第12話 勇者、逃走を開始する 2
逃げ出したソウシを追う為に、ガイナスが選んだ武器は弓だった。スキル『武芸千万』はどんな特性を持っている武器も、己の手足の如く使いこなせるという万能スキルだ。
ーー更に、聖騎士長は努力を怠らない。
一番しっくりと手に馴染む剣は勿論の事、弓やはたまた鞭などのおよそ実践で使うまい武器であろうとも文献を漁り、上級者に教えを乞い、己の熟練度を高めていた。
聖剣相手に剣で挑んだ所で、並みの武器では刃を折られて無手に追い込まれる可能性が高い。
これは『鬼ごっこ』そして『獲物を捕まえる狩り』なのだと、起こるであろう展開を予想し、予測し、ソウシの選択を考察する。
「ふむ。やはり弓だな……」
武器庫にある中で一番上等なアダマンチウム製の弓と、ミスリルの鏃を背のケースに詰め込み、城下町へと疾駆した。
この後に起こる、己の予想を覆す事件を予見できぬままに……
__________
『時刻は夕刻へ迫る頃』
「そろそろお腹も減って来たし、屋敷に戻ろうかなぁ。ほとぼりも冷めてきただろうしね」
ソウシ撫りながら空腹を抑え、屋敷の方向へ向けて歩み始めた。
大通りを歩いていると人混みが出来ていて、騒々しい様子からーー
「一体、何があったのかな?」
ーー民衆の視線が注がれている、立て看板に貼り付けられたチラシを覗く。
そこには……
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ソウシへ
逃げ出した貴方を捕まえる様に、王から命令を受けました。
私に捕まった時点で、先程の話は確定すると考えて下さい。
テレス様は納得して城におられます。
私は暫くしたら、本気で貴方を捕まえる為に動くでしょう。攻撃もします。
全力で逃げ切れるものならば、逃げてみて下さい。
万が一にも私に勝つか、逃げ切れれば、学院生活は保証致します。
では、本気の『鬼ごっこ』を開始しましょうか。
……捕まったら、お姉さんの事は私に任せて下さいね。
__________
「り、理解出来ないぞ……何でいきなりガイナスに追われなきゃいけないんだ? それにこれって負けたら強制的に結婚させますよって事だよね。拙い、攻撃もするとか書いてあるけど、絶対戦いたくないから封印は解けない……」
ーーお触れを見て青褪めるソウシの元へ、予想外の人物が声をかける。
「ソウシも気になって見に来たにゃ? あたいも何があったか見に来たにゃよ」
「さ、サーニア! あれ見ちゃった?」
「にゃ? 見たにゃよ。ソウシって書いてあるけど、まさかソウシの事じゃ無いにゃあ?」
「あれ、僕なんだよ……何故かよくわからないけど、聖騎士長ガイナスが今から僕を追ってくる見たいなんだ」
「にゃあぁあ! あのガイナス様にゃ? それは逃げるなんて無理にゃよ! どうするにゃ⁉︎」
「いや、封印された状態じゃ無理だよ……それかアルフィリアが手を貸してくれればなんとか解けるかなぁ」
口元を手で押さえ、一人言を呟く姿を見て、サーニアも一緒に思案する。
「捕まらなければいいのなら、隠れちゃえばいいにゃ! あたいの住処に来るにゃ!」
「えっ? ほ、本当に良いの? 凄く助かるけど、なんか知りあったばかりの人に頼るのは、申し訳無い気がするなぁ……」
「学院に通うようになったら仲間にゃ! