第42話 咆哮を轟かせる獣

 

 涙を流しながら蹲るレインを横目に、ソウシはアルフィリアに語りかけた。

「もう一度僕の呼び掛けに応えてくれてありがとう……」

『この馬鹿主人! 遅過ぎる位だよ、僕が一体何度飛び出そうとした事か! 妖精の巣穴の時も本当にギリギリだったんだからね! 君のせいで嫌な奴にも会ったし!』


 突如、ソウシの頭の中に直接幼女の声が聞こえるーー

 ーー本能的にアルフィリアの声だと理解出来ても、驚愕せざるを得ない。


「えぇっ⁉︎ 君喋れたの?」

『当たり前じゃん、聖剣だよ? 何回も君の声に応えてあげたじゃ無いか。もしかして聞こえてなかった?』


「いや、声は聞こえてたけど、こんな風に会話するというより意思が流れ込むというか……」

『君が未熟だったからでしょ? あの魔族の自己犠牲を経て、君は初めて僕を握るに値する存在に成り得たんだよ! まったく……忌々しい封印なんか着けるから、こんな事になるんだ馬鹿!』

 勇者の困惑する表情を他所に、聖剣は激しく輝きを増しながら己の存在をアピールした。


「とりあえず話は後だ! 行くよ、アルフィリア!」

『任せて! 本気の僕らに叶う存在なんているもんか!』

 封印から解放されたステータスを存分に発揮して、疾風の如く再び戦場へと戻る。

 その瞳が目にした光景は、己を守る為に配下である魔獣達が血反吐を吐き、命の灯火を既に散らせた姿だった。

 体がワナワナと震え出す。怒りに呼応する様に聖剣は青白い燐光を放ち、勇者はその様相を変貌させた。

 ーー『天炎の鎧』を纏い、封印を解放された完全形態。

 その姿を地上から眺めているカテールスは、歓喜の産声を上げるかの様に笑声を響かせた。


「良いぞ。これこそが我輩の望んだ戦いだ! 雑魚を潰す日々に飽き飽きとした人生の中で、こんなにも興奮する瞬間が訪れようとは! 感謝します魔族の神よ! くははっ、くははははははははは〜〜っ!」

「黙れ……俺の子分達をこんな目に合わせたんだ。最早どれだけ乞おうとも許す気は無いぞ」

 王たる気品を漂わせた、別人の様な勇者がゆっくりと宙より舞い降りる。


『あちゃ〜! ご主人、怒りからテンションが上がり過ぎてるのか、無人島の王モードに入っちゃってるよ。でも今はこのままでいいかなぁ』

 魔術師はその発言に対して違和感を覚えたが、敗北するなど微塵にも考えていない。


「おさらいだ! どうする勇者? 『デスデアルブリザード』!」

 ソウシに向かい、先程致命傷を受けた黒氷の礫と、体温を氷付かせる絶氷が襲う。

 ーー『一閃』

 上段からゆらりと振り下ろした聖剣アルフィリアの剣閃は、放たれた闇魔術の攻勢を飲み込み、消失させると同時に、カテールスの肩口を切り裂き、ーー両断した。

 その勢いは止まる事を知らず、背後の木々を灰燼と化していく。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜っ!」

