【第2章 マグル魔術学院での日々】
第18話 一年Aクラスの落ちこぼれ
『ランナテッサの事件から一ヶ月後』
「ソウシ、次の授業に行くにゃ〜!」
「う、うん。次は剣術の授業だよね? やだなぁ……」
「ははっ! 本当に痛いのが嫌なんだな」
「……臆病者」
マグル魔術学院の一年Aクラスの扉を出て、並び歩くのはサーニア、メルク、ドーカム、そしてソウシだった。
試験の結果から見事Aクラス入りを果たした四人は、自然と行動を共にしている。その中でもサーニアは、常にソウシの側を離れず控えていた。
何故なら、明らかに少年の放つ雰囲気が変わってしまったからだ。投げ遣りな思考、全てを諦めているかの様な授業態度は問題視され、悪い意味でクラス内では目を引いてしまっている。
(ソウシはあたいが守るにゃぁ! 虐める奴はブッ殺にゃ!)
望まれた訳では無いが、想い人を守ろうと猫娘は一人闘志を燃やしていた。
__________
『第一訓練場』
「はい、それでは皆さんには木剣で一対一の模擬戦を行なって貰います。出番じゃない生徒は模擬戦を観戦しながら、自分ならどうしたか考察して下さい。後でレポートにまとめて貰いますからね?」
「「「「はーい!」」」」
次々と模擬戦が行われる中、ソウシの出番が来ると周囲が騒つき始める。
「出たぞ、村人だ……」
「毎回クラスの足を引っ張りやがって」
「早く退学にならねーかな、あいつ」
「むしろなんであんなクズが、俺達と同じAクラスにいるんだよ」
ソウシの耳には誹謗中傷がはっきりと聞こえているが、何事も無いと無視する。最早どうでも良いと無気力だった。
「ソウシの模擬戦相手は、マリーニアスよ」
担任であるアイナが指示する。この学園は授業ごとに教師を分けるのでは無く、担任が常に授業を行い、必要な科目に応じて入れ替わる体制をとっていた。
Aクラスの担任を任されている時点で、その教師の優秀さは学院長であるドールセンの、信頼の高さを伺わせる。
「私が態々落ちこぼれの相手を務めるのですか? 申し訳ありませんがお断り致します。あちらで剣でも降っていなさいな」
「う、うん……僕はそれで良いなら構わないけど」
「ダメに決まってるでしょ! これは授業なんですよ? マリーニアスも言う事を聞きなさい! 勝手にソウシに命令しない!」
「はぁ〜い……」
「……分かりました」
気怠そうに金髪の巻き髪をクルクルと指で遊ぶ少女は、気品溢れるお嬢様だ。マグルから東にある国の貴族の娘であり、幼い頃から剣術と魔術の研鑽を積んでいる。誰もが認めるれっきとしたAクラス生徒だった。
対してソウシは木剣をダラリと下げ、構えすらとらずにまるでやる気を感じさせない。ドーカム、サーニア、メルクの三人は、またかと目頭を手で抑えて項垂れた。
___________
『時は遡る。ソウシの学院入学初日』
三人の前に現れた少年の姿は、まるで大切な者を亡くしたかの如き深淵を瞳に宿していた。その様相に一体何があったのかと駆け寄るが、一切何も応えない。
そこへ予想外の人物が現れた。この国第三王位継承権を持つ姫テレスだ。
「初めまして、私は二年Aクラスのテレスです。ソウシと共に入学試験を受けた者達で相違無いかしら?」
「は、はい! 僕達です!」
「ソウシは今、少し体調を崩していてね。入学が遅れたのもその所為なの。よければクラス内では貴方達が支えてあげてくれないかしら? 私じゃ駄目みたいで……」
三人の目に映る先輩は、まるで愛しい人を見つめる恋人の様に、悲痛な表情を浮かべていた。姫様に心痛を抱かせる程の存在なのだと、ドーカムは己の考えを改める。
「お任せ下さい。私も職業『騎士』の端くれ、必ずや立ち直らせて見せましょう!」
「ありがとう。頼りにしているわ、ドーカム」
「な、何故私の名を⁉︎」
「ソウシのクラスメートの名前くらい、一眼見れば覚えられるわよ」
「……流石二年最強の才女ね」
「あら? 貴女こそAランク冒険者の資格を持つ、入学試験歴代最高のポイント記録者だと聞いているわよ?--例外を除けばね」
「どうでも良いにゃ、ソウシはあたいが守るから心配無いにゃよ!」
「守るね……でも、余計な真似をしない様に」
一瞬放たれた殺気に、獣人であるサーニアは反応せざるを得ない。
「あっ? 余計な真似って何かにゃ? あたいがソウシの側にいて、何か都合が悪いのかにゃ?」
明らかな挑発をする猫娘に対して、引くかと思いきやテレスは身を乗り出して応える。
「私の男に手を出したら殺すって言ってんのよ。分かった? お馬鹿な獣人ちゃん?」
「にゃっ⁉︎ 絶対譲らないにゃ!」
姫は青髪を靡かせ、からかい半分にサーニアを挑発する。あくまで半分だ。婚約していても、この腑抜けた姿に失望しているのは変わらない。
