第43話 無人島最後の一日
ソウシの勝利と新たなる王誕生を祝い、過去最大とも呼べる盛大な宴が無人島で開かれていた。
「うほっ!」
(流石っすよボス! 俺達一生ついて行きやすぜ!)
「キュイィッ!」
(私達ライオネルも、貴方様を讃えましょう。本日の肉は最高級の品を用意しました。是非ご賞味あれ)
「あははっ! みんなありがとうね! 今日は飲むぞぉ〜!」
ソウシは輪の中心でガリコ特製の秘蔵酒を煽り、乾杯を繰り返す。
座っているミスリルの台座の足元、左右にはレイン、アルティナ、テレスがいるのだが、こちらは女同士の静かなる戦いが始まっていた。
「貴女、マグルを攻めに来たのよねぇ? あっ、違ったかぁ〜! 確か勇者を殺しに来たんでしたっけ〜?」
「いえいえ、正しいですわアルティナ様。ですがこんな未熟な私をソウシは勇猛果敢に守って下さり、その誠意に心を打たれたのです」
「この子は誰でも守るのよ〜? 優しさを愛情だなんて履き違えちゃいけないかなぁ」
「履き違えてなどおりませんわ? だってこのまま私達は結ばれるのですから。私はこの無人島の王妃ですのよ?」
「あら? それは残念ねぇ〜。ソウシは人族の国に帰るのよ。貴女もさっさとレイネハルドに帰りなさいな」
「ソウシも共に連れて帰りますから大丈夫です。あれ程の勇者の力を持ってすれば、きっとお父様も説得出来ますわ」
「あのねぇ、貴女が勝手に決める事じゃ無いのよ〜?ーーそろそろ黙れや小娘、灰にすんぞ?」
「その厚い化粧と一緒に鍍金が剥がれて来ましたわねぇーー氷尽くすぞババァ?」
酒を飲みながら激しく火花を散らす二人を他所に、テレスは一人台座に擦り寄りソウシに酌をしていた。
「ちょっと見ない間に良い顔付きになったじゃ無い。元気だったの?」
「テレスこそ何か表情がいつもより柔らかいね。僕はこの通り元気さ!」
「……私がいない間、何も無かったでしょうね? あの女どうも苦手よ……髪色といい、姫である事といい私とキャラが被り過ぎてるわ」
「あぁ、確かにそうかもしれないね。ーーそっか、だから僕はレインと仲良くなるのに時間がかからなかったんだなぁ」
「ふ〜ん? 仲良くなったのね?」
「そりゃあ毎日一緒に寝食を共にしてれば、ある程度仲良くなるさ!」
「ある程度が、どの程度なのかは気になるけどまぁいいわ……明日マグルに帰るからね?」
「えっ、そんなに急に?」
「当たり前でしょう。みんなソウシの事を心配してるのよ? この行き帰りの転移魔石に注いだ魔力だって、クラスメイト達が協力してくれたからこんなに早く溜められたのだし」
「そっか……そうだよね。帰らなきゃ……いけないんだよね」
何処と無くソウシの表情は陰りを見せており、テレスにはそれが何故なのか理解出来た。
(きっと、この島での生活が楽しかったのね。でも……私もそれを良しとする訳にはいかないのよ)
アルティナと言い争いながらも、ソウシとテレスの会話を聞いていたレインは居た堪れない気持ちになった。
離れたくない想いと、離れなければいけないと自身を叱責する想いがぶつかり、逡巡していたのだ。
「せめて、今夜だけは……」
__________
宴が終わると、ソウシは黒毛と共に温泉に浸かりに来ていた。ライオネルの縄張りには傷を癒す為の秘湯があると聞き、酒を片手に手酌をしながら至福の時を過ごしている。
「はあぁぁ〜、気持ち良いねぇ。黒毛もそう思うだろう?」
「うほほおぉぉ〜!」
(こりゃあ極楽って奴ですなぁ〜ボス〜!)
「あのね、偶に遊びには来るけど僕は明日国に帰らなきゃいけない。その後の島の治安は、黒毛とライオネルクイーンに守って貰いたいんだ」
「うほっ⁉︎」
(な、何を言ってるんでさぁ! ボスがこの島を離れるなら、自分達もお供しやすぜ!)
