第14話 絶望を抱いて眠れ 1
「きゃああああああああああーー!!」
「うわぁっ! 来るなあぁっ!」
「助けてくれぇぇーー!」
木箱に隠れていたソウシは、突然騒ぎ出した街中の悲鳴を聞きながらも、唯ひたすらに耳を塞いで蹲っていた。
一体何が起こっているのか? 背筋を奔る悪寒は、明らかに先程とは異なるマグルの喧騒を知らせている。
「ぼ、僕には関係ない、ここに隠れていればいいんだ……」
路地裏の木箱の中で現実から目を背けるその姿は、非道く矮小さを醸し出していた。恐怖から動き出せないのだ。
ガタガタと震えながら膝を抱え、丸々と縮こまった姿を見て聖剣は失望する。
(なんて情けない主人なんだ……)
__________
「一体、何が起こっているのですか⁉︎」
城下町から火勢が上がり、逃げ惑う民衆の垣根を避けつつ、ガイナスは騒ぎの中心へと駆け出した。
そこで目にした凄惨な光景は、想像を絶するものだ。
ーークッチャ、グチャァッ、バキッ、ボキィッ。
キングオーガが屠った男にむしゃぶりついていた。焦燥、困惑、ーー様々な感情が襲いかかる中、周囲の恐怖に満ちた狂乱から瞬時に状況を把握する。
「死ねえぇぇぇーーっ!!」
聖騎士長は弓を構え、先程の戦いでは見せなかった、矢を五発同時に発射する荒技を放つと、ゴブリンやヘルドッグの頭部を貫き絶命させた。
キングオーガは瞬時に棍棒を立てて、攻撃を防いでいる。ガイナスはその姿に舌打ちしながらも、考えを改めた。
(剣が無ければ奴にはとどめをさせない……)
「しかし、一体この数の魔獣をどうやって街中に送り込んだのだ……」
焦燥感に苛まれたガイナスの元へ、予想だにし得ない存在が現れる。
「あはぁぁ〜? 知りたい? 知りたいの? イケメンだから教えてあげてもいいよぉ〜?」
「な、何者だ!」
「怯えないでよぉ〜? みんなのアイドル、ランナテッサちゃんが話しかけて上げてるんだよぉ〜? ここは感動して、大泣きする場面じゃないかなぁ〜?」
「貴様魔族か! 一体どうやって国に入りこんだんだ?」
「ん〜〜適当に? こんな封印も無い場所はさ、転移すればいいだけでしょう? ランナテッサちゃんの下僕には、転移が得意な魔獣がいるのだよ〜」
「『キーパー』と呼ばれる魔獣だったか……なるほど、つまりお前を倒せば戦況は変わる訳だな!」
直後、構えていた弓から魔族へ向け、矢を三連射する。寸分違わず軌道を重ねた矢が空気を切り裂くが、少女の周囲を纏う『風壁』に弾き飛ばされた。
「チッ! 結界か……」
「その程度でランナテッサちゃんの『風壁』は破れないよ〜? ちょっとだけムカついたから、跪いてね!」
十三歳前後の、魔法少女の様なコスチュームを着飾ったピンク髪の少女から放たれたのは『スネークバインド』という魔術だ。だがその威力は、通常の同魔術の威力を遥かに上回っていた。
「な、何だ! その大蛇は⁉︎」
ガイナスの首から胴体に向けて絡みつく大蛇は、徐々に締め付ける力を増していく。
桃髪の少女は愉悦に浸りながら、まるで回転車を回り続けるネズミを見つめるかの様な冷酷な視線を向け、口元を三日月に吊り上げた。
「ぐうぅぅうぅぅ!」
「無理無理、その子に捕まっちゃたらお兄さんの力じゃ抜け出せないよ。ランナテッサちゃんはこの瞬間が大好きなんだぁ? 強者が屈服して命乞いをする時、漏れ出す絶望と砕けた誇り! ねぇ、早く見せて? 見せて、見せて、見せて、見せて、見せて、見せてぇぇぇぇ〜〜⁉︎」
狂乱する魔族に、聖騎士長は侮蔑の視線を向け、同時に余裕に満ちた微笑みを浮かべる。
「がはっ! わ、私以上の強者が、きっと貴方を滅ぼすでしょう……今は時間稼ぎをさせて貰います!」
闘気を纏った手刀で大蛇の首を切り落とすと、地面を転げ回ると同時に矢を曲射した。『風壁』に弾かれるものの、矢の弾かれ方を計算した必中の一手を撃っていたのだ。
ーーチュンッ!
