第16話 絶望を抱いて眠れ 3

 

 ーー封印を解き、覚醒した勇者は聖剣に問い掛ける。


「アルフィリア、君の正しい使い方を僕に教えて欲しい。さっきセイントフィールドの知識をくれたのは君だろう?」

『そうだ』と言わんばかりに、聖剣は青い燐光を舞わせた。同時に聖剣の持つ膨大な知識が渦のように流れ込んで来る。


「うん、僕にも解るよ。ありがとうね」

 ソウシは普段と違い、精悍な顔付きで刃を一撫ですると、敵と認識した標的へ向けて歩み始める。倒れた二人を早々に治療しなければ拙いと判断し、最初から全開で力を解放していた。


「ゆ、勇者だって? 魔族の天敵……伝説が実在したと言うの? そんな訳無い……ハッタリよ! 行け、エルダークドラゴン‼︎」

「ギャオオオオオオオオオオオォゥゥ‼︎」

 黒竜は雄叫びを轟かせながら、翼を広げて再び襲い掛かる。右爪を振り下ろすと、防御さえ取らない人間の姿を見て、先程と同じく怯えて動け無いのだろうと口元を吊り上げた。


「遅いんだよ……」

 勇者は聖剣を軽く振ると、いつの間にかエルダークドラゴンの背後に立っていた。

 ーー瞬断。

 黒竜の右腕は根元からぼとりと大地に落ち、知覚する迄に時間を要する程の疾さ……眼前にいた筈の獲物が、突然背後にいる困惑。

 徐々に湧き上がる痛みに耐えきれず、エルダークドラゴンは悲鳴を上げた。


「グガァッ! ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「煩い……もう黙れ」

 ソウシは軽々と尻尾を一刀両断し、まるで踊る様に回転しながら背中の肉を剥ぎとる。血飛沫が舞う中、聖剣を首元に突き刺し咆哮した。


「消滅しろ! いくよアルフィリア、『輝聖蒼刃』!」

 聖剣は剣先から極大の蒼炎を纏った閃光を放つと、黒竜の頭部は一瞬で消滅する。勢いそのままに刃を振り下ろして身体を真っ二つに両断し、骨も残さぬ程に焼き尽くした。


 ランナテッサは己の最大最強の魔獣が瞬殺された光景を目の当たりにして、『勇者』の存在を認めざるを得ない。

「に、逃げなきゃ! あんな奴相手に勝てる訳無いじゃ無い!」


 逃走を図る桃髪の少女に向かい、勇者は疾駆する。魔族は捕まったら殺されるという恐怖から、足取りがもたついていた。敵が動揺している間に、首元へ聖剣を突き付ける。

 そして、穏やかではあるが冷酷な眼差しを向けて語り掛けた。


「ねぇ、君を助けてあげる方法が一つだけあるんだけどーー聞くかい?」

「うん! あっ、はい! 教えて下さい!」

「君の持っている回復薬を全部渡して? そうしたら命だけは助けてあげるよ」

「……分かりました」

 ランナテッサはポーチから四本の回復薬を取り出すと、素直にソウシへ受け渡す。一瞬でガイナスとセリビアの元に駆けつけ、一本は傷口に振り撒き、もう一本は口元から流し込んで飲ませた。