「気持ちは嬉しいさ……僕もそう出来たらって本当に思う。だけど、子分達を連れて行ったらきっと人間と戦いになってしまうよ。言ってる意味は理解出来るだろう?」
「うほぅぅ……」
(そりゃあ自分達魔獣の中には人を食う輩もいますし、仰る意味はわかりやすが……)
「僕はこの島が好きだよ。だから転移魔石を一つ買って、魔力が溜まる度に遊びに来る。これは王としての誓いさ」
「うほほっ! うほっ!」
(今生の別れにならないと誓って下さるのであれば、それまでこの島をもっと繁栄させて帰りを待つと約束しやしょう)
「当たり前さ! 頼んだよ黒毛!」
ーーするとそこへ、巨大な葉っぱ一枚で身体の前を隠したレインが現れる。
「黒毛、最後の日なのです。察しなさい?」
「うほほっ!」
(了解です、姉御!)
邪魔はしてはいけないと空気を読み、黒毛は猛スピードで湯から出て姿を消した。
「レインか……何となく来る様な気がしてた」
「あら? もっと動揺してくださると思っておりましたのに」
「ふふっ! 確かにそうだね。島に来たばかりの僕なら、慌てふためいて倒れているかもしれないよ」
「きっとそうでしょうね。ご一緒してもよろしいかしら?」
「駄目だって言っても入ってくる癖に」
「勿論ですわ? 私は王妃ですからね」
ーーソウシが気を使って後ろを向いたと同時に、レインは一糸纏わぬ姿になり温泉へ浸かる。
「短い間でしたが、楽しかったですわ」
「うん、僕も楽しかった。こんなに笑ったのは久しぶりだったよ」
「確かにこの島に着いた当初なんて、人生の終わりみたいにずっと暗い顔をしてましたものねぇ」
「ランナテッサが死んだ時、僕の時間は止まったんだよ」
「……でも、また動き出したんでしょう?」
「……き、君のお陰だ、と、思う」
ーーソウシは上手く言葉に出来ない気恥ずかしさを感じながら、素直な気持ちをレインに語り出した。
「君が居なかったら、僕はもう諦めていた筈だよ。初めて食べたお肉は美味しかったね……初めて黒毛に勝った時は嬉しかった。騙されたって分かっても、不思議と笑ってた。挫けそうになった時、僕に前を向かせてくれたね。寝る時、不安から手を繋いだら、繋ぎ返してくれて嬉しかった。本当に……全部ありがとう」
俯きながら、湯に波紋が浮かぶ。涙が止め処なく溢れ、真面にレインの顔を見れないでいた。
ーー「本当に、ソウシは泣き虫なんだから……」
背後から首元に腕を回して、耳元でレインは呟いた。自然と互いの体温が高まるのを感じる。心音が伝播する。
「離れたくない……お願いソウシ、私とレイネハルドに来て欲しいの」
「気持ちは伝わってる。でも、ごめん……今はまだ無理だよ」
「なんで? 貴方の力があれば、反対する勢力なんて叩き潰せる筈よ!」
「……そうやって、僕に戦えって言うのかい? また人を殺せと?」
「ーーーーッ⁉︎」
レインは悲しげな瞳を向けるソウシを見て、自らの意見の身勝手な考えに気付いた。
(そうだ……この人は元々戦いなんて望んで無いのに、私は何て事を……これじゃあ王妃失格ね)
「ごめんなさい……迎えに来た女性達が余りに綺麗で、正直言って焦ってしまったの」
「そりゃあ、あの二人は凄く綺麗だと思うけど、君だって凄く美しいと思うよ」
ーーその自然な台詞にレインは赤面し、気を抜くと倒れそうな程に心臓を撃ち抜かれた。
「私……絶対に会いに行くわ。もっと素敵な大人の女性になって、絶対ソウシに会いに行く!」
「僕も、もう一度君に会いたい。その時までに良い男になれるかは分からないけど、もう少し強い男になっておくよ」
酔い潰れて眠ってしまったテレスとアルティナを完全に忘れ去り、二人の空間を築き上げていたソウシとレインはそのまま洞穴の寝床に戻り、手を繋ぎながら眠りにつく。
天井を見つめて眠る日常と違い、お互いの身体を寄り添い合う様に近付けながらーー
ーー別れの朝が来るまで、せめてこのままでと祈り続けていた。
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