第22話 三学年合同課外授業 2
学院長ドールセンは悩んでいた。アルティナの提案に乗ったはいいものの、やはりやり過ぎてしまったのでは無いかと。
その最たる理由は渡した二つのアイテムの内、転移魔石以外のもう一つ。『封魔のブレスレット』の事だった。
「あやつ、もしかして己を戦え無くしてソウシ君に守って貰おうなどと、馬鹿な事は考えておらんじゃろうな……」
その心配はものの見事に的中する。今回の企みに、このアイテムを着ける事は絶対に必要な事だった。理由は単純だ。覚醒したソウシにーー
(私を果敢に守って貰いたい!)
ーー欲望に身を任せた、安易な思惑が働いている。
同時に学院最強であるアルティナがいれば安心だろうという、緩慢な甘えを打ち消す事も目的ではあったのだが、正直それは二の次だった。
ーーソウシとマリオが思う以上に、アルティナは今回の課外授業に自身の命を張っている。
普通の人から見れば、頭がおかしいのだと思えるこの行為と思考さえ、原石を宝石に、愚者を英雄に戻す為のスパイスだと目を輝かせていた。
現に少年はその一端を垣間見せたのだ。聖魔術の上級結界を張り、最初の困難を退けて見せた。
興奮は加速する。己の抱いた『最上級の目的』に向かって……
__________
「なぁ、ソウシ君。この結界はあとどれ位保てるんだい?」
マリオはふと疑問に思った事を問い掛けた。アルティナは思わず不機嫌そうに舌打ちする。
「ちっ! あらぁ? マリオったら何を言うのかしら、まだまだ保つわよね〜?」
挑発にも似たその言葉に、ソウシは思わず青褪める。アルフィリアを持たない自分には聖剣の意志が伝わらない。
魔術に関しては、学院一年生の、しかも数ヶ月の知識しか持たない初心者だ。
当たり前の事だが、魔術の発動はMPを消費する。学院で習うのはアロー、ランス系の魔術や、シールドの強化魔術等『初級魔術』だけだ。それすら適正を持っていないソウシには難しいものだったのだ。
(拙い……自分の聖魔術の消費魔力が分からない)
これは致命的だと急ぎステータスを確認した。すると、残り表示は322まで減少している。今の封印状態の最大MPは999だ。
セイントフィールドの様な常時発動型魔術は、発動中MPが消費されていく。
シールドも似た系統の一種だ。戦闘の際、一流の戦士はそこ迄計算した上で、発動時間を調整していくのだが、ソウシは気付くのが遅過ぎた。
囲まれている状態で解除も出来ないし、このまま最下層に行くまでに、MPが持つ筈が無い。
「拙いです。もうMPの残り残量が三割を切ってる。アポラも撃って無いのに……」
縋る様な瞳で上級生二人を見つめた。その視線に一人は焦燥を、もう一人は興奮を覚える。
「アルティナ先輩。お願いですから冗談は止めて、この状況を打開する為に力を貸して下さい」
マリオの真剣な赴きに、アルティナはそろそろ良いかと、己の腕を覆うローブを捲った。
ーーそこには金色の歪な形をした、ブレスレットが装着されている。
「あのね、実は私魔術が使えないのよ。このブレスレットの封印でMPが空になる呪いが掛けられているの! さぁ、困ったわね!」
「「はああああああああああああああああああああああああっ⁉︎」」
二人は同時に駆け寄り、そのブレスレットを外せないか試みるが、触った瞬間に悍ましい感覚に苛まれて理解した。冗談では無いのだと……
「貴女、馬鹿なんですか? いくらソウシの為とはいえ、自分の命を賭けてどうするんですか! しかも、それに巻き込まれた僕の気持ちも考えて下さいよ!」
「だって〜学院長が言ってたわよ? 巻き込むならお人好しで、良い奴のマリオにしなさい! ってね?」
「が、学院長が⁉︎ 試験の時のあれは、そういう言葉の意味じゃ無いぞおぉ⁉︎」
ソウシは言い争う二人を前に、一人冷静だった。マリオ以外がまともに戦え無いという現実を受け止めた時、焦る前に現状を打破しようと動き出したのだ。
周囲を囲む低級妖精型魔獣は七十を優に超える。何か手は無いかと考えた時に、まずは地形を眺めた。
