第24話 三学年合同課外授業 4

 

『時は遡る』


 ーーソウシ、マリオ、アルティナの三名は、ボス部屋の巨大な扉の前に佇んでいた。


「あの〜今更かも知れませんけど、他の方法が無いか再度検討しませんか?」

「それは何度も話し合っただろう? 僕達がこのダンジョンから出る為には、この奥のボスを倒して、出現したポータルに飛び込むしか無いんだ」

「大丈夫よ、ソウシはやれば出来る子なんだから」

「先輩のその無駄な僕贔屓を、本当に止めて貰いたいよ……」

「良いのよ。私は貴方を愛してるんだから」


「はぁ⁉︎ いきなり何を言い出すんですか! 僕らは今からボスに挑むんですよ⁉︎」

「マリオ先輩、きっといつもの冗談でしょうし大丈夫ですよ」

「えっ? 本気よ本気! 前から気になって見つめてたけど、親友に言われてハッキリ理解したもの」

「ふへっ⁉︎」

 ソウシは突然の告白に目を丸くする。冗談だと鼻で笑っていた先程までと違い、急激に赤面した。

「しょうがないわね〜!」

 アルティナは溜息を吐いた後にソウシの顎を掴んで顔を上げると、突如唇を重ね始める。マリオはその光景を見せつけられて、混乱の坩堝に陥った。


「んむううううううううううううううううっ⁉︎」

(またかあああああああああああああああっ!)

