第11話 勇者、逃走を開始する 1

 

「……お父様? これは一体何の冗談で御座いましょう。私は結婚の話など、今初めて伺ったと思うのですが?」

 テレスの質問に、マグル王が満面の笑顔で胸を張って答えた。


「そりゃあ可愛い娘が勇者と誓いのキスをしたとなれば、お父さん張り切っちゃうよ! それにしても何故入って来たのだ? 折角サプライズで勇者と一緒に驚かそうと企んだのになぁ。残念だのう? 大臣」

「そうで御座いますとも! まだ途中ですが、儂らが自ら作った飾り付けを見て貰い、姫様にも隣の勇者様のように感動の涙を流して貰いたかったですぞ!」

「……公務をなさい大臣。それよりソウシ様は何故泣いていらっしゃるのですか? ま、まさか本当に私との結婚に感動したのでは⁉︎」


 ソウシは身体を震わせながら、目を瞑りポロポロと涙を流しながら呟いた。

「初キスを無理矢理奪われたと思ったら、次は強制的に結婚なんて横暴だよ。これが国家権力の成せる技なのか、なんて恐ろしいんだ……非道い、ーーあまりに非道い」


 テレスは取り敢えず凄く失礼な事を言われているのが伝わり、額に青筋を浮かべる。

「後で覚えてやがれですわ?」

「ひいっ! 何とかしてガイナス! 何で黙ってるの?」


「ソウシは、どこまでも私を追い抜いていくんですね。今はまだ笑えませんが、式では笑顔で祝福出来る様に私も頑張らなくては……」

「まだ結婚すると決まってないから戻って来て? 現実へ戻って来て聖騎士長?」


 黒髪の少年は、遠い目をしている大人を見てーー

(やっぱ、この人駄目な大人かもしれない)

 ーー目を細めて憐憫の眼差しを向けている。


「おっほん! 所で勇者ソウシよ、初めまして! 私がこの国の王であり、テレスの父であるマグル八世だ。以後、この国とテレスをよろしく頼むぞ。私に出来る事なら協力は惜しまないつもりだ!」

「初めまして王様。僕は『村人』のソウシです。申し訳ありませんが、職業が『勇者』なのは何かの間違いなので取り消しておいて下さい。僕は決してそんな器では無いのです……」


 自分は勇者の器では無いと、己の中では精一杯主張したつもりだったのだが、王には全く理解されなかった。

「おぉーー! なんて謙虚な若者なんだ! 私は感動した……これで王国の未来も明るいな。うぅ……妻が亡くなってから、涙脆くて困る。可愛いテレスが結婚か、ーー早いものだな」

「おいたわしや王よ、儂も思い出すと涙が……」

 ソウシは目頭を抑え、涙を堪える王と大臣を見て焦燥感に駆られる。

(泣き落としは拙い! 僕の性格上断れなくなる! こうなったら、実力行使あるのみだ)


「王様、本当にすいません! 僕は『長く城にいると吃逆が出てしまう』という持病に掛かっているので、お話はまた後日に! お腹も痛いので失礼します!」


(これは逃走じゃ無い、戦略的撤退だ!)

 ーーソウシは謁見の間から飛び出すと、全力で走り去った。

「あっ、逃げましたね」

「完全に事態を放置して逃げたわね。後でどうしてやろうかしら?」

 ガイナスとテレスは呆れた視線を交わし、同時に頷く。王と大臣は不思議に思い、一体どうしたのだと心配していた。


「そうか……勇者にはそんな持病があったのだな。悪い事をしたのう」

 ーーそこへ

「王よ! 僭越ながら余興をご用意しました! この国の将来と、テレス様を嫁がせる勇者の実力を見たくはありませんか?」


 聖騎士長が何かを閃き、両手を広げてわざとらしくアピールすると、マグル王は目を輝かせた。

「おぉ! それは是非見たい……見たいぞぉ! しかし一体どうするつもりだ。余興とな?」


「はい! 私自らが全力で勇者と鬼ごっこを繰り広げましょう。何もしなければ、勇者は直ぐに諦めて私に捕まろうとする筈です。ですから、本気を出させる為にお触れを出しましょう!」

