第21話 三学年合同課外授業 1
『ガイナス邸にて』
「はぁぁ……ソウシは学院で上手くやれているかしら? 心配だよぉ〜」
「テレス様や頼れる友もいるのです。きっと大丈夫でしょう」
午後の紅茶を嗜みながら焼き菓子を頬張るのは、職務の合間にセリビアに会う為に、家に戻り続けるガイナスだ。
魔族の襲撃以降、蛻の殻になった弟の感情を取り戻す為に、献身的な介護を続けたこの姉は、より重度の心配性(ブラコン)になっていた。
「そういえば昨日の晩に話していた課外授業って、何処かのダンジョンに行くんでしょう? 危険じゃないんですか?」
「あぁ、Fランクダンジョン『始まりの洞窟』ですね。ゴブリンやコボルド、グレムリン程度のE、Fランク魔獣しか出現しませんから、良い戦闘経験が積めるのですよ」
「学園の授業の一環なら心配は要らないんでしょうけど、先輩に虐められたりしないかしら……」
「そこについては何とも。あの事件以降、彼には更に逃げ癖がついてしまいましたからね」
「いい先輩とチームを組める様に、願っておきましょう」
「えぇ……何故か今、悲痛な叫び声が聞こえた気がしましたけどね」
カップを口元に運び、優雅に微笑み合う二人の穏やかなティータイムの一幕の裏ではーー
「絶対に嫌だああああああああああああああああああっ!!」
ーーソウシは裏庭の校舎の壁に張り付いて、己に迫る存在を必死で威嚇していた。
「そんなツレない事言わないでよ〜! ほらおいで〜? 怖くない、怖くなーい」
一人目、三年生のアルティナが巨大な胸を揺らしながら迫る。
「そうだぞソウシ君、学院最強とも名高いアルティナ先輩に、二年生ランキング二位迄上り詰めた僕! 一体何が不服なんだい⁉︎」
二人目、二年生のマリオが髪をセットしながら、意味も無く迫る。
「何かがおかしい気がするんだ! ドールセン学院長の陰謀を感じる……僕の危機察知センサーが、二人と組んだら絶対に厄介ごとに巻き込まれるって言ってる!」
「失礼ね〜! 陰謀を企んだのは学院長じゃ無くて私よ〜?」
「そうだそうだ! 学院長を疑うのは良くないーーえっ? 先輩……今なんて?」
目を細めて自分を見つめる二人の冷ややかな視線に身悶えながら、アルティナは隠す必要も無いと白状した。
「いや〜魔獣を狩らせまくって、ソウシを強制的に目覚めさせちゃおうってね! だから学院長にお願いして、このチームに無理矢理入れて貰ったのよ〜」
マリオはその台詞を聞いた瞬間態度を翻し、ソウシの肩を掴んで歩き出した。
「済まなかったね、一緒に学院長に断固抗議しよう。あの先輩は戦闘マニアなんだ、確実に恐ろしい事が起きる。僕も巻き込まれるのはごめんだ……」
「判ってくれて嬉しいよマリオ先輩! やっぱり貴方は良い人だ!」
「よせやい照れるだろ? 一緒に無難に課外授業をクリアするのさぁ! わざわざ難易度を上げる必要は無い!」
「はい! 僕は戦えませんけど、宜しくお願いしますね! カッコイイ先輩の魔術を見れるのが楽しみだなぁ」
「ふふっ。僕の『サンダーホース』は更に強化されているからね! ゴブリンの十匹位余裕さぁ!」
突然仲良く語り出した二人の下級生を背後から見つめていたアルティナは、悪戯を仕掛ける子供の様に、胸元の転移魔石を取り出して呟いた。
「あらあら? じゃあ千匹ならどうなっちゃうのかしらね〜? えいっ!」
「「ーーーーへっ?」」
投げ込まれた転移魔石が地面に術方陣を展開すると、三人の身体が真紅の輝きに包まれた。
ソウシは一瞬で状況を理解し、マリオを掴み飛び出そうとするがーー
「グギギキィッ!」
ーー景色が切り替わり、突如武器を持った無数のゴブリンやウェアラットに取り囲まれている。
「ま、じかよ……」
「ははっ……やられたね……最悪だ」
「さぁ! ソウシ専用特別課外授業、Cランクダンジョン『妖精の巣穴』のクリアを目指して頑張ろ〜! 大丈夫、ここは魔獣の数は滅茶苦茶多いけど、三階層しか無いからね!」
ソウシは珍しくアルティナを怒りから睨み付ける。何でも自分の思い通りに進めようとする性格を、嫌悪しつつあった。
「好き勝手やり過ぎですよ! 僕は帰ります! さっきの転移魔石を出して下さい」
「あれは行きだけなのよ〜! ここはマグルから馬車で一週間は掛かる位置にあるダンジョンだから、帰るのは当分先ね」
「ぼ、僕達が今日出発するなんて、誰にも言ってきて無いじゃないですか! 二人の事を心配してる人がきっと居ますよ!」
「そこで自分の事だと言わない君の発言と精神に、僕は泣けてくる……」
「可哀想な子……でも安心して? ちゃんと書き置きを残して置いたし、私の親友ナミーナに他の人達にも行き先を伝える様に言っておいたわ」
「戦うにも剣が無いよ!」
「ほら、ちゃんとここにあるわよ?」
アルティナは胸元に手を突っ込むと、鋼の長剣を取り出した。マリオは思わず生唾を飲み込む。普段真面目な姿ばかり見せているが、健全な男の子だった。
「手回しが良すぎて先輩の方が怖いよ! あと何なのその胸の不思議は⁉︎」
「女は何でも秘密を持っているのよ? 覚えておきなさいね」
「ぐぬぬっ……畜生、久しぶりに嵌められた」
「嵌めたなんて聞き覚えの悪い言い方をしないで頂戴? これは愛なのだから‼︎」
金髪の美女は、両手を大きく広げて宣言した。そう、基本隠し事が嫌いであり思った事は即行動、即暴露が信条だからだ。
ーー巻き込まれる方からすれば、たまったものでは無い。
「君達! 余裕があるのは結構だが、僕はさっきから襲われているんだよ! 話してないで協力しろ!」
「嫌よ? 私は戦うんじゃ無くて、ソウシの勇姿を観ながら応援する為に来たのだから。そっちはそっちで頑張りなさい」
「この期に及んで僕達任せだって⁉︎ やだよ、僕は戦いたく無いんだってば!」
「それなら、どうやってこの場を切り抜けるつもりなのかしら? 戦う以外に方法があるなら見てみたいわ〜」
「……見せてやる。『セイントフィールド』!」
ソウシの周囲に聖なる結界が広がり、敵意ある魔獣を空間の外へ弾き飛ばした。聖剣は呼べなくなったが、魔術まで失った訳では無いし、ステータスは変わらず十分の一に封印されているだけだ。
聖なる結界は魔獣に対して強い効力を保っていた。アルティナは『勇者』の真の力の片鱗を垣間見た事に、歓喜の悲鳴を上げつつ背後から抱き締める。
「凄いわソウシ! 聖属性の上位結界なんて張れたのね〜?」
「は、離れて下さい! む、胸に頭が沈むよ!」
「……いいなぁ」
「二人共! 帰る為に出口に向かいますよ!」
この後、後輩に一つの誤算が起こり得る事をアルティナだけが理解していた。厭らしい笑みを浮かべ、胸を弾ませる。
(さぁ、次は何を見せてくれるのかしら? 愛しい人……)
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