第23話 三学年合同課外授業 3

 

 美味しい料理に舌鼓を打った二人は、まるで諍いなど無かったかの様に意気投合して寝そべっていた。その光景を眺めながら、マリオは損な役回りをこなしつつ深い溜息を吐く……


「アルティナ先輩はさ、僕に何を求めてるの? はっきり言って『勇者』に理想像を思い浮かべているなら、無理だって断るよ」

「うふふっ、まだ内緒よ? でもこれだけは言えるわ。貴方は私の人生で最高に輝く存在になるの! そして、私は貴方にとって最高最強の魔術師として側に控える人物となり、未来永劫伝説として語り継がれるのよ!」

「はぁっ……目が曇ってるとだけ言わせて下さい。僕はもう戦わない」

「そう、その言葉に違和感を覚えてならないのよね。でも今は、マリオの美味しい料理の余韻に浸りましょう?」

「分かりました」

 二人は寝そべりながら瞳を閉じた。マリオは疎外感を抱き、一人壁際で体育座りをして黄昏ている。


 __________


 五時間後、獲物の気配を感じて『中立空間』の外に集まった低級妖精魔獣は、優に五百体を超えていた。その悍ましい光景に、ソウシは今後の判断を躊躇っている。


「マリオ先輩、ちょっと予想外の数かも……」

「分かってる。MPは回復したかい?」

「うん! でもこれだけの数の攻撃を、セイントフィールドで防ぎきれるかな?」

「術者である君に解らない事が、僕に解る訳無いだろう?」

「じゃじゃーん! ここで魔力が空でも、知識だけはある私の出番ね?」

 作戦会議を繰り広げる二人に割り込んで、アルティナがその豊かな乳房を張りながら、己の意見を主張した。


「まず、ソウシの聖結界をこの魔獣達に破る事は出来ません! ただ、MPの消費量は昨日の倍以上かかるでしょう! つまり、この空間を出て数分で魔力は空になります!」

「うん……無理だ」

「そうだね……ここを出たら死ぬ」

 視線を交わせ、現実的な思考からこの場に止まる事を選択した二人に対して、最上級生は冷酷な事実を突き付けた。


「忘れて無いかしら? 食料は何とかなっても、水が無くなったら死ぬわよ」

 ーー「うぐぐぅ!」

 ーー「むぐぐぅ!」


 後輩二人は知りたく無い現実を容赦無く告げる先輩に対して、苛立ちを隠せない。だが、確かに喉が渇いていた。そしてソウシは理解しているのだーー

(多分……この先に水源がある)

 ーー山育ちの野生の勘が告げていた。しかしその為には、この魔獣の大群の中を抜けなければならない。

 水源までセイントフィールドで辿り着く事は出来るだろうが、ここ迄の帰り道でMPは尽きるだろうと計算していた。


「マリオ先輩、何か隠し球とかあります?」

「ふふっ、ハッキリ言って無いよ……サンダーホースの強化だけに費やしてきたからね」

「じゃあ、強硬突破は無理です。他の手を考え無いと、ーーーーそうか!」

 ソウシは地形を眺めた後、マリオに耳打ちした。選択したのは魔獣達が届かない場所からの遠距離射撃だ。

「止めなさい。貴方が試験で使った聖魔術で数を減らす気なら、魔獣達はダンジョンマスターを倒さない限り、リポップするから意味は無いわよ?」

 アルティナが予想を語るが、それに対してソウシの浮かべた表情は不安気なものでは無く、自信に満ち溢れた笑みだった。


「まぁ、見てて下さいね!」

「あぁ、君の戦闘におけるセンスは本当に凄まじいな」

 男二人で壁に足をかけると中立地帯を抜け、出っ張りのある岩場に移動する。眼下には魔獣の群れが、呻き声を階層中に響かせていた。

「いきますよ?」

「おう!」

 二人は手を重ね合わせ、意識を集中すると同時に魔術を放った。


「アポラ!」

「サンダーホース!」

 放たれた聖球と雷馬が向かった先は、魔獣では無く洞窟の天井だ。だが、ダンジョンの土塊を破壊して『崩落』させるにはまだ甘い。魔術が直撃すると同時に、ソウシに抱えられたマリオが叫んだ。