「内容は如何様にするのだ?」


「ガイナスに捕まったら、即座に結婚して貰うと!」

「「おぉ〜!」」

「えぇっ⁉︎」

 歓声をあげるなんて王と大臣とは真逆に、テレスは驚愕から目を見開いた。ガイナスは説明を続ける。


「実際捕まえた際には、婚約でも良いではありませんか。学院生活もあるのですし、私が手も足も出ずに勇者に敗北したならば、きっと王は安堵なさる筈です。『我が国の未来は安泰である』と。どちらに転んでも、きっと楽しませる余興になる事をお約束します!」


 ーーマグル王は勢い良く立ち上がると手を掲げる。


「見たいぞぉぉ! これはお主の兵士百人抜き以来の興奮であるな! 見事勇者ソウシを捕らえるのだ! あくまでこれは余興の一貫であるから、命を奪い合う様な真似は許さんぞ!」

「勿論で御座います。勇者と聖騎士の舞台をお見せ致しましょう」


 マグル王と大臣は目を輝かせ、テレスは余りに自然な裏切りに心中で絶叫していた。

(こいつ……サラッと私まで犠牲にしやがったぁぁぁぁあ‼︎ それじゃあどっちにしろソウシとの婚約は確定じゃないのよぉぉぉぉっ⁉︎ 何してくれやがんだぁぁぁーー‼︎)

「そ、ソウシ様もそんなに馬鹿ではありませんわ。いつまでも城下町にはいない筈。そんな失礼なお遊びは止めた方が宜しいかと……」

「いえ、姉であるセリビア様が私の屋敷にいる以上、きっと落ち着いたら戻ろうなんて甘い事を考えてぶらぶら散歩していますね」


(こいつ、この短期間で着実にあいつの性格を掴んでいる……)

 だが、姫は怯むと同時に、奸計を脳内で巡らせていた。

(きっとこの鬼ごっこの条件を上手く知らせれば、盛り上がらなかった余興は反感を買い、私達を裏切った罰を受ける事になるでしょうね……ふふふっ)

 ところが……それすら読んでいた男に次の一手を切られる。


「あぁ! テレス様にはこの城に残って頂きましょう。仮にも婚約者が傷付く姿なんて見て貰いたくはありませんからね。王よ、心優しいご配慮を切望致します。ここから愛する勇者の勝利を願って頂ければ良いのです」

「……確かにのう。私の我儘でテレスに心痛を与える必要はあるまいて。このまま謁見の間におるが良い」

「王の盛大な御心に感謝を……」


 テレスは度重なる己の謀略を潰される言動に、驚きを通り越して感心していたーー

(この男やはり聖騎士長。先読みが半端ないわね)

 ーーだが結果は変わらないだろう……封印された状態では、ソウシが逃げ切れる筈が無い。少なくとも今直ぐ結婚は無いと安堵していた。


 一方、ガイナスは脳内で全く別の事を考えている。

(私より先に結婚なんてさせて堪るものですか! 聖騎士長の誇りにかけて潰してやりますよぉぉ! そして私はセリビアさんと……ふふっ、ふふふっ!)


 ーー実際は己の欲望が全開の聖騎士長。

 ーー焦燥感に苛まれつつも王手を食らい、肩を落として諦める姫。

 ーーそして、自らが何も関わっていない状況で将来の選択肢を決められ、追い詰められている事を知らない気楽な勇者は……


「このままぶらぶらして、お腹が減ったら屋敷にか~えろっと!」

 ガイナスの予測通りの行動をしていた。

(今日のメイドさんのご飯は何かな〜?)

 スキップしながら、今晩の夕飯の献立を想像して胸を高鳴らせている。


 勇者ソウシVS聖騎士長ガイナスの、壮絶な鬼ごっこが始まろうとしていた……


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