいた。
「ちくしょおおお〜〜っ! 俺のせいで! 俺が、俺が、弱かったからぁ!」
「…………」
ガイナスは血溜まりに沈みながら、祠の天井を見上げていた。隣で地面を叩きながら後悔する者と同じく、自らも敗北を喫して悔しくない筈が無い。
「負けましたか……」
哀しげに視線を落とすと、視界が歪み、強制的に意識は閉ざされた……
__________
『一方その頃』
「メルフレイムストーム! ソウシ、そっちを宜しく!」
「嫌だあああああああああああ!」
「男なら、虫くらい食べれる様になるにゃ!」
「絶対に嫌だああああああああ!」
アルティナとサーニアの視線の先には、悲鳴を上げながら必死で逃げ惑う勇者の姿があった。
「僕も嫌だあああああっ! サンダーホース! サンダーホースぅ! サンダーホースぅぅぅ!」
「シンアイスランス! 二人共、男なんだからしっかりしなさい!」
当初、大量の狼の魔獣に襲われ、ガイナスとドーカムを先行させたのだが、その後、死骸を食べに大量発生した拳大の虫が這いずり回り、その蠢きを見た勇者は気持ち悪さから戦闘不能に陥っていた。
同様にマリオも鼻水を流しながら、必死で魔術を放ちつつ逃走している。
「僕は……虫だけは駄目なんだあああああああああああああああ!」
「僕も……虫だけは駄目なんだあああああああああああああああ!」
男達の絶叫が拡散する中、女性陣は盛大に溜息を吐いた。
(((男達が役に立たない)))
自分が先に行くべきだったとソウシは猛烈に後悔している。
(やっぱり、勇気なんて要らない!)
「ひいぃぃっ! マリオ先輩! 紫の血が付いたああああああああっ!」
「こっちに来るなソウシ君! 洗ってから出直したまえ!」
その後、倒れた聖騎士長と泣き叫ぶ親友を見て、ソウシとマリオは悔しそうに地面を叩きながら叫んだ。
「畜生! 虫さえいなければぁ!」
「くそぉ! これももしや敵の罠か⁉︎ なんて狡猾な奴等なんだ!」
その光景を見て、ソウシには常に激甘のサーニアでさえ呆れている。
こうしてメルク捜索は失敗に終わり、救出へとその目的を変えたのだった。
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