「先輩! 両手を広げて!」

「えっ⁉︎ は、はいっ!」

 アルティナは二人が何を狙っているのか理解出来ないまま双眸を見開き、大人しく両手を宙に向けて広げた。ソウシが身体を空いた片手に抱きかかえると、眼前の階段を駆け上がり、ダンジョン一階に逆戻りする。


「ここからが勝負だ! 場所はあそこです! いきますよ!」

「任せてくれ!」

 二人は両手を重ね再度魔術を放つ、それは先程階下から崩壊させようとした箇所に命中して、地面を崩落させた。壁に張り付いたまま、ソウシに抱き抱えられている二人は、眼下の光景を眺めつつ絶句している。


 ーー下階にいた魔獣達は崩落に巻き込まれ、狙い通り身動きが取れずにいたのだ。


「まさか……」

「こんな方法、誰も思い浮かばないわよ……」

「ギリギリでしたね! 先輩、協力してくれてありがとう御座います!」

 マリオは勿論だが、アルティナは己の考えを改め始めていた。

(この子の凄さは、内在する戦闘力だけでは無いのかもしれない)


 その後、三人は数が減少したとはいえ襲い掛かる無数の魔獣を駆逐し、水源で補給した後、最下層の中立空間に飛び込んだ。

 身体を休めながら、ダンジョンマスターに対する作戦会議を始める。


「さぁ、ここまできたら教えて下さい。このダンジョンのボスは一体何なんですか?」

 後輩の問い掛けに、学院最強は溜息を吐きながら答えた。

「はぁっ……待っているのは正真正銘の上位妖精『フェアリー』よ。ゴブリンやコボルトの下位妖精とは違って、高位魔術や幻惑を使うわ」

「妖精の巣穴って言うくらいですから予測は出来てましたけど……やはりいましたか」

「先輩、そのフェアリーは強いんですか?」

「強いも何も、Aランク魔獣だ……」

「はぁっ⁉︎ ここはCランクダンジョンなんですよ! 一体何で⁉︎」


「最奥主、つまりボスは定められたランクより上なんだよ……フェアリーは綺麗な外見に見合わず、容赦無い魔術の使い手として有名だ。真面に向き合えば勝てない」

「ソウシが本気を出せば余裕よね?」

「だから! 僕は戦えないって言ってるでしょうが!」


「いい加減、その台詞の矛盾に自分で気付かないのかしら? 貴方はさっきから『戦って』いるわよね。言い方を変えなさい、『殺せない』ってね。それさえ崩落に巻き込まれ、打ち所の悪かった魔獣は絶命しているから通じやしないわよ」


 ソウシは青色の双眸をした美女から発せられた真剣な眼差しと、正論に目を背ける。事実を受け止めてしまえば、また戦いに引き込まれてしまうと感じたからだ。


「それでも……僕は……」

「良いのよ、貴方は原石なのだから」

「あの〜話が見えないんですけど、この階層も上階と同じ作りなら、MPが回復次第魔獣が集まる前に先に進もう!」

 話に割り込んだマリオは、気まずそうに俯いている後輩の肩を叩いた。

「……はい、行きましょう!」

 ソウシは先程のアルティナの言葉から生じた迷いを振り切り、提案に添ってセイントフィールドを張りながら駆け出した。


 多数の魔獣に勝てなくても、ボス単体ならば討ち滅ぼせる筈だという甘い考えを保ったままに……


 __________



『妖精の巣穴ボス部屋』


「あ、あぁ……素晴らしいわ……」

「これが先輩の見たかった光景なのかよぉぉ!」

 血溜まりに沈む二人は絶望し、絶叫し、その後絶句した。

 その眼光の先に広がる光景に語る言葉は無く、己のソウシに対しての認識の甘さを後悔する。


 そこには『聖剣アルフィリア』の制御を受けぬまま、黒髪が伸び、黒眼が見つめた先に存在する『モノ』を全て喰らい尽くす。


 ーー闇を宿す者が宙に浮いていた。


 セリビアの居ない場所で最悪、災厄のスキル『闇夜一世』が発動したのだ……

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