第48話 勇者と聖騎士は責任を擦りつけ合う。

 

「全く! お主らは一体何をしておるのじゃあ!」

 傷付いたガイナスを治療しながら、ソウシ達は王浪の祠の入り口部分で、ドールセン学院長から叱責を受けていた。


「言い訳のしようもありません……」

「面目無いです。虫さえ出なければ……」

 特に、虫に怯えて役に立たなかった男性陣は正座している。アルティナは涼しい顔をしており、サーニアは何故かソウシの隣で自ら正座を始めた。

 アイナは治癒魔術を掛けながら、動向を見守っている。


 そして、今回一番自責の念にかられた男は、三角座りで膝を抱えて俯いたまま、動くことも、言葉を発する事も無い。

 皆も敢えて声をかける事はしなかった。事情を聞いた後、優しい言葉をかける事はドーカムの為にならないと判断したのだ。


「まず、魔女の使い魔である強大な力を持つ敵がおるだろうと想定した時に、何故ソウシ君を先に行かせなかったのじゃ?」

「想定してた以上にダンジョンの魔獣の数が多かったのよ。現場での判断は決して間違って無かったと思うわ。お爺ちゃん、アイナ先生はともかく、私達は経験の浅い学生なんだからね。Aランクダンジョンではどんな事が起こるか分からないでしょ」

「孫よ、お主は本気で戦ったのか?」

「当たり前でしょ。本番に向けて魔力を抑えていたのは認めるけどね」

「…………」

 ドールセンは自らの考えを改めた。実力はともかく、目の前のメンバーはほぼ学生なのだ。戦況を判断するにあたり、圧倒的な経験値不足。

 そして、何処かしら情に絆されてドーカムの同行を許してしまった、ーー大人としてあるまじき甘さ。


 だが、反省すべき点を考察した時に、一つだけ矛盾に気付く。


「ソウシ君、何故聖剣を抜かなかったのじゃ? もう力は復活したのじゃろう?」

 突然のエルフの問いに対して、少年は気不味そうに表情を曇らせ、隣のサーニアに小さく耳打ちした。


「ふむふむ〜、なるほどなるほど……そういう事かにゃ! あたいに任せるにゃよ!」

 胸を張って勢い良く立ち上がった猫娘は、猫耳をピンと立てながら宣言した。


「ソウシはこう言いたいのにゃ! メルクを連れ戻すとは確かに言ったけど、誰も戦うとは言っていない! 戦闘は今回の契約に反しているのですにゃ! 正直、ガイナスとアルティナ先輩が入れば余裕っしょ? って思ってたから、いざ戦いになった時に聖剣の封印が解けなかったにゃ〜! ーーーーまじ、すいませんっした! 以上にゃ!」


「……エアショット」

「オブフゥッ!」

 ドールセンが冷酷な視線を向けたまま、風属性魔術の空気を圧縮した塊を放った。不可視の螺旋を描きつつ、腹へ直撃すると瞬時に爆散した風圧に弾き飛ばされ、ソウシは華麗に宙を舞う。


「ソウシいいいいいっ⁉︎」

 驚愕した獣人の絶叫が発せられる中、空中をキラリと涙が光り照らしていたがーー

「……アイスインパクト」

 ーー自然落下する前に、アイナが追い討ちをかけた。


「ブゲラッ!」

 背中に氷塊を食らうと、弾けた礫に身体中を撃ち抜かれる。

 ソウシは多少自分の責任を感じていた為、罰は受けでも仕方がないと覚悟していたが、次撃があるとは完全に予想だにしておらず、鈍い痛みに悶えている。

 地面に崩れ落ちるとすかさず顔を上げ、担任へ反抗した。


「どうしてアイナ先生まで平然と魔術を放ってるんですかぁ!」

「チッ! タフな身体ね……しぶとい」

「やめて⁉︎ 本気で命取りに来た感じを醸し出すのやめて⁉︎ あなた先生だからね⁉︎」

「チッ! 忌々しい聖剣の加護じゃのうーークソが!」

「学院長⁉︎ 僕は生徒だよ! 思い出して? 何時もの優しい学院長プリーズ!」

 ガイナスは治療を受けつつ、横になりながらも親指を立ててサムズアップしていた。


(みなさんグッジョブです!)


 __________



「話を戻すのじゃ……今回の敗因は完全に判明した。次回は、まず勇者を最前線に立たせる様に!」

「異議あり! 可愛い生徒を自ら危険に晒すかの如き発言は、大人として慎むべきだと思います!」

「そうね……私も担任として反省させて貰うわ。まさかクラスメイトの危機にも戦おうとしない腑抜けだったとは……」

「異議あり! 腑抜けである事は認めますが、負けたのは僕の所為だけじゃなくて、修行をサボっていたそこの倒れた男も同様に責めるべきですからね!」

 ーーギクゥッ!