 ーー絶叫が周囲に響き渡る。

 ーー絶望が周囲に伝播する。

 ーー絶命する程の血が撒き散らされる。


「煩いんだよ。この程度で済ますものか……皆の無念を知れ」

 ソウシは瞬時にカテールスの太腿を切り裂き、地に平伏した頭部を足蹴にした。

「なぁ、こんな事の何が楽しい⁉︎ 何故お前らは僕を殺そうとするんだ!」

 痙攣した身体を必死に抑えつけながら、魔術師は吠えた。


「お前が狙われるのは当たり前だろうが! 魔族を滅ぼす者、ーー『勇者』! 我等魔族は幼き頃から教え込まれているのだ!」

「一体何を……」

「勇者が現れし時、我等魔族は食い尽くされ滅ぼされるとな! ランナテッサは言ってなかったか? 貴様が伝説の存在だとなぁっ!」

 ソウシが怯んだ隙に、カテールスは身体を捻りながら回転し、地べたに這いつくばったまま呪文を詠唱して召喚魔術を放った。


「我の魂を喰らい出でよ! 『滅鳥ベルクス』!」

 己の寿命と引き換えに禁術を放ったカテールスは、そのまま意識を失う。

 召喚され顕現したのは、体長十メートルを超える巨鳥だった。その全身は氷で出来ており、黒曜石の様な輝きを放っている。全身が凶器の如き禍々しさを放っていた。


「それが切り札だって言うのなら、僕も見せてやる!」

 嘴を尖らせながら高速で迫る黒氷鳥の突進を悠々と避けながら、胴体にアルフィリアを突き刺し、ソウシは叫んだ。


「いくよアルフィリア! 『輝聖蒼刃』!」

 聖剣の刃を白洸が包むと共に、極大の閃光が滅鳥ベルクスを真っ二つに両断した。勢いそのままに四肢を細切れにして消滅させる。

 ーーその姿は、勇者の神聖な力が魔を滅する奇跡に等しい光景だ。


 朧げに意識を覚醒させた魔術師が見たのは、己の召喚出来る最高の魔獣が散る姿。

 視線を泳がせた先には、圧倒的な勇者の膂力に呼応して、聖剣が輝き煌めきを放っている。


「勝てない……勝てる訳が無い……」

 敗北を実感すると共に、再びカテールスは意識を途切れさせた。

 地面に降り立った勇者は聖剣を振り、へばり付いた血を払う。高揚感は既に落ち着きを取り戻していた。


「ありがとうね、アルフィリア。でも、少し遅かったかな……僕はまた守れなかった……」

 ーー「うほほうっ!」

 ーー「ウニャァ〜ンッ」

 ーー「ワオォォンッ」

 悲しみにくれて膝から崩れ落ちた瞬間、魔獣達の遠吠えと喝采が鳴り響いた。

 ガバッと勢い良く身体を起こしたソウシを、キングガリコの黒毛が脇を抱き上げ、空中に放り投げた。


 ーー魔獣達は己のボスが必ず復活すると信じて、機を伺い死んだフリをしていたのだ。


「えっ⁉︎ みんな無事なのか!」

「うほほ〜う!」

(当たり前っすよ! 庇い合ってボスのお帰りを待ってやした)

「ウニャアァァ〜!」

(大好きボス〜! やっぱり最強にゃあぁ〜!)

「ワウッ! ワウウッ!」

(あんな雑魚、ボスなら余裕っすよ〜)

 胴上げされる勇者の前に、今まで決して姿を現さなかった『ライオネル』の長、『ライオネルクイーン』が現れ、徐々に近付いて来る。


「キャウゥゥンッ!」

(先程の戦い、観戦させて頂きました。貴方様こそこの島の王に相応しい。どうか我が寵愛を受けて下さいませんか?)

「うん! みんなが無事でいてくれれば、僕はそれが一番嬉しいよ!」

 その瞬間、島中の魔獣達が新たな王の誕生に歓喜に震え、咆哮した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜っ!!」

 ソウシは右手を高々と掲げ、魔獣達と一緒に獣の如き咆哮を島中へ豪放する。心なしかアルフィリアも一緒に喜びから明滅していた。

 その光景を見つめた魔族の姫レインは、涙を溢れさせながら胸元で手を組み、無償の愛情を捧げる事を誓う。

「あぁ、私はあの人の事が好きだ……もう抑えられない」


 ーーそして、同時に転移したアルティナとテレスは、いきなりその光景が視界に飛び込んで来て、即座に悔恨に打ち拉がれた。

「遅かったか……」

「えぇ、遅かったわね……」

 地面に跪き、無念に顔を歪める二人に気付かぬまま、ソウシは空中で雄叫びを咆哮し続ける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 勝ったぞおおおおおおお〜〜っ!!」

 魔獣達は皆、右拳を天へと掲げソウシを祝福し、喝采する。

 こうして、無人島に新たな王が誕生したのだった……


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