僅かに軌道が逸れたが、少女の頬を一筋の赤が伝う。わなわなと震えながら、己の血を舌で舐めとるその表情は、魔族というより悪魔の方が相応しい程に冷酷だった。
「変態め……」
「あはっ、あははははっ! 殺す、殺す、殺すぅぅぅーー‼︎」
冷ややかな視線を向ける聖騎士長へランナテッサは襲い掛かる。だが両手を垂らして隙だらけであり、まるで『攻撃すれば?』と挑発している様だった。
背筋に奔る悪寒と、己が今まで戦ってきた直感が全力で『逃げろ!』と警鐘を鳴らしている。咄嗟に飛び退いて避けたが、攻撃された場所は、巨岩が落ちた様に砕かれ陥没した。
「ちぇっ! 逃げないでよお兄さ〜ん。超絶美少女と抱き合えるんだよ? 喜びの余り天国に行けちゃうよ〜?」
口元を三日月に吊り上げらせながら、ゆっくりと迫る少女の姿に冷や汗を流した。魔族が強力なのは戦争で身に染みているが、眼前の存在は明らかに己の知る常規を逸していている。
「そろそろ飽きてきたから、終わらせようかなぁ?」
「連れないですねぇ。もう少し私と踊ってくれてもいいではありませんか?」
「おや? 今度は会話で時間稼ぎかなぁ。ここに迫ってる気勢があるよ? 君の部下でしょ〜」
「次はみんなで踊るのは如何ですか? きっと楽しい舞踏会になりますよ」
「あははっ! じゃあ敢えてその提案に乗ってあげるよ〜! イケメンお兄さん、見ててね?」
ランナテッサはキングオーガに視線を向けると、軽く頷き合図する。ガイナスはその光景を見ながら猛烈に嫌な予感に苛まれたが、動き出しが遅く間に合わない。
キングオーガが駆け出して、棍棒を地面を削りながら振り上げると、その先に足の爪先を立てて乗り、勢いよく空中に舞い上がった。
「逝けぇ! 『メルフレイムスネーク』!」
最上級の火魔術に蛇の形態を取らせ、畝り狂った火炎の大蛇は、空中からこちらに向かってくる騎士隊の面々を呑み込むと同時に燃やし尽くしていく。
「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーー‼︎」」」」
兵士達の阿鼻叫喚が街中に響き渡ると、聖騎士長は口元を歪ませ、己がしくじった事をはっきりと理解した。
相手の力量を図り損ねたのだ……
「あははっ! 凄い顔してるよお兄さん! ねぇ、いつその強者は現れるのぉ〜? このままじゃ私が燃やし尽くしちゃうよぉ〜」
「くっ! 黙れぇーー!」
残った矢は四本。冷静さを欠いた状態で、激昂のままに額に向けて斉射するがーー
ーーカキィン!
