第46話 絶炎の魔女アレクセア

 

 ソウシは、久し振りにテレスの待つ寮に戻ろうと教室を出た瞬間、アイナに引き止められた。


「待って、ソウシ君。ドールセン学院長が呼んでるわ」

「分かりました。僕も聞きたい事があったから丁度良いですね」

「貴方、本当に何処か雰囲気が変わったわねぇ?」

「みんなに言われるなぁ。僕自身は全然変わらないと思うんですけど」

 アイナは以前のソウシなら面倒事に巻き込まれる事を嫌い、学院長に会いに行くのすら文句を言いそうだと予測していたのだ。

 二人はそのまま学院長室に向かい、扉をノックする。


「アイナです、ソウシ君を連れて来ました。入ります」

「どうぞ」

 部屋の中に入ると、そこには学院長ドールセンと、聖騎士長ガイナスが、重々しい雰囲気を纏いながら並び立っていた。


「久し振りですねソウシ。無事で何よりだ」

「ガイナスも元気そうで良かった。でも、聖騎士長なんだからもうちょっと働いてよね」

 ソウシはレインとの戦いの時、ガイナスが魔獣掃討に動いていたのを転移していて知らない為、皮肉を述べる。


「わ、私も貴方が消えた後、皆の指揮を執って魔獣を殲滅したのですよ?」

「へぇ〜? それにしては動き出しが遅かったよね〜! 僕はきっとお姉ちゃんを無事な所に逃がした後に、急いで戦いに向かったんだと思ってたよ〜」


 ーーギクッ!


「あ、あははっ! お、面白い冗談を言いますねぇ? 民衆を守る聖騎士長として、そんな訳無いじゃありませんかぁ!」

「って、言ってるけどどうなんですか? 教えて下さい、学院長」

「君と魔族の戦いをこの部屋で観戦しとったな。隣に座るセリビアを、安心させる様に肩を抱いて励ましておったぞ」


 ーーギクギクッ!


「僕ね、最近思うんだ……今、お姉ちゃんか聖騎士長の座かどちらか選べって言われたら、ガイナスってお姉ちゃんを選びそうな気がする」

 少年から冷ややかな視線と指摘を受けると、聖騎士長は拳を掲げて逡巡する事無くハッキリと答えた。


「当たり前じゃ無いですか! 私は愛に生きる! 絶対セリビアさんを選ぶ!」

「駄目な大人がいる……予想以上に、駄目になってる男がいる……」

「おっほんっ!」

 二人を制止する様に咳払いをした後、ドールセンが口を開いた。


「とりあえず、ソファーに掛けなさい。大事な話があるのじゃよ。アイナには入学試験の時に話してあるから、気にしなくてよい」

「はい」

 四人はテーブルを囲い、向かい合ってソファーに腰掛ける。アイナは、男達が言い争う間に紅茶の準備をしており、高級茶葉の香りを嗜んでいた。


「先ずは生還おめでとう。マグル王も含めて、沢山の者達が君の事を心配し、帰りを心待ちにしておったぞ」

「ありがとうございます」

「貴重な体験をした様じゃな。顔付きが大人びておる。以前の弱々しさが払拭されたようだ」

「僕自身は余り感じ無いですけど、無人島の王になったのは貴重な体験かも知れませんね。あと、多分ですけど……恋をしました」

 三人は予想外の少年の発言に対して、明らかな動揺を見せた。


(もしや、無人島で大人になりよったかのう?)

(え、えぇ? やっぱり雰囲気に流されたの? 吊り橋効果ならぬ、無人島効果って事? 私……生徒に先を越された訳かぁ。拙い……研究ばかりしてる場合じゃ無いかも)

(ふふふっ……何処までも私を置いて先に行ってしまうのですね。猫娘、姫様、ハーフエルフ、魔族の姫、恐ろしい……最早恋愛において、勝てる要素が見当たら無い。これが勇者の力ですか……)

 経験豊富なエルフ以外は焦燥と共に汗ばんでおり、ガイナスは何故か一筋の涙を流していた。その表情は憎々しいものでは無く、悟りを開いた様に達観した様相を醸し出している。


