第32話 学期末対抗戦 2

 

「ソウシ、一年Aクラスの王はお前だ!」

 ドーカムの宣言に対して、指名された本人は分かり易く拒絶を露わにする。


「絶対に嫌だよ?」

 その言葉を聞いたクラスメイト達は、既に作戦会議を終えており、対応策を導き出していた。

 主にベルヒムを主導としてソウシの性格分析を終えた後、会話のパターンに対応してカンペまで用意している万全さだ。


「そ、ソウシ君は、アタッカーが良いんじゃ無いですかぁ?」

「えっと……そ、そうだなぁ! 敵陣に立ち向かうなんて、一番怖い所だけど、えっと、勇気があるし向いてるかもなぁ!」

「えっ? あ、次俺か! そんな事は無い。ソウシには、ディフェンダーが向いてる!」

「あの、一番敵の攻撃を食らう、痛いポジションですかぁ?」

「そうだ、本人に決めて貰おうぜ! 怖いアタッカーか、痛いディフェンダーか……えっと、に、逃げまくれば良い王か!」

 こんな三文芝居に騙される訳が無いだろうと、生徒達が溜息を吐く中、ーーソウシは拳を掲げて勢い良く立ち上がり、精悍な顔付きでハッキリと答えた。


「僕は王になる!」

(うん、凄えよベルヒム……逆に怖えよ。そして、こいつは本当にそれで良いのか……)

 クラスメイトは戦慄した。人が掌の上で転がされる瞬間を、現実に目の当たりにしたからだ。


「痛いのも怖いのも嫌だ! 僕は力の限り逃げ続けて見せる!」

「よくぞ言ったっすソウシ君! では模擬戦を再度開始するっす!」

 ベルヒムの言葉に生徒達は頷き、ソウシはサーニアと共に再度、山中へ駆け出して行く。

 ドーカムはその背中を見送った後、クラスのみんなを鼓舞し始めた。


「ここ迄は計算通りだが、俺達は一年最高のAクラスだ! あいつ一人を捕まえられなくて、恥ずかしく思わないのか!」

 マリーニアスが一歩前に進み出て言葉を紡ぐ。

「挑発など無用ですわ! 私達も貴方も、成すべき事は分かっている筈です。協力して彼を捕まえますわよ!」

「「「「おうっ!」」」」

 ソウシの与り知らぬ所で、学期末対抗戦で戦う敵では無く、まさかの味方が一番闘志を燃やしていたのだった。


 __________


「そっちはもう索敵した! ベルヒムの予測だと、次の出現ポイントは南東だ! 二人付いて来い!」

「先に私が先行するわ! 選抜メンバーに情報を届けて!」

「駄目だ! もう居なくなった……畜生! 動きが早過ぎる」

「逃げ足が早いとかいうレベルじゃありませんわね……」


「伝令よ! 『猫は罠に掛かった』! 繰り返します『猫は罠に掛かった』です‼︎」

「待ってましたわ! みんな、作戦通り冷静に動くのよ」

「大丈夫だ! 魔力の尽きた仲間達の想いは決して無駄にしないぜ!」

「あぁ、まずはサーニアの捕縛だ! 行くぞ!」


「「「「「ラジャー!!」」」」」


 __________



「うぅ、なんか悪寒がするにゃあぁ……」

「どうしたの? 大丈夫かい?」

「平気にゃ! それよりこの先に罠が三つ仕掛けられてるにゃ〜如何するにゃ?」

「あぁ、あの分かり易いのか。無視するよ!」


「分かり易い罠に安心した所へ、小賢しい罠を張るのが定石にゃ」

「それはあっちと、この先直線に仕掛けられてる落とし穴の事かな?」

「囲む様に十人位隠れているにゃ!」

「うん、それじゃあ逃げよう」

「はいにゃ、気配の隠し方もわから無いんじゃ、しょうがないにゃあ」

 サーニアとソウシが反転しようとした瞬間、耳元へ見知った声がハッキリと聞こえた。


「……やっと捉えた」

 過ぎ去る景観の中で、まるでこちらへ来るのが分かっていたかの如く、メルクが詠唱の終えた魔術を放つ。

「……ライオネルブレイズ」

 獅子の形を模した極炎が二人に迫る。完全に虚を突いた攻撃だと魔術師は自信に満ちた瞳で直撃を確信するがーー

「蜂蜜を舐めて、その後にミルクを流し込む位に甘いにゃよ? ねぇ?」

「まぁそうかもねぇ……ちゃんと付いてきてね?」

「分かってるにゃあ〜!」

 ーーソウシと猫娘は魔術が自分達に迫る直前に方向転換し、木々を盾にして姿をその場から消し去った。

 枝をバネの様にしならせ、自らの敏捷をのせて遥か上空に飛んだのだ。


 だが、更に上空へ罠が仕掛けられてる事に直感で気付く。

「おぉ! また罠だよ凄いね!」

「ベルヒムは頭が良いのにゃ。味方として頼もしいにゃ」

「ふふっ、それは同意見かな。今は何故か僕達が執拗に狙われてるんだけどねぇ?」

「この先の罠はあたいが蹴散らすにゃ!」

 空中に敷かれた魔方陣を、サーニアは次々と短剣で切り裂いていく。鼻歌でも歌っているかの様な気楽さに、相棒としてソウシは安堵していた。


「流石だね! じゃあ僕はサポートに回るよ! 『アポラ』!」

 右腕を翳して聖魔術を放つと、遅延性の罠は次々と撃ち抜かれて破壊される。


「ソウシ、ちょっと嫌な予感がしたにゃ!」

「この感じ、まさかとは思ったけど先生まで加わってるのか……」

 青褪める二人の下方では、魔術の詠唱を終えたアイナが掌を振りながら微笑んでいた。


「あんた達逃げ過ぎ! 何時間かかるか分かったもんじゃ無いでしょうがぁっ!」

 早く家に帰って一杯やりたいという理由だけで、担任の我慢は限界に達していたのだ。

「氷槍よ、我が敵を貫きたまえ! シンアイスランス!」

 アイスランスの上位魔術を唱え、空中にいる今が好機だと放たれた無数の氷槍が二人へ迫る。


「あの先生……最低にゃ」

「同意するけど、やっぱりみんな甘いよね?」

「今度はよろしく頼むにゃ!」

「あいあいさ! 『セイントフィールド』!」

 ソウシは空中で聖結界を張り、容易に魔術を打ち消した。脇に抱きついていたサーニアと、ゆっくり大地に降り立った後、再び俊足で駆け出す。


 クラスメイト、ベルヒム、アイナはこの瞬間、Aクラスの圧倒的勝利を確信した。

 ハンデありの他クラスと戦う以前に、二対三十八で捕まえる事が出来ない存在に対して、他クラスが一体何を出来ると言うんだと呆けている。


 ーーソウシは逆に生き生きとしていた。

『戦え』では無く、『逃げろ』と言われているのだ。そして大好きな自然に囲まれた山の中にいる。


「うん、楽しいなこれ!」

 嬉々とした表情を浮かべながら、戦闘において常に自重する臆病者の、意図せぬ暴走が始まった。

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