 生き物の様に舌が絡まり、テレスよりも遥かに濃厚なキスに少年は心中で絶叫している。


「はあぁぁぁ……」

 唇を離すと、片手で金髪を靡かせ、青色の双眸を輝かせた美女は、恍惚の表情を浮かべながら舌舐めずりした。


「貴方……意外にもこれが初めてじゃ無いわね?」

「な、何するんですかぁ! それに何でそんな事まで解るの⁉︎」

「ソウシ君! 学院は認めても、僕は不純異性交友を認め無いぞ!」

「妬まないのマリオ。貴方もその勉強一筋の堅物な性格を直せば、きっと彼女が出来るわ?」

「えっ! マジですか先輩? ちょっとそこの所をもう少し具体的に教えて頂きたいです!」

「それじゃあここを出て、マグルに帰る道中でね」

「はい!」

「マリオ先輩……自分の言葉を五秒で覆すの止めて下さい」

 ソウシは目を細めながら、欲望に流された男に見つめて呆れていた。アルティナは再度向かい合い言葉を発する。


「取り敢えず、私が本気なのは伝わったかしら? ただ、安心して頂戴。『英雄色を好む』と言うわ。私は貴方のハーレムの一人で構わないの」

「そんなモノ作りません! 僕は自分が選んだ大切な一人と寄り添えれば良いんだ!」

「どうせ、周りが貴方を放って置かないわよ」

「ぐぬぬっ! イチャついて無いで行きますよ!」

「そうね、取り敢えず生き残りましょう? きっと大丈夫よ」

「はい。自信なんてありませんけど、聖魔術で何とか倒せれば……」


 ソウシは冷静さを取り戻し、マリオの後に続いて扉を開き中へ入る。

 その空間は、光の強さに相反する様に静寂が支配していた。様々な鉱石が壁から生えており、反射し合って視界を眩ます。


 ーーその中央に、このダンジョンのボス『フェアリー』が浮いていたのだ。


 その姿はまさに『美しい』の一言。人間とは似て非なる顔付きではあるが、透き通った四枚羽に薄着の羽衣を纏い、身体全体が鉱石の様に青く輝いている。

 額に埋め込まれたサファイアは、貴族の中で高値で取り引きされる程人気の高い宝石だった。


「……動かないですね」

「目も閉じている見たいだ、こちらに気付いてないのかもしれない」

「油断しちゃ駄目よ。いつ仕掛けてくるか分からない以上、こちらから先手を仕掛けましょう。二人共頑張って!」

「「はいっ!」」

 二人はかけ声を合わせ、同時に最大の魔力を込めた魔術を放つ。

「いけぇ! 『アポラ』」

「唸れ! 『サンダーホース』」

 雷光を放つ馬の突進と共に、宙に螺旋を描く聖球がフェアリーへ迫る。それでも動く様子が無い魔獣に疑念の眼差しを向けると、突如魔術が四散した。


「えっ⁉︎」

「一体何が⁉︎」

「ーー拙いわ!」

 アルティナは、一人何かを悟った様に胸元から短剣を取り出すが、時は既に遅い。いつの間にか霧のかかった森の中に立っていた。


「幻術か……私はともかくあの二人は拙い。特にソウシに何を見せる気なのかしら」

 フェアリーは扉に入った瞬間に、三人に対して己の一番得意な幻術を放っていたのだ。感知、もとい気付く間も無く幻影の中に引き摺り込まれていた。


 因みにマリオは全裸の女性に囲まれ、絶頂の最中にいる。

 その一方でソウシはーー

「ここはどこ? なんか記憶にある場所の様な気がするけど」

 ーー『とある村』の中央に佇んでいた。



 __________



「ん? あの子は……」

 近くの家の扉から出てきたのは、十七歳のセリビアだった。その後ろを歩いて居るのは、まだ七歳のソウシだ。

「えっ! あれって僕? そんな訳無いよね? 僕はここに居るんだから」

 少年は繰り広げられた光景に混乱する。自分が幼い自分を見つめているのだから。


「ほらっ、ソウシ。叔父さんに怒られる前に水を汲みに行くわよ?」

「う、うん! 怒られるのは嫌だからね。痛いのも……嫌だ」

「ごめんね……お姉ちゃんが大人になったら、きっとこの村を出て、もっと幸せにしてあげるからね」

「良いんだよ! 僕、お姉ちゃんがいれば幸せなんだもん!」


「うふふっ! 私も可愛い弟がいれば幸せよ〜」

 セリビアは桶を置いて弟を抱き抱えた。まだ小さいその顔に頬を擦り寄せる。

「お姉ちゃん、くすぐったいよぉ〜!」

「だぁめ! これはお姉ちゃんだけの特権なんだから!」

「もう、しょうがないなぁ! ちょっとだけだよ?」

「あらあら、生意気になっちゃって。昔はチューしてってせがんでいたのになぁ〜」

「もうっ! 今でもしてるでしょ!」

「これもお姉ちゃんの特権だから良いのよ?」


 ソウシはその光景を呆然と眺めていた。ーーそして思い出す。昔は恥ずかし気も無く、毎日姉とキスしていた事を……

「僕もお姉ちゃんも、今思い出すと顔から火が出る程恥ずかしい光景だな。今度からかってやろう」


 そこへ……


「てめえら、何サボってやがんだごらぁっ!」

 扉を開けて出てきたのは、嘗て暮らしていた叔父だった。怒声を張り上げると同時に、有無を言わさず片手に持っていた酒ビンを兄弟へ投げつける。

「きゃあっ!」

「お、お姉ちゃん⁉︎」

 セリビアの肩に当たって砕けたビンの破片が頬を切り、血を滴らせた。幼い弟は慌てて駆け出すが、叔父への恐怖から姉の背後に隠れ、足を竦ませている。


「さっさと水を汲んで来い! タラタラしてたら晩飯は食わさねぇからな!」

「は、はい。申し訳ありません……」

「…………」

 勿論料理を作るのはセリビアだ。しかし家のお金は全てこの男が握っている為、逆らう事も出来ない。寧ろ弟を守る為に、姉は日々耐え続けていた。


 ーー幼いソウシはそんな姉に寄り添い、身体を震わせている。


「あぁ、確かにあんな叔父だったなぁ……今こうして見ると最低だ」

 己の過去らしき光景を眺めながら、目を伏せた。クズな叔父に対して目も当てられない。


 ーーその直後、眼前に広がる景色が移り変わった。今度は家の中で三人がご飯を食べている。


「おい、セリビア。酒を買って来い!」

「この時間じゃ村の酒屋も閉まってますよ」

「なら他所の家から貰ってくりゃあ良いだろうが! その無駄にでけえ乳でも揉ませてこいや!」

「……お断りします。今日は我慢して下さい」


「あぁん? 俺の命令に逆らうなら、飯も食わさねぇぞ?」

「えぇ、構いません。明日私はソウシを連れてこの家を出ます。その為の準備は整いました」

 セリビアは何時もの様にただ従うだけでは無く、冷淡な口調で叔父の命令に逆らっていた。

 村の人々が叔父に虐げられる兄弟を見かね、徐々に分けてくれた食料で浮いた金を、十年間少しずつ、ほんの少しずつ貯め続けていたのだ。


 これはその目標が達成された日ーーそしてこの村が壊滅した日の記憶だった。


「てめえぇぇ! 今まで育ててやった恩を忘れたってのかーー⁉︎」

「そんな台詞が良く言えますね! 日頃真面に働きもせず、溜まった鬱憤を私達を殴る事で晴らす貴方みたいな人に、もう付き合っていられません!」

「その餓鬼を拾って来た時だって、俺がいなきゃ捨てられたまま死んでたんだぞ⁉︎」

「それなら何でこの子の分のご飯を食べさせようとしないのよ! 今も食べているのは私の分けたご飯の半分でしか無い! こんな所に、ソウシを置いておける訳が無いでしょう?」


