第15話 絶望を抱いて眠れ 2

 

『ヒール』

 ガイナスはソウシが敵の注意を引いてくれている間に、回復魔術を施していた。徐ろに立ち上がり、横に並び立つ。


「大丈夫ですか、膝が震えてますよ? しかし……助かりました。まさかあんな所に隠れていたとは……」

「僕の方がびっくりだよ。木箱の中じゃ状況は分からなかったし、隙間から姿が見えなかったら絶対に飛び出さなかったのに」

「ふふっ! なんだかんだ言っても、そこで飛び出せる勇気を貴方はしっかり持ち合わせているのですね」

「褒めてる場合じゃないよ! ほら見てピンク髪の人、凄いこっちを睨んでるよ!」


 ランナテッサは睨んでなどいない、懸命に頭を働かせ、次なる一手と観察に全力を注いでいる。

 ガイナスから見て己の強さが計算外だった様に、ソウシをまるで未知の存在だと認識していた。爪を噛みながら、初めて困惑の表情を浮かべる。


「一体何なのよあいつ……強い? ううん、違う。確かに動きは早いし力もあるけど、さっきのはあの剣の力だよね。ーーそれさえどうにか出来れば勝機はあるかな」

 軽い口調に似合わぬ激情を秘めたランナテッサは、その実、知能の高さで他の魔族を圧倒していた。魔術の解析から、敵のスキルの分析、仕草を読んだ先読み、その観察眼こそが最も秀でているのだ。


「ねぇ〜。君は一体何者なのかなぁ? その手に持ってる剣って、何処で手に入れたのかお姉さんに教えてよ〜?」

「べ、別に教えてもいいけど、えっと……僕の方が年上だと思うんだけどなぁ」


 ピキッ! ーー桃髪の少女の額に青筋が浮き上がる。


「君、今どこを見てそう思った?」

「えっ? 身長とか顔かな。君の方が年下でしょ?」

「顔と身長か。そうか、それなら許す。ーー命拾いしたね」

「ど、どうしたのかな……ねぇ、君はなんでこの国を攻めるの? 大人しく帰ってくれないかな?」


 少年は戦わずに交渉で済むならそれが一番いいと考え、勇気を出して話し掛ける。魔族の少女は会話の中から、少しでも情報を引き出そうと応じていた。


「ソウシ、既に放たれた魔獣に街は襲われているのです。騎士隊もこの敵に大分数を減らされて、今頃苦戦している事でしょう。交渉の余地は無いのです」

「で、でも……」

「君さぁ、もしかして戦うのが怖いの? さっきの力を見せてみなよ。ほらっ! 『フレイムランス』!」

 魔族から突然放たれた炎槍は、先程とは違い勢いに乏しい。明らかにソウシの力を確かめようとしているのだと、ガイナスは感じ取ったがーー

「うわあああああああああぁっ!」

 ーーソウシは避ければ良いものを、恐怖から足が竦んでしまい、まんまとアルフィリアの煌めきを晒してしまう。


「その輝き……ま、まさか⁉︎ 『聖剣』だとでも言うの⁉︎」

「えっ……うん、そうだよ」

「馬鹿! 素直に敵に情報を与えてどうするのですか!」

 眼前で怒られている少年の手に握られた聖剣を注視しながら、ランナテッサは一歩後退ると、決意の炎をその瞳に宿し始めた。


「絶対にその剣だけは破壊するか、封印させて貰うよ! 『メルフレイムスネーク』!」

 再び炎蛇を放つと同時に、詠唱を開始する。

「狂わし、惑わせ、現界を揺らがせる其方の名を呼ぼう。我は闇に忠誠を誓う者なり、贄を望むならば魂を捧げよう。喰らえ、喰らえ、喰らえ! 出でよ! 『エルダークドラゴン』!」


 聖剣で先程と同じく炎蛇を斬り裂いたソウシが目にしたものは、大地に描かれた召喚陣から噴き出た、黒炎のブレスだった。

 空中で圧倒的な存在感を放ちながら、徐々に肉体が形成されてゆく。十五メートルを超えた黒く巨大な刺々しい身体、黒曜石の如き鱗、曲がりくねった太い二本の角。


 ーーそして紅眼がギラリと獲物を睨み付け、咆哮を轟かせた。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎」

