第41話 互いを想い合う心

 

「この男を相手にするのはいくら貴方でも無謀よ! お願いだから逃げて!」

 ソウシはレインの悲痛な声が痛い程に伝わったが、逃走する理由にはならなかった。

 魔族カテールスは貌を歪め、右手で口元を抑えながら必死に嗤いを堪えている。


「くは、うははっ! あぁ、我輩が勇者を殺せば、その名声は魔族の大陸中に轟くだろうなぁ! こんな機会を与えて下さった魔神様に感謝を捧げねばならん」

 対峙した瞬間に、ソウシの身体から脂汗が噴き出す。その理由を本能から理解していた。

 この敵が今迄戦ったどの相手よりも強く、ステータスを封印された自分では叶わないと。

(拙い、勝てない! 逃げ出したい! でも、レインの事を放って逃げるなんて絶対に嫌だ……)

 ーーどうしたらいい。

 ーーどうすればいい。


「おやおや、知っているぞ勇者? その首のチョーカーで聖剣の力も、ステータスも封印されているのだろう?」

「……少なくとも、戦えるだけの力は残されているさ!」

 強がりながらも足は震えていた。レインは寝食を共にしていた事から、無理をしているのが分かっている。


「いいから逃げなさい! いつも臆病な癖に、こんな時だけ格好付けてるんじゃ無いわよ!」

「うるさい! こんな時に格好付けなくて、いつ格好付けるんだよ馬鹿姫!」

 互いを想い合う二人の姿を見て、カテールスはある嗜虐的な趣向を思いついた。ーーそして提案する。


「良い友情……いや、愛情か? それならば提案しよう、助かる方を選びたまえ。何方か一方は見逃してやろう。なぁに、我輩嘘はつかんよ?」

 ーー二人はその提案を聞いた時に、迷う事無く嘘だと判断し、視線を交わして頷き合った。


「「両方助かる道を探す!」」

 声を揃え答えると、レインはソウシの真横へと駆け出し、同時に魔術をカテールスへ放つ。

「アクアカッター!」

「デスブリザード!」

 二方向から放たれた水の奔流と、黒き吹雪が挟撃するが、魔術師は焦る様子も無くその場に佇んでいた。


 ーー直撃した魔術は、身体に当たる前に唯の『シールド』に掻き消される。

 少年はその光景を嘗て目にした事があった。学院試験でメルクが上級生に行なった事であり、圧倒的な魔力差があるのだという事実を物語る。


「くははっ! この程度で我輩の防御魔術を破れる訳がなかろう!」

 高笑いするカテールスを無視し、二人は既に次の攻撃へ動き出していた。

「水死鎌!」

「くらえええぇぇっ!」

 水鎌と白銀の棍棒を左右から振り下ろし、『シールド』を貫こうと試みるがーー

「だから甘いと言っている! 『メルアイスフォールン』!」

 ーー物理攻撃は弾かれ、詠唱された最上級氷魔術が上空から降り注いだ。


「レイン、僕の背後へ! 『セイントフィールド』!」

「お願い! 耐えて!」

 無数の絶氷の塊が聖結界に襲い掛かり、破られはしなかったが、勢いを殺しきれずに二人は背後へ吹き飛ばされる。


「拙いな……あの人本当に強過ぎる……」

「えぇ、攻撃手段がありませんね。防御結界を私達では破れない」

「いざとなったら、ーーレインだけでも逃げて?」

「それはこっちの台詞ですわ。私だけでは絶対に逃げ切れない……それなら可能性がある貴方が逃げなさい」

 何方も、決して自分を見捨てようとしないのだと心が通じた時、自然と笑みが溢れる。


 ーー信じられる。

 ーー信じられてる。

 互いに胸が熱くなるのを感じていた。だが、そこへ無情にも魔術師の『闇魔術』が襲い掛かる。


「先程勇者が放った闇魔術の上位魔術を見せてやろう。光栄に思うがいい! 『デスデアルブリザード』!」