「出て行くなんて、絶対許さんぞ!」

「いえ、これは決定事項です。私達はこの家を出ます」

「ふ、二人共、喧嘩はやめてぇ?」

 幼いソウシは繰り広げられる罵声に意味も解らず震えていた。セリビアは叔父に背を向け、頭を撫でながら弟に優しく語り掛ける。


「大丈夫よ? お姉ちゃんがきっと、貴方を立派に育ててみせるからね。ほら、怖く無いよ?」

「うん、お姉ちゃん大好き!」


 ーー抱き締め合う兄弟に向けて、突然その悪意は降り掛かった。


「〜〜〜〜ぐえぇっ!」

「恩を忘れて裏切る様なクソアマにはお仕置きが必要だろう⁉︎ 死ね! 死ねよおらぁっ!」

 目が血走った叔父は、セリビアの背後から首元に右腕を回し、左腕に力を込めて喉元を締め上げる。酔い過ぎて最早理性など皆無だった。


「お、お姉ちゃんを虐めるな! 離してよぉっ!」

「黙れクソ餓鬼が!」

 幼い弟は腹を蹴り飛ばされ、勢い良く壁に叩きつけられる。守るべき姉は、最早失神寸前だった。


「ひゃあぁはははははははははははぁぁっ!」

 叔父の薄汚い嗤い声だけが響く家の中、それを見つめる現実のソウシは絶句していた。


「こんな記憶、僕には無いぞ……」

 身体は震えだし、見たく無いと瞼を閉じても脳内に凄惨な光景が映る。目を背ける事すら出来ずにいたのだ。吐きそうな程に心臓の鼓動は早まり続ける。


 そして、誰かが告げている気がしたのだーー

「その先を、決して見てはいけない」

 ーー無情にもセリビアが力尽きようとする瞬間、必死で手を伸ばした先にいた弟は変貌を遂げる。


「はへっ⁉︎」

 叔父は間抜けな声を発すると、己の右腕の違和感に気付いて愕然とした表情を浮かべた。ーー消失している。今迄確かにあった肉体の一部が『いつの間にか無い』のだ。

 遅れてきた恐怖と、噴き出す血飛沫に絶叫した。

「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜っ!」

「はぁっ、はぁっ、一体何が⁉︎」

 辛うじて意識を保っていたセリビアは、乱れ狂う叔父の姿を見て困惑する。そしてそれを行なった者の姿を視認した。


 ーー「オ姉チャンヲ、虐メルナ」


 視線の先には短かった黒髪が長髪へと変わり、漆黒に塗り潰された虚無を瞳に宿したソウシが立っている。身体の周囲からは、黒い靄の様なオーラが巻き起こり、凶悪な黒手が餌を求めて蠢いていた……


「た、助けてくれぇぇ! 何でもする! 何でもするからあああああ〜〜!」

 セリビアは己の命が助かる為に弟に懇願する叔父に向けて、まるで別人の如き冷酷な台詞を発した。

「残念ね……貴方に相応しい最後だと思うわ? ソウシは選ばれた子なの。きっと『神様』が私に引き合わせてくれたのよ。一体何でそれが貴方には判らなかったのかしら? では叔父さん、先に地獄で待っていて下さいね」


 姉は微笑みを浮かべてスカートの裾を引くと同時に、淑女顔負けの優雅なお辞儀をする。その横には闇を纏わせた弟が立っていた。


「……喰いなさい。あれは敵よ」

「ウン。叔父サンハ、嫌ナ奴ダ」


 直後、黒手が牙を生やして叔父の身体を貪り喰らい尽くす。悲鳴を上げさせる間も無く、血を撒き散らす暇さえ与えずに、その存在を消失させた。


「あはははははははははははははははははははははは〜〜っ‼︎」

「嬉シイ? オ姉チャン?」

「えぇ、えぇソウシ! 貴方は最高だわ⁉︎ さぁ、後はこの村の人を食べちゃいなさい? そしてお姉ちゃんと新しい生活を始めましょう」

「ウン。判ッタヨ、オ姉チャン……」

 姉と弟は手を繋ぎ、止め処なく溢れる涙を流し続けている。狂った歯車に翻弄され、まともな思考が働いていなかったのだ。村に阿鼻叫喚を轟かせ、全ての生きとし生ける存在を『闇夜一世』が喰らい尽くした。


「ソウシ、一生私を守ってね?」

「僕ハ、オ姉チャンヲ守ル」


 ーーそれは洗脳に近い、刷り込みとも言える幼かった頃の姉と弟の誓い。

 そして今、記憶の蓋は開かれてしまった。現実のソウシはこれがフェアリーの幻術では無い事を『理解』している。

 幻術は威力は高いが『その者の、一番心を揺れ動かす光景を見せる』という単純な術だ。


 ーー身体は諤々と震え、過去に己とセリビアが犯した過ちを完全に思い出してしまう。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 頭が割れるように痛み、心臓は破裂しそうな程に高まり続けて、口から飛び出しそうだった。


 意識の覚束ぬまま、強制的にリミットスキル『闇夜一世(オワラセルセカイ)』が発動したのだ。

『フェアリー』だけでは無く、Cランクダンジョン『妖精の巣穴』の最後の時が始まる……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る