キングオーガが棍棒を振り上げて、全ての矢を軌道上から弾き飛ばす。
残された弓を片手に、八方塞がりへ追い込まれたガイナスは、無いよりましかと弓を剣に見立てて構えた。
「お兄さんってもしかして剣士? 弓をそんな使い方する時点で馬鹿決定なの〜! あっ、矢が尽きちゃったとか?」
「煩いですよ。いいから掛かって来なさい。私はどんな武器だろうが負けません。マグル聖騎士長の力を思い知らせてあげますよ」
「減らず口叩く前にさぁ。ねぇ、あの子……殺していいかなぁ?」
桃髪の少女が指差した先には、逃げ遅れて何が如何なってるのか理解すらしていない子供が、人形を抱きながら歩いている。逸れた親を探していたのだ。
「なんだと⁉︎ 子供は関係無いだろうが!」
「えっ? 戦争に大人とか子供って関係あるのかなぁ〜。ランナテッサちゃんわかんない〜。えいっ! 『フレイムランス』!」
放たれた炎槍は、魔力の強大さから槍ではなく、最早『柱』と呼べる程に重圧な熱の塊だった。
このままでは子供を救えないと悟ったガイナスは、魔術の先端に向けて思い切りアダマンチウム製の弓を打ち込む。
若干軌道を逸らす事には成功するものの、その火勢の凄まじさから、炎に飲み込まれ悶え狂った。
「ぐはああああああああああああああああああああっ‼︎」
「あはははははっ! やっぱり庇った! そりゃあ見殺しには出来ないよねぇ〜」
「げ、下劣め! 恥を知れ!」
「はぁっ? お前らが私達を攻めて来た時に、優しさなんて見せた事があるかぁ? 子供だろうが斬り裂いて犯したでしょう? 自分達がしてきた事を棚に上げて、今更綺麗ごとを言ってんじゃ無いよぉ! 滅ぼしたんなら滅ぼされる覚悟位しとけぇ! 謝ったってあの子は帰って来ないんだ!」
素の口調に戻り、涙を零しながら怒り狂った魔族ランナテッサは、倒れたガイナスに極大の火魔術を放った。同時にその背後を追って、キングオーガは棍棒を振り上げている。
既に先程の子供は恐怖から逃げ出していた。騎士として守れた事に安堵すると、小さく拳を握り込む。
ーー後は託すだけだ。
「ここまでか……後は頼みましたよソウシ……」
己の死を覚悟した瞬間、右側の裏通りに置かれた木箱が破砕し、人影が飛び出した。
「うわああああああああああああっ! 来ぉい! アルフィリアーー!」
放たれた火魔術は霧散し、キングオーガは棍棒ごと胴体を真っ二つに両断された。魔獣は何が起こったのか理解すら出来ずに崩れ落ちる。
「……はっ?」
ランナテッサは余りの突然の出来事に、状況が全く把握出来ずにいた。
眼前に映るのは倒れた騎士と、その前に立ちはだかる青白く輝く剣を構えた黒髪の少年だ。
「あ、貴方は一体なんなの?」
「うるさぁぁぁい! 早く帰れぇ!」
涙を流しながらブルブルと震えている少年を相手に、魔族は先程の余裕を一切持てずにいる。
同じく己の足が震え、自身の身体が萎縮している事を理解しているからだ。
「だ、黙れこのクソ餓鬼ぃ! 『メルフレイムスネーク』! 飲み尽くせ炎蛇‼︎」
ガイナスは慌てる事なく、聖剣を構える勇者に身を託していた。
「また泣いてるのですか? 本当に貴方は泣き虫ですねぇ……」
「こんなものおおおおっ! 斬り裂けアルフィリアーー‼︎」
その言葉が聞こえてか、聞こえていないのかは分からなかったが、ソウシは涙を拭い聖剣を振り被ると、炎蛇を一太刀の元に斬り裂いて消滅させる。
その仕草はまるで、ロウソクの火を吹き消す程の容易さなのだと術者に実力差を知らしめた。
「ひっ⁉︎」
ランナテッサは漸く理解する。現れた子供の異様さと、己の危機察知能力が全力で警鐘を鳴らしている事に。
そんな事は全く知らぬまま、ソウシは考えていた。
(どうやって逃げようかな……)
背後でガイナスは溜息を吐いた。
(戦えって言っても無駄なんでしょうねぇ……)
二人の想いは、ある意味通じ合っていたのだった。
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