「うわああああああああああああああああああああーーっ⁉︎」


 悲鳴を上げ、尻餅を付いて怯えるソウシを横目に、聖騎士長はーー

「そ、そんなまさか⁉︎」

 ーー目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。


「邪竜召喚だと⁉︎ そんな事が出来たとは……」

「無理だよ。無理、無理! 逃げよう!」

「あははぁ〜? ランナテッサちゃんの凄さが漸く理解できたかなぁ〜? でも、もう遅いんだよ! このエルダークドラゴンは、百人以上の魂を贄として捧げないと消えてくれないからね〜」


「なんて事だ……」

「無理、無理、無理、無理だってばぁーー!」


「ソウシ! 無理無理煩いですよ! ちょっと黙ってなさい!」

「じゃあ、僕は逃げるから! 後は宜しくね!」


「待てえぃっ! 男の子なら誰しも憧れる竜退治ですよ! やりましたね、夢が叶ったんです!」

「そんな夢一寸たりとも抱いとらんわ! 僕の夢は村人になる事じゃい!」

「ほらっ! 勝てたら好きな鎧を買って上げましょう! いくら高くても構いませんよ? そうだ、今なら学院用の短剣も付いて来て、大変お得!」


「アホかぁ! その台詞を聞いて僕がーー『わぁ〜い! 鎧を買ったら短剣まで付いてくるなんて! これは頑張って戦うぞぉ〜』とでも言うと思ってんなら、頭に治癒魔術掛け直せ‼︎」

「ちっ……私が子供の頃は、父上にこの手で散々釣られたのに……」

 暫くそのやり取りを眺めていたランナテッサは、痺れを切らしてエルダークドラゴンに魔力を流し始める。ある程度人の魂を喰らわせる迄は、肉体を維持する為のサポートが必要だったのだ。


「ギャアウッ!」

 黒竜は背の翼を大きく開くと、無数の黒羽根を二人に向かって弾丸の如く撃ち放った。

「拙い! ソウシ、急いで私の背後へ! 『シールド』!」

 ソウシはガイナスの指示通り背後に回り身を屈めると、恐怖から目を瞑って蹲っている。

「ひいぃぃ〜〜っ!」


 シールドを突き破ろうと黒羽根と魔術が打つかり合い、金切り音を響かせていた。直後、『バリン!』っと破壊音が鳴り、ソウシは何の音だと恐る恐る瞼を開く。

 そこで目にしたのは光景はーー

「や、やはり防ぎ切れませんでしたか……ガハッ! 無事ですか?」

「ガイナスーー‼︎ 大丈夫なの⁉︎」

「いやはや、失敗しました。剣さえあれば……これじゃあ聖騎士長失格ですねーーゴプッ」

 ーー口元から吐血し、弱々しく倒れた騎士の腹部には、七本の黒羽根が突き刺さっている。


「早く回復を!」」

 ソウシがガイナスの傷付いた身体を抱き抱えようとした瞬間、頭上からエルダークドラゴンの爪が襲い掛かった。咄嗟に身体を捻り、アルフィリアで受け流す事に成功するが、ガイナスから引き離されてしまう。