「あそこだ!」
直感で先に進むと、岩と岩の間に入り込んだ。慌てて上級生二人も後を追う。
「マリオ先輩、今からセイントフィールドを一時的に解きます。ここなら敵は一斉に攻めてこれないので、時間稼ぎをして下さい。方法は任せます!」
「分かった! 数さえ多く無ければ、暫くは時間を稼げる筈だ!」
「何を思い付いたのかしら? 楽しみにしてるから頑張って」
マリオがサンダーホースを発動し、周囲に蠢いているゴブリン達を焼き尽くして時間を稼ぐ。その間に、剣が鞘から抜けぬ様に己の服を破きさると、柄に巻き付けて固定した。
ーーソウシはあの事件以来、心から『肉を切り裂く』感覚を忌避している。
己が一番理解しているから拒否するのだ。あの感覚を味わった瞬間に、この身体はもう動けなくなると。
簡易的だが、その為の打撃武器を作った。鞘が保つのかだけが些か不安要素の一部ではあるがーー
「もう大丈夫です、二人とも僕の後ろについて下さい! 一気に地下二階の安全地帯まで走ります」
「分かった! 左右と背後のサポートは任せておけ!」
「頑張ってね!」
ーーソウシは虚勢だと疑われ兼ねない程に、足と腕が震える。己の身体と思えない程に重い。しかし、学院で学んだ事は目稽古を含めて、以前より遥かに剣術を学ばせ、習得させていた。
深呼吸をした後に駆け出すと、最初の一匹目の腹を叩いて吹き飛ばす、続いて二匹目の喉を突いて痙攣させた。
「イケる!」
次々と襲い来る魔獣に対して、狙うは完璧な呼吸困難による一時的な行動不能、その一点のみ。
ーー横隔膜。
ーー肺。
ーー喉。
ーー股間。
次々と、魔獣達は蹲って道を開いていく。
「す、凄いな……」
「でも、まだまだかな」
上級生は互いの見解の相違に溜息を吐いた。求めている力量の想像が違い過ぎるのだ。
マリオは素直に己以上の剣術に賞賛を、アルティナは想像以下の鈍い輝きに、深い溜息を吐いた。
地下二階の階段が見えると、一気に駆け下りて話に聞いていた『中立空間』へと飛び込む。
そこは敵味方問わずに、互いの力が無力化される場所だ。冒険者はその場で野営の準備や、装備を整え直すと授業で習っていた。
階層を降りた所にしか無いその空間に辿り着いたソウシは、再度計算を開始する。
(MPの自然回復、そしてこの場で休むに辺り、食料はどうする? 一体どうすればいい)
「なぁ、腹が減ったんだけど、コボルドを焼いて食べないか?」
先輩の提案に、後輩は驚愕に瞳を見開いた。先程からーー
(魔獣を食べるしか、空腹を満たす手段は無い)
ーーそう結論付けていても、一人は貴族系男子、もう一人は女王系女子だ。とてもそんな提案が出るとは思えなかった。
「何を驚いているのか分からないが、二年になるとダンジョン研修は増えるんだぞ? 広大な森に放置されたりもするんだ。贅沢を言ってたら、この学院では生き残れ無い」
「大丈夫よ。マリオはこう見えて料理が上手でね、その為に今回の課外授業に呼んだのだから」
「えっ? 初耳ですよ先輩! 貴女が毎回毎回どのダンジョンの授業でも、俺の飯を食いに来たのはそんな意図があったんですか?」
「当たり前じゃない! 貴方は卒業したら料理屋を開きなさい! 横暴に見えて性格が凄く良い、人情亭主として大繁盛するわよ?」
「う、うん。それは僕も賛成かも」
「やめてくれ二人共。一瞬それも良いかもなと思ってしまう自分が嫌だ……」
その後、マリオは手早くコボルトを解体し、素早く串に刺して焼肉を作り始めた。持参した小袋には急遽であったにも関わらず、数種類の調味料が入っており、肉の臭みを消して、程良い濃さの味付けに仕上がっている。
「はあああぁ!」
「あっはあぁぁぁん!」
二人は鼻歌を歌いながら、次の品のスープを作るマリオの背中を見つめて、目を輝かせていた。
ソウシが暫くは料理人の道への交渉を続けようと、決意した瞬間だった……
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