 ーーその後、沈黙が場を支配し、ソウシは一人困惑していた。


 __________



「今回のメルク捜索に君が関わるのを、学院長として禁ずる」

 ソウシは漸く語り出したドールセンの命令を、素直に受け止めようとはしなかった。


「何でですか? 理由があるのは分かってますから、納得する説明を下さい」

「それにはまず、彼女の生い立ちから話さねばならぬ。そして、聞いた後も変わらずにいられると誓って貰いたい。尚且つ他言無用じゃ」

「僕には話を聞かずに、勝手にクラスメイト達とメルクを探すっていう選択肢もあるんだ。勿体ぶらないで欲しいです」

 老獪なエルフが脅しを込めて魔力を解放した威圧に、ソウシは一切怯む事無く、堂々とした佇まいで反論する。


「ははっ! 成る程、皆が君を見て困惑する理由が分かったわい。すまなかったのう……儂とあの子の約束でもあるのじゃ。守ると言いながら、信じ切らせてやれなかった……」

 ドールセンは耳を垂れ下げ、沈痛な面持ちのまま言葉を紡ぐ。


「あの子は、かつてこのマグルの東に存在した『王国ナイア』の王の妾であった、魔術師の娘。つまり王族の一端を担う者であり、落とし子じゃな」

「存在した? 今は無いって事ですか?」

「その通りじゃ。ここからが君を止める理由となる。ナイアは一晩のうちに滅びたのじゃ……メルクの母、王国最高の魔術師であった『絶炎の魔女アレクセア』によってな」

「はぁっ⁉︎ 何で自分の国を滅ぼすのさ」

「狂人の考える事など、儂らには分からぬ。少ない生存者から知り得たのは、犯人がアレクセアであった事と、その使い魔である二体の魔獣が、凄まじい強さを誇る事だけじゃ」

 想像以上の内容に、ソウシは思わず生唾を飲み込む。ガイナスはその様子を見つめ、ドールセンに続けた。


「付け加えますが、魔女は学院長と並ぶ魔力の持ち主ですが、勝負をしたらこちらが負けるでしょう」

「何で分かるの? 戦った事は無いんでしょう?」

「魔女アレクセアは、長年の研究で『憑依魔術』を完成させているのです。この魔術を使える者は他にはいません」

 その言葉を聞いた瞬間、ソウシの中で疑問に思っていた事柄が閃く様に繋がった。


「そうか……メルクには僕と同じ何か特殊なスキルがあるんだ。そして、みんなが最も憑依されたくない人物。それが僕か……」

 顎を抑えながら呟いた少年の答えを聞き、学院長はその直感力に敬意を評した。


「その通りじゃ。いかに聖剣の加護が有ろうとも、防げる確証は無いと判断させて貰った」

「貴方が乗っ取られてしまったら、メルクが乗っ取られる以上の災厄がこの国に降り掛かるでしょう」


 ーー勇者は心配する二人を見つめながら、脳内で聖剣に問い掛ける。


『だってさ。どう思うアルフィリア?』

『ご主人と僕を舐めすぎさ!』

『僕が乗っ取られても、君が追い払ってくれるよね?』

『勿論さ! でも、出番は無さそうかな。ご主人の体内には『アレ』がいるから元々無理だよ』

『アレって何?』

『ううん、何でも無いさ。気にしないで』

 ソウシは迷い無く、力強い瞳を学院長と聖騎士長に向ける。


「僕は大丈夫です。もう聞いているかも知れませんが、無人島で聖剣は再び目覚めました。むやみに戦いたくは無いので、メルクを連れ戻す事だけに専念するつもりです」

 その返事を聞いた大人の一方は盛大な溜息を、もう一方は歓喜の声を上げた。


「賭けは儂の勝ちじゃのう?」

「はいはい、私の負けですね。強くなってくれて嬉しい様な、どこか寂しい様な……」

「お二人共、不謹慎ですよ。先ずはソウシ君に謝罪をして下さい」

 アイナに窘められ、ドールセンとガイナスは頭を下げて説明する。


「儂も勿論力を貸すが、その前に君の意思を確認させて貰ったのじゃ。我が孫の報告を受け、水晶球から見た君の顔は、きっとメルクを救ってくれると信じるに足るものだったよ。しかし、隣の友には反対されてのう」

「私は無理矢理戦いの場に引き摺りだして、傷付いて欲しく無かっただけですよ。セリビアさんも望んで無いですからね」


「そうだったんだ、心配してくれてありがとうね。でもその口振りからすると、もうメルクの居場所は掴んでいるんでしょう?」

「あぁ。マグルから北にあるAランクダンジョン『王狼の祠』に潜んでおる。こちらに居場所を掴ませぬ様に阻害魔術まで使いおって、苦労したわい」

「そして、我々に探知出来たという事は、既に敵側にも知られているという事実を物語ります」

「のんびりとしている訳にはいかないって事だね。何日位で辿り付けるの?」

「馬車で三日程でしょうが、今回は時間がありません。転移魔術で明日の朝に飛びます」


「儂は選抜したメンバーを転移させた時点で魔力が尽きてしまうじゃろう。本来自分だけを飛ばす魔術だからのう」

「分かりました。出来ればメンバーにドーカム君を入れて欲しいんだけど」

「あの生徒は力不足じゃ。サーニア、アルティナ、ガイナス、アイナ、マリオ、そして君を今回のメンバーとして考えておる」

 ーーその瞬間、学院長室の扉が勢いよく開かれ、ドーカムが入って来た。


「盗み聞きをする様な真似をして、本当に申し訳ありません! でも、仲間を助けるのに自分も加えて欲しいんです!」

「……気持ちは分かるが、敵は君の剣が届かぬ程の強者なのじゃよ」

「身体を張ってでも、メルクを守ってみせます! 俺は仲間を見捨てたくないんです!」

「儂達に任せれば良かろう。信じられぬのか?」

「きっとソウシは戦いの中心になる筈です! 俺の役目はそれを支える事なんだ!」

「命を張る覚悟はあるのですか? 騎士としては尊敬すべき精神ですが、意思の力で実力は変わらないと理解しているのか聞きたいですね」

 ドーカムは尊敬し、憧れて止まない聖騎士長の問答に対して一瞬怯むが、即座に背筋を伸ばして応えた。


「あります! ですが自分は死にません! みんなと学院に戻って来るんです!」

「僕からもお願いします!」

 ソウシは友の横に並び立ち、一緒に頭を下げる。


「しょうがないのう。決して無理をするんじゃ無いぞ」

「その覚悟、私が受け止めましょう」

「「ありがとう御座います!」」

 親友と視線を交わし、拳を合わせながら微笑みを浮かべた。

 その後もメルク救出の打ち合わせは進み、明日決行の時を迎える。


 ーーこの時ソウシも含め、皆は分かっていなかった。


 これから相対する敵の醜悪さと、圧倒的な強さを。

 何故Aランク冒険者であるメルクが怯えながら逃げ出したのか、その本当の理由を……

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