 突如、マグル屈指の実力を誇る聖騎士長の顔が青褪める。ーーまさに図星だった。


 以前の己であれば訓練に使っていた時間をセリビアとのティータイムに使い、在ろう事か一緒に食事を作る為にスキル『武芸千万』を発動して、料理の勉強を始める始末。

 ソウシの事をガイナスが深く理解している様に、ソウシもまたガイナスの行動や、思考を理解しているのだ。

 倒れた自分を見る皆の視線が鋭く胸に突き刺さるが、この時、ガイナス見逃さなかった。


 先程叱責の中心にいた筈の少年の口元が三日月を描き、吊り上がっていた事実。

(この餓鬼ゃあぁぁぁぁっ! 責任を自らへ集中させない為に、私を巻き込みやがったなあああああああああああああああっ!)

 聖騎士長は鬼神の如き怒りのオーラを巻き起こして、憎々しげに対象を睨んだ。


「ねぇ、認めなよ。今回僕の考えは間違っていなかった。負けたのはお姉ちゃんといて、ガイナスが弱くなったからだ!」

「いえいえ、勇者として何もしなかったのはそっちでしょう? 謝れ! 恥を知れ!」

「ほう? いいのかい? 僕への侮辱は、そのまま育ててくれたセリビアお姉ちゃんへの侮辱に繋がると知れ!」

「な、なんだとおおおおおおおおおおおおお〜〜っ⁉︎」

 勿論そんな筈は無い。しかし、一見正論に聞こえる要素はあった。地面に横たわる男は、セリビアが絡むと途端に何も言う事が出来ず、打ち拉がれたのだ。


「いい加減にせい馬鹿どもが! シンクロスウインド!」

「いだだだだあああああああああぁっ!」

「何で私までええええええええええっ!」

「ソウシいいいいいいい〜〜ッ!」

 ドールセンは躊躇せずに上級魔術を放つと、十字に放たれた風の閃空が、二人の身体を斬り刻んだ。勿論手加減はされておらず、血飛沫が舞う。場にはサーニアの泣哭が響き渡っていた。


「流石に、上級魔術はやり過ぎなんじゃあ……」

 アイナの呆れた呟きに、アルティナも同意して頷いている。


 一方マリオは、只管に自らを空気と化していた。虫との戦いで不甲斐無い結果を見せたのは自分も同じであり、本来自分にも責はある。それでも、眼前で後輩が受けている罰に巻き込まれたく無かったのだ。


「もう一度話を戻すぞ、お主らは黙っておれ。いつまでも話が進まん」

「「ふぁい……」」

「魔力の波動を感じた儂は、ダンジョンの外からその流れを辿っておった。その結果、亡国ナイアに連れられた可能性が高い。敵は己の力に自信を持っておる。小細工はせんじゃろう」

「学院長、確か期限はメルクの誕生日。つまりあと三日はあった筈では?」

「その通りじゃアイナよ。儂はガイナスが敗北する程の相手に現状のメンバーでは何が起こるか分からず、危険じゃと判断した」


「もしかして、冒険者ギルドに依頼を出すのですか?」

「うむ。気は進まぬが、テンカに依頼を出そうと思う」

「うげっ……」

 その名が出た瞬間にアイナは眉を顰め、苦々しく表情を歪めた。


「気持ちは分かるが今回は我慢せい……それより余ったMP回復薬を儂にくれ! 急いでマグルに戻るのじゃ! 何処かの馬鹿共の所為でMPが足りん!」


((異議あり! 勝手にキレたのはそっちだと思いますけど⁉︎ 僕等も治療して欲しいんですけど!))

 ソウシとガイナスはこの時だけ全く同じ思考をなぞり、完璧なるシンクロを見せていた。


 __________


『冒険者ギルドマグル支部』


「へえっくし!」

 クシャミをした男は、二メートルを超える身長に筋肉の鎧を纏った、歴戦の猛者を思わせる顔付きをしていた。背負った巨斧は、神の鉱石ルーミアと、グラビ鉱石を混ぜ合わせた巨匠の傑作。


 ーー名を『ガンマレード』


「誰か私の噂をしてるわねぇ〜。可愛い男の子だといいわぁ」

 しかし、防具はビキニアーマーのみ。しかも、面積が通常の物よりも小さい特注品だった。九十度に逆立った髭を撫でながら、銀髪の三つ編みを揺らしている。


 齢三十五歳。しかし、王国マグル最強のSSランク冒険者。己の美の追求の為にクエストの報酬を惜しみ無く使い続けるジェンダーの探求者。


 ーーついた字名は『怪物』


『勇者』ソウシと『怪物』テンカの邂逅は、互いに何をもたらすのだろうか……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る