第20話 学院最強の魔術師

 

 『三年生』マグル学院最上級生は卒業後の進路を決めると共に、己の力、魔力を後輩達の眼に刻み付けようと、卒業試験の為に腕を磨き続ける。その試合を観て、騎士団や王国魔術師としてスカウトされる事もあるからだ。


 そんな中、窓辺に一人佇む姿ーー

 ーー彼女の名は『アルティナ』マグル魔術学院三年Aクラス最強の存在だ。最も、本人はそんな価値観に興味を持たず、テストの結果ですら二の次でしかない。


 ならば今の彼女の興味を引く対象とは一体何なのか。視線の先には俯いたまま、歩き続ける黒髪の少年がいた。

「ああいう原石を見つけた時って、どうしてこんなに胸がときめくのかしらーーあぁ、食べたい」

 少年は背筋に悪寒を奔らせながら、キョロキョロと周囲を見渡す。

「何だろう? 舐められる様な視線を感じた気がしたけど、気の所為かな?」

「……もう少し我慢ね。まだ熟してないわ。あぁ、焦れる」


 アルティナは唇を艶めかしく湿らせて、離れていく下級生を眺め続けた。その潤んだ瞳の深奥には、誰にも邪魔させないと固い決意の炎を宿したままに……


 __________



「ねぇ、テレス。何か最近僕を見つめる視線が強まっている気がするんだけど、心当たりってあるかな?」

「ん? ソウシが見られてるなんて、いつもの事じゃない」

「いや、侮蔑っていうよりも……観察されてるみたいなんだよね」

「あははっ! 自意識過剰じゃ無いの? あんたに恋する乙女が見つめてるとでも?」


「いや、そんなのいる訳無いだろ」

「……あんたのその鈍感な態度に泣く女は、きっと何処かにいるわよ」

「心当たりが無いならいっか」

「あぁ、ごめん。心当たりはあるわよ。二学期には三年生の卒業試験があるでしょう? 卒業生の中に、ソウシを指名しようとしている人がいるんじゃ無いかしら?」


「えっ⁉︎ 何その嫌な響き……」

「あれ? 言って無かった? 卒業試験は三年生が下級生の中から、己の実力を託すに相応しいと思う人物を指名して、模擬戦を行うのよ。選ばれたら拒否は出来ないわ」

「何で知りもしない先輩と戦わなきゃいけないのさ! 意味が分からない!」

「しょうがないでしょ。これも学院の伝統ってやつなんだから、中には私怨で指名する先輩もいるみたいだけどねぇ」


「因みに断る事は出来るの?」

「無理よ。先輩からの指名に拒否は出来ないわ」

「はぁぁぁぁ〜っ。嫌な予感しかしない……」

「一つだけ忠告してあげると、先輩の指名が被った場合、上級生同士で模擬戦を行なって、勝った方が優先されるの。つまり指名が多ければ多い程、相対する先輩は強者になるわ」


「うん、余計な情報をありがとう。聞きたく無かったよ……」

 肩を落として項垂れるソウシの姿を見て、テレスは溜息を吐いた。

(一体いつになれば、自信を身に付けてくれるのかな……)


 ___________



「ねぇ〜アルティナ。本当にあの子を指名するの? 分かってる? 貴女はこの学院史上最強と呼ばれる存在なのよ! 二年のテレス姫さえ貴女には届きえない!」

「あら? 私がそんな肩書きに興味がある様に見えるかしら、ナミーナ」

「見えないから親友の私が忠告してるんじゃない! 貴女に指名して欲しくて、今も研鑽を続ける学院生は沢山居るのよ」


「しょうがないじゃ無い。あの子を一目見た瞬間に、私は気絶しそうになったのよ? あれは原石、ーー磨けば磨くだけ、きっと輝きを放つ存在になるわ」

「えぇぇ〜あのショボい子が〜? 噂だけは一流だけど、私にはとてもそうは見えないなぁ〜!」

「それは貴女の実力不足よ。これ以上余計なお喋りで、あの子を侮辱する事は許さない」


「……アルティナって、もしかしてあの子に惚れてる?」

「あら? 確かにそうかも知れないわね。言われてみると、最近あの子の事ばかり考えてるわ」

 セミロングの金髪を靡かせ、青い双眸を己の胸元に向ける。Fカップ以上の巨乳に手を当てると、焦がれた存在に想いを馳せだした。


「趣味が悪いわよ……親友」

「うん、これが恋かしらね! ナミーナにもじきに分かるわ? --その為にも。邪魔者は蹴散らさなければならないわ」

 アルティナの視線の先には、十数名の三年生が立ちはだかっていた。各々が指名する対象はソウシのみ。魔族の仲間であるレッテルを貼られた者を、卒業の際に叩きのめしておこうと云う想いが一つ。


 また、親族を前回の襲撃で失った者が、八つ当たりで憎しみを向けていたのだ。頭では理解しているが、心は嘆きを抑え込めずに暴れ出していた。


「アルティナ! お前が一年生を指名する必要なんて無いだろうが!」

「そうよ! 退きなさい!」

「……あるに決まってるでしょう? 最強の私が指名する存在が、唯の凡庸な石コロであって溜まるものですか」

「だからって、ソウシを選ばずとも良いだろう!」

「はぁっ……良いから掛かって来なさいよ? 蹴散らしてあげるわ」

「くっ! 卑怯だと思うなよ!」

 学院最強一名に対して、残った三年生は同時に魔術を放ち、各々が得意とする属性魔術を浴びせかけた。


 しかし、その先に映った光景はーー

「この程度であの子と戦うつもりだったの? 本当に巫山戯てるわよね……イライラしちゃう」

 ーー撃ち込まれた複数の魔術は右腕を一振りすると消し飛ばれされ、アルティナは擦り傷一つ負わずに歩き出す。親友である同級生のナミーナは思わず生唾を飲んだ。

(流石は学院最強ね……)


「吹き飛びなさい? 『メルアイスフォールン』!」

 上空から現れた巨大な氷塊は、立ち尽くす三年生を言葉通り吹き飛ばし、訓練場に巨穴を作り出した。


 ーー『一撃』


 実力差と恐怖を植え付けられた者達は、全力で走り逃げ去る。その様子を愉しげに眺めていた学院最強の美女は、口元を右手の甲で覆い隠し愉悦に浸った。


「待っててね。貴方と戦う為にも、邪魔者は消し去って見せるから」

 再び邪魔者の排除の為に歩き出す。全ては思い焦がれた相手、ソウシと戦う為に……


 ___________


「へっくしっ!」

「風邪でも引いたかにゃ?」

「うーん……何か悪寒が止まらないんだよね」

「それは困ったにゃ! あたいを抱き締めながら、温かくして眠るにゃよ!」

「こら! そういう冗談は、恋人とかが出来た時にしなさい」

「冗談じゃ無いのにゃ〜いけず〜!」

 ソウシはサーニアの頭を撫でながら微笑みかける。感謝の想いを込めて見つめていた。


「いつも、ありがとうね……」

「にゃ?」

「何でも無い、次の授業も頑張ろ!」

「了解にゃ!」


 その光景を眺め続ける存在がいる事に、当の本人はまだ気付いていない。

 邂逅の日は突如訪れるのだ……

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