魔族と戦う姿を城の水晶から見た時には見惚れ、心と身体が震えたーー
ーーしかし、その後の行動には共感出来ない軋轢を生じさせている。
己の国の国民を殺した存在を庇う行為を、ガイナスの様に理解する事は出来ず、簡単に容認する事は難しかった。
「とにかく、宜しく頼むわね」
後方に佇むソウシの肩を叩くと、テレスは自らのクラスに歩きだした。その姿は後輩達から見て、先輩足らしめる自信に満ちた姿だ。
直後、三人は急いでソウシの元へ駆け寄る。本当に本心から心配していたのだ。約束した期間に現われず、何かがあったのだと話し合っていた。
「一体何があったんだ? 無理に話せとは言わないが、お前が魔族と内通者だとか意味の分からない噂が街中に蔓延ってる……心配したんだぞ!」
「……意味不明」
「どうでも良いにゃよ! 無事ならそれが一番にゃ! 見て、同じクラスにゃよ?」
話し掛けてくる三人に対して、ソウシは明らかに無理をしている乾いた笑みを浮かべていた。
「ありがとう……これからよろしくね……」
その姿は弱々しく、試験の時に見せた圧倒的な力を感じさせもしない。
その後の行動は、三人に溜息を吐かせる程、無気力だった……
__________
「さぁ、行きますわよ!」
「…………」
マリーニアスが木剣を胴体目掛けて刺突すると、ソウシは下段から跳ね上げる。そこへ回し蹴りが打ち込まれ、軽く背後に飛び退いた。
「私の突きを偶然とはいえ、防いだ事は褒めて差し上げましょう! しかし、その後の対応が余りに稚拙! やる気はありますの⁉︎」
「やる気か……そんなものは無いかな。あと、君はもう少し慎重に攻撃をした方がいいよ? 相手が僕だからって、剣筋が雑すぎる」
「五月蝿い! 落ちこぼれの分際で私に助言しようなどと、調子に乗り過ぎですわよ‼︎」
「別に……感じた事を言ったまでさ」
助言を聞かずに、突進するマリーニアスの足元は隙だらけだった。だが、ソウシは見つめるだけで動かない。己から攻める事を一切せずに、剣戟を逸らし続ける。
ーーアイナはその模擬戦を、まるで真剣勝負を見つめるかの如く、目を凝らして観戦していた。
「やっぱりあの子、手を抜いてる……」
攻められ続けている様に見せて、一度も直接的なダメージを受けていない。
生徒達はまるでマリーニアスが圧倒しているかの様に声援を送り続けているが、実力差は明らかだった。
「ほらほら! 防戦一方ですの?」
「……そろそろかな」
ボソッと呟いた直後、木剣が宙に弾き飛ばされる。黒髪の少年はしたり顔のお嬢様に向けて宣言した。
「参った」
ーー無表情のまま、降参だと両手を挙げる。
「にゃ⁉︎」
「彼奴、またやりやがった!」
「……お仕置き決定」
サーニア、ドーカム、メルクの三人はずっと仲間として側にいる為、今の行動の意味を理解している。
適当な所で手を抜き、敗北を宣言する。一体何度その姿を見せ付けられた事かーー
「ふぅっ……落ちこぼれの貴方は、このAクラスに相応しくありませんわ? さっさと退学なさい」
「……そうかもね。僕自身が一番それを願っているよ」
ーー仲間の元へ戻った際に送られるのは励ましの言葉ではなく、侮蔑の視線だ。
「お前……そろそろ良い加減にしろ」
「……真面目に戦え、相手に失礼」
「気にするにゃ! ソウシは悪くないにゃ!」
サーニアが責められるべき対象の前に立ちはだかり、怒りを露わにする二人を嗜める。それに対してソウシは一歩前に進み出て、最悪の台詞を発した。
「僕の事なんか放っておけって言ってるだろ? 関わらなければ、苛つく事も無いじゃないか」
「本気で言ってるのか?」
「……最低」
二人の哀しげな表情に苛まれ、逃げる様にその場を後にした。追い掛けてくるのはサーニアだけだ。
学院の通路の柱に手を掛け蹲る姿を見て、包み込む様に背後から抱き締める。
「辛いなら、あんな演技止めれば良いにゃ……」
「僕は関わって欲しく無いんだ。サーニア、離れて……」
「そんな泣き虫さんを放っておけないにゃ〜! あたいはずっと側にいるにゃ」
「……ごめん」
ソウシは涙を拭い去り、その場を後にする。差し伸べられた手を払いのけ、一人でいる事を望んだのだ。
何度拒まれてもめげないと誓った獣人の少女は、その背を追い掛けつつ何も言わずに寄り添う道を選ぶ。
ーー「僕はもう、戦わない」
勇者は落ちこぼれと蔑まれたまま、マグル魔術学院での生活を送っていた。
心は徐々に平静を取り戻していたが、導き出した結論は歪なままに……
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