第19話 蔑まれる者

 

 ソウシは学院内で疎まれ続けていた……日々受ける嫌がらせが日常となっている。

 感情を失い壊れかけた者に対して生徒が何をしようが、生死のやり取りに比べれば、所詮気に留める必要にも値しない事柄であり、興味すら持てない程に飽き飽きとさせた。


 そんな中、一度だけ執拗に水を浴びせ続ける上級生に威圧を放った事があったのだ。たった一言だけーー

「どけ!」

 ーー上級生は腰を抜かした後、我武者羅に杖で殴りつけた。


 その後、罵られ続け、サーニアが止めてくれるまで蹲り続けて理解する。

「僕が耐え続ければいい……戦う必要なんて無いんだ……」


 それがこの一ヶ月、学院の生活の中で学んだ唯一の事だった。


 ___________


『放課後、校舎裏』


 二年の先輩に呼ばれたソウシは、虚ろな目をしていた。今日もなのかと、最早飽き飽きとしていたのだ。

「何の用ですか? 急ぎで無いのなら、別の機会にして欲しいんですけど」

「……お前、魔族の仲間なのか? 俺の両親はさ、この前の襲撃で魔獣に食われて死んだんだよ」

「それは御愁傷様です。でも僕には関係無いですから、帰って良いですか?」

「……お前が魔族の首を持ち去ったのは、衆知の事実だろう?」


「それと先輩の両親が死んだ事に、何の繋がりがあるんですか? 僕に何を求めてるんですか? 弱いから死んだんでしょう? 逃げきれなかったから死んだんでしょう?」

 挑発に近い言葉を投げ捨てる後輩に、激昂した上級生は制服を掴み殴りかかる。ソウシは抵抗する事も無く、両手をダラリと降ろし項垂れていた。


 しかし、拳が当たると思った瞬間、ーー胸倉を掴んで怒声を上げていた上級生は、急に言葉を途切らせ黙って俯き始める。そして、ソウシのみぞおち辺りに額を押し付けて泣き叫び始めたのだ。


「お前に言われなくても分かってるんだよ‼︎ 俺が、俺が弱かったから守れなかったんだ! お前の戦う姿を見て憧れた……『勇者』に憧れたんだよ! その力があれば絶対両親を守れたのに! 何でお前は魔族を庇ったんだ⁉︎」

「…………やめてよ」

「なぁ、教えてくれよ! 俺は周りの馬鹿とは違う‼︎ でも、お前の言動や態度が理解出来ないんだよ! 必死で調べてお前の正体を知ったんだ! 教えてくれ、頼むよ!」

 上級生が必死に縋る姿から注がれた視線を逸らし、放たれた言葉は冷淡な一言だった……


「僕には何も無いんだ……勇者なんて間違ってるんだよ。何も出来ないし、する気もない。ーーもう離してよ」

 上級生は何も言わずに襟を掴んでいた手を離して、その場に棒立ちになった。ソウシは用が済んだと振り返り校舎に向けて歩き出す。すると木陰に隠れていたサーニアが腕を絡めて来た。


「大丈夫にゃ?」

「あぁ、もう何十回も聞いた台詞さ。職業まで調べられたのは初めてだったけどね……」

「……あの人、泣いてるにゃ」

「しょうがないよ。僕には何も出来ないんだから」

 サーニアはソウシの苦痛に眉を顰める姿を見て、思わず涙が溢れそうになる。猫耳は垂れ下がり、尻尾は背中を軽く撫り続けていた。


「いいのにゃ……苦しいならもう戦わなくて良いのにゃ……あたいが守ってみせるから」

 少女の呟きは、少年には届かない。自らを守ってくれる存在がいることにすら、気付けていなかったのだ。


 マグル全体に衆知された魔族ランナテッサの死。それは敵からすれば挑発に等しい行為だ。魔族はこの瞬間も情報を集めていた……


 __________


『マグル学院寮』


「ただいま」

「あら、おかえり。そうそう肩が凝ってるの。ちょっと揉んで?」

「はいはい。着替えるからちょっと待っててね」

「……今日も靴を捨てられたの?」

 戻って来た姿は裸足だった。学院に入学してから何度も靴や教科書は紛失している。本人は気にはしないが、周囲の者が心配するのは当然の事だ。


「私が……助けてあげようか?」

 心配から漏れ出た一言に対して、ソウシは呆れた様相を浮かべて言葉を発した。

「姫様、娯楽の一環で僕に関わるのは構わないけどさ、無力な君がどうやって助けてくれるの? そういう台詞を吐くのはやめてよ。迷惑だ」

「〜〜〜〜ッ!」

「これ以上僕を怒らせないでよ」

「……ごめんなさい」

 自分を見つめる少年の冷酷な瞳に対して、テレスは言葉を紡ぐ事が出来ない。一緒の部屋で暮らしていても、食事を含めて無言の時がただ進むだけだ。


 ーーその後、眠るソウシを見つめながら問い掛ける。


「ねぇ、貴方はどんな英雄譚を語り継がれるのかしらね?」

 マグルの姫は疎まれても心のどこかで信じていた。必ずこの人は立ち上がり、自分達を救う存在だと。微笑みながら今夜も眠りにつく。

 一方、現実逃避を続ける勇者は、毎夜悪夢に魘された。


「もう、嫌なんだ……誰か助けて……父さん、母さん」


 __________



「奈々、こいつは強い男になるんかね? 泣いてばっかじゃわかんねーよな」

「まだ一歳なんだから当たり前でしょう? 子供は泣いて強くなるのよ」

「そんなもんかねぇ? この太腿の柔らかさを味わえれば、俺は構わないけど」

「本当ね〜柔らかいわぁ〜」


「お前の胸も柔らかいぞ!」

「煩い黙れ。死ね」

「おぉう……相変わらず容赦ないな」

「あんたが馬鹿なだけでしょう? 私は蒼詩を守る為なら、何だってするんだから!」


「キャッキャ!」

「おっ? 笑ったぞ、可愛いなぁ」

「強くなりなさいね〜? パパ見たいに酒飲みになっちゃダメよ〜?」

「女にモテるコツは積極性だぞ〜?」

「あぁっ? 殺すぞハゲ」


「俺は禿げてねーだろうが! こんな俺に惚れた自分を恨め!」

「はぁっ……お腹の中には、十六夜もいるしねぇ。蒼詩はいいお兄ちゃんになれるかな?」


「当たり前だ! きっと俺に似た良い漢になるさ」

「そうね。私がちゃんと育て上げてみせるから!」

 何だろう、この光景は……

 僕には両親の記憶なんてない、あるのはセリビアお姉ちゃんとの暮らしだけだ。


 ただ、不思議とその記憶が安堵させてくれた事は覚えてる。

 この時の僕は、幸福に包まれていたんだろうか……


 __________


 翌朝、熟睡できたソウシは窓の外を呆然と眺めていた。その達観した雰囲気に、テレスは歯を磨きながら見惚れている。

「ねぇ……本当にあんたは、泣くか笑うかどっちにしなさいよ」

「えっ? 僕は笑ってたかい?」

 涙を拭い去り、今日も立ち上がる。少しずつ、ほんの少しずつはであるが少年は勇者の本質を取り戻しつつあった。

 学院での日常が自然と感情を引き戻す。ただ、もたらされるのは安寧だけとは限らないのだが……

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