「私が毒薬を渡したと疑わないの?」

「顔を見れば判るし、アルフィリアが教えてくれるからね」

「……勇者か」

 魔族は心を折られて呆然としていた。しかし、人族へ抱いていた憎しみが、この少年相手には不思議と湧き上がらない事に気付き、静かに仲間を治療する光景を眺め続けている。


 ーー暫くすると、先に聖騎士長が目を覚ました。


「ソウシ……無事でしたか。また助けられてしまったみたいですね」

「いいんだよ。それよりもお姉ちゃんの治療をお願いしたいんだ。ガイナスよりダメージが大きくて、回復薬だけじゃ起きてくれないんだよ!」

「セリビアさんが⁉︎ それは寝ている場合じゃないな、任せて下さい! 私の命に代えても救って見せましょう!」

「……元気だな、おい」


 愛しい人の危機を知った男はすかさず立ち上がり、怪我は如何したと言わんばかりの俊敏さで駆け寄り、『ヒール』を唱え続ける。


「この様子なら大丈夫かな。ねぇ、ランナテッサって言ったっけ? 魔獣達を撤退させてくれない?」

「無理だよ……魔獣は狂乱化してるから、死ぬまで人族を狩り続けるんだ」

「うん、分かったよ! じゃあ駆逐するしかないね。君をここに残す訳にはいかないから、一緒について来て貰うよ」

「えっ? ついて行く?」

 ソウシは左脇にランナテッサを抱き抱えると、聖剣が見せる光の道筋へ全力で走り出した。

 光速で動く『何か』が街中に蔓延る魔獣を次々と一撃で消滅させていく光景に、兵士達は神の奇跡を思い起こし、涙を流しながら歓声と声援を向ける。


「次はこっちだな……」

「止めてぇぇぇ⁉︎ 死ぬ! 息が出来ないってばぁぁぁーー‼︎ ぐるじぃぃーー!」

 ランナテッサは絶叫しながら『止めて』と訴えるが、風圧に耐えきれずに気絶した。ソウシは魔獣を狩るのに集中していて気付いていない。

 街中に放たれた魔獣は抵抗する間も無く殲滅されていく。ブラックゴブリンは頭を『アポラ』に吹き飛ばされ、オーガは首を瞬時に刎ねられ絶命した。


「そろそろかな狩り尽くしたかな。ランナテッサ? ーーあれ?」

 漸く抱きかかえていた存在が気絶している事に気がつくと、目立たない様に路地裏の広場に着地して、ゆっくりと地面に寝かせる。

 普段のソウシならこのまま逃げる筈なのだが、魔族の身体を起こし、背中を軽く叩いて意識を無理矢理覚醒させた。


「ガハッ! はぁっ、はぁっ! き、君はやっぱり私を殺す気だったんだね⁉︎」

「誤解だよ! いつの間にか気絶していたのは、ランナテッサの方じゃないか!」

「気安く名前で呼ぶなぁ! 呼ぶならランナテッサちゃんって呼べ!」

「えっ? 別に良いけど……あんまり変わらなくない?」


「呼び捨てにして良いのは恋人だけって決めてるの!」

「おぉ! そんな子供なのにもう恋人がいるのかぁ。凄いねぇ……僕なんてまだ恋もした事が無いんだよ」

「そ、そりゃあ、私位の可愛い美少女となれば、こ、恋人の一人や二人いるわよ?」

「ねぇ、アルフィリアが嘘だって言ってるよ」

 図星を突かれ、少女は首を左右に振りながら、桃色の髪を振り乱して激しく動揺する。少年は目を細めつつ睨んでいたが、本題に戻った。


「あのね。魔獣は刈り尽くしたと思うし、もうこの国を攻めないって約束してくれるなら、このまま逃げても良いよ」

「……それは約束出来ないよ。私達は戦争してるんだ。生まれた村も、ーー人族に滅ぼされた」

 ランナテッサの悲痛な面持ちに、嘘偽りが無い事を理解して押し黙る。今まで世情の事など全く興味も無く、山の中で暮らして来た自分が、一体どんな言葉を掛けられるというのだ。


「あははっ。なんで君が泣きそうになってるのさ。本当に変な奴だね……」

「ふふっ! 僕はただの村人だからね」

「それはきっと叶わない夢だよ。少なくとも私が勇者の事を報告すれば、君は魔族中から狙われる。この国はその際に標的になるよ」

「それは流石に困るから、黙っていてくれーーって訳にはいかないんだよねぇ?」

 心底嫌そうな顔をする少年を眺めながら、ランナテッサはまるでセリビアが弟を見つめる時に似た慈愛の表情を浮かべ、柔和に口元を上げて微笑んだ。


「本当に不思議な子。『最後』に一つ正しておくけど、私はこの見かけでも二十歳を超えていて、君よりもずっとお姉さんなんだよ? 君と同い歳くらいの弟もいるしね」

「えぇぇぇ〜! さすが魔族は違うね! みんな身体が小さいのかい?」

「……私が小さいだけよ。君はもう少しデリカシーって言葉を覚えた方がいいかな」

「ご、ごめん! 僕はずっと山奥に暮らしていたから、余り人との会話に慣れていないんだよ」


「あぁ……だからかな? 君からは全然嫌な臭いがしないね。もっと早く出会えれば良かった……」

「ん? きっとまたいつか会えるよ。いつか戦争なんか終わるさ! あのね、さっき戦ってたガイナスの家のメイドさんが作る料理は絶品なんだよ! 平和になったら一緒に食べようよ!」

「そうね。そんな時が来ればいいよね……」

 ランナテッサはゆっくりとソウシに近付くと、優しく身体を抱き締めた。その瞳に涙を溜めながら、腰から回した両手で右手を握る。

 勇者は突然抱き締められた事により、顔を真っ赤にして動揺していた。聖剣の警告に気付くのが一瞬遅れたのだ。


 ーーズズッ!


「えっ?」

「ガハッ! ご、ごめんね。強く生きるんだよ? 君に、出会えて良かった……」

 ランナテッサはアルフィリアの柄を握りしめ、ソウシの右手ごと下方から己の心臓に向けて剣先を刺し貫いた。ズルズルと力無くしな垂れ落ちる。

「えっ? えっ?」

 勇者は黒髪を振り乱し、困惑し過ぎて状況が理解出来ない。己の右手に残る人間を貫いた感覚と、胴体にこびり付く血跡。先程まで普通に会話していた女性が何故、この様な行動を起こしたのか。


「どうして⁉︎ 逃げればいいじゃ無いか!」

「魔族にはね……記憶を読む、魔術の使い手、がい、るのよ……」

「だからって死ぬ必要なんか無いよ! 僕の事なんか放っておけば良いだろ!」

「ふふっ……いいから、ガハッ! 護られなさいよ。私は君が、気に入ったんだ、から」

 その言葉を最後に、微笑を浮かべたまま魔族ランナテッサは力尽き絶命した。ソウシは身体の奥底から湧き上がる悍ましい感覚に、堪らず絶叫を響き渡らせる。


「うわあああああああああああああああああああぁっ! 何で⁉︎ 何でなんだよおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 戦いは終わりを告げる。勇者は初めて己の手で魔獣と『魔族』を殺した恐怖から、痛哭に身を震わせていた……

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