「レイン! ーー離れてぇ!」

 ソウシは聖結界では防ぎ切れないと即座に判断し、眼前の少女を思い切り突き飛ばした。

 直後、黒い極大の氷塊と氷雪がセイントフィールドを突き破り、身体を食い蝕む様に貫き凍らされる。


「いやあああああああああああああああああーーっ!」

 レインの泣哭は最早ソウシには届かなかった。意識を失い、凍らされながらも隙間から流れる血溜まりに沈む姿。


 ーー完全なる敗北だ。


「早く! 早く回復魔術を!」

「させると思いますか姫様ぁ? 『アイスランス』!」

 ソウシの元へ駆け出すレインの死角から、嬉々として高まった声が聞こえた瞬間、無防備な肉体へ氷槍が迫る。しかしーー

「うほほぅっ!」

 ーー上空からキングガリコ、『黒毛』がミスリルの棍棒を振り下ろし、魔術を破壊した。


「な、何だ⁉︎ 魔獣の群れだと!」

 今迄ソウシが決闘をしてきた様々な縄張りのボス達と部下を合わせ、百を優に超える魔獣達が三人を取り囲んでいた。カテールスは驚愕に目を見開いている。


「うほっ! うっほう!」

「ウニャ、ウニャー!」

「ワウゥッ?」

 様々な種族の魔獣達の想いがレインに伝わり、涙を滴らす。

 ーー『ボスを守れ! 野郎共!』

「ありがとうねみんな……お願い! 私がソウシを回復している間、あいつの足止めをして!」

 願いを聞き入れた魔獣達の咆哮が場に轟いた。少年の肩を引き摺りながら逃走を図る姫と、魔術師の間に無数の魔獣が立ちはだかる。


「一体なんだと言うのだ……何故魔獣が、我等魔族の邪魔をする!」

「うほっ!」

(うるせぇ、ボスの為に身体張るのは部下の務めじゃあ)

「ウンニャー!」

(血生臭ぇお前なんかより、ボスの方がよっぽどいいわい)

「ワオォォン!」

(ぶち殺しちゃるわい! なぁ、野郎共!)


 殺気を振り撒く魔獣達は、一斉にカテールスへと飛び掛った。ボスを守る為に……


 __________



「お願い……起きてよ……」

 ヒールを掛け続けるが、ソウシは一向に目を覚まさない。受けたダメージが初級治癒魔術で回復出来る範疇を超えていたのだ。


「貴方は王でしょう? みんなが戦ってくれてるの! 今立ち上がらなくてどうするのよ!」

 レインの涙は止まる事を知らず、痛哭に泣く。無謀だと理解しながらも、願わずにはいられないのだ。


「お願いよ。もう一度立ち上がって……私の……勇者様……」

 魔族の姫は勇者の頬へ涙を伝せながら、愛情を込めて柔らかな唇を静かに重ね合わせた。


 ーーその瞬間、奇跡は起こる。


 突如ソウシの身体が青白く発光し、宙に浮かび始めた。ゆっくりと瞼を開かれる。

「ありがとうね。君の想いはしっかり伝わったよ」

「あぁ……これが勇者ソウシなのね……お願い、島のみんなを助けて……」

「分かってる。じゃあ、僕はもう一度呼ばなきゃね……」

 ソウシは精悍な顔つきで、決意を瞳に宿して叫んだ。


「来い! 聖剣アルフィリア! もう一度……勇者である僕の元に!」

 応える様に光の柱が天へと昇る。その輝きは以前に比べ、遥かに神々しさを増していた。眼前に顕現した聖剣の柄を掴み、己の胸元から一気に抜き去る。


「応えてくれてありがとう。大切なものを守る為に力を貸してくれ。ーーアルフィリア」

 刃を煌めかせながら、聖剣は歓喜に震えるかの如く明滅した。


 レインはその奇跡の光景に泣き続けている。自然と胸元で手を組み、祈りを捧げていた。

 今ここに、ーー『勇者』ソウシは復活したのだ。

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