「ちくしょう! 邪魔するなよ!」

「そのお兄さんの事はもう諦めなよ〜? 今度は自分の番なんだからさぁ!」

「五月蝿い! これ以上非道い事したら、絶対にお前を許さないぞ!」

 ソウシは必死に強がりながら脅しをかけるが、その間にも竜の尻尾が迫り狂い、弾き飛ばされるのを必死で防いでいた。

 牙も含めて三方向から同時に攻められ続け、躱しながらもアルフィリアで斬りつけるのだが、黒鱗の硬さから致命傷を与えられずに苦戦を強いられている。


「ん〜? 魔族の間で恐れられる聖剣ってさぁ、本当にその程度の力だったかなぁ? なんかガッカリだよ〜」

「グルルルッ!」

 黒竜は中々攻撃が当たらない事に痺れを切らし、先ずガイナスを喰らおうと飛び上がった。出血から既に気絶していたのだ。

 距離的に間に合わないと焦ったソウシは、咄嗟に今まで忘れていた学院試験で覚えた魔術を唱える。

「間に合え! 『アポラ』‼︎」


 放たれた聖球は、背中からエルダークドラゴンの鱗を剥ぎ取り、螺旋を描きながら肉を抉った。

 聖属性の魔術は、闇の特性に対して高い優位性を兼ね備えているのだ。


「ギャオォォォォン!」

「き、効いた? うわぁぁ! 『アポラ』『アポラ』『アポラ』‼︎」

 次々と黒竜にダメージを与え続けていると、突如横から炎蛇が襲い掛かった。

「聖魔術まで隠し持っていたなんて、本当に恐ろしい子供ね! いい加減に倒れろ!」

 咄嗟の不意打ちにーー

(やられる!)

 ーーそう意識した瞬間、脳内に新しい魔術名が浮かんだ。アルフィリアから知識が流れこんでくる。


「一か八かだ! 『セイントフィールド』!」

 周囲に半円形の結界が張られ、炎蛇は境界面に当たると同時に四散した。余りの強固さに、ランナテッサは驚きから冷や汗を流す。

 同じくエルダークドラゴンの攻撃も、結界を傷つける事が出来ずにいた。


 ーー勇者の新しく目覚めた力によって、形勢は確実に有利に運ぼうとしている。そんな中、この場へ飛び込んできた場違い存在がいたのだ。


「ソウシ! 一体どうなってんのよ! ガイナスさんは無事なの⁉︎」

「えっ⁉︎ 何でお姉ちゃんがここに⁉︎ 来ちゃダメだ! 逃げて!」

 弟の忠告を聞かず、ガイナスのいる方向へ駆け出したセリビアを、容赦無く竜の黒羽根が貫いた。


 刺さっているだけじゃない。貫通したのだ……

 ソウシの目にはまるでスローモーションの様に、今まさに倒れようとしている姉の姿が映っている。


「うわああああああああああああああああああああああああ〜〜っ‼︎」

 セリビアは意識を失い、流れ出る血溜まりに沈んだ。ニヤニヤと愉悦に浸るランナテッサは、追撃せずに勇者の絶叫する様子を眺めていたのだ。

 だが、涙を流し、天を見上げて咆える少年は次第に変貌を遂げていく。


「えっ? ええっ……? 『アレ』は一体何? 空気が震えてる……地面が振動してる……嘘でしょ?」

 魔族の表情は、嬉々としたにやけ面から一変してみるみる蒼褪め始めた。観察眼から異常な事態だと理解してしまったのだ。

 聖剣アルフィリアは、青白い燐光を煌めかせながら本来の形へと戻った。そして解き放たれたステータスは、怒りに呼応して足元の大地を砕き、空へと一筋の光柱を昇らせる。


 少年は涙を流しながら、今までと全く違う敵意を宿した威圧を、少女と黒竜へ向けて放った。

「よくも、僕の大切な人達を傷付けたな! 許さない……絶対に許さないぞ‼︎」

「も、もう一回だけ聞くわね……君は何なのよぉっ⁉︎」


 ーー「僕はソウシ‼︎ 『勇者』ソウシだっ‼︎」


 初めて己の職業を他人に自ら名乗ったその時、アルフィリアの歓喜に応えるかの如く、蒼炎が身体を包み込み、鎧へと変化した。

 聖剣の剣身と同じ色をしており、神秘なる輝きと炎を放つその鎧は、一切動きを阻害する事なく、意志により自由自在に形態を変化させる。

 名は『天炎の鎧』だとソウシの脳内へ知識が流れ込んだ。


「いくぞ……後悔しろ!」


 勇者はゆっくりと『敵』に向けて歩き出す。魔族にとって恐るべき殲滅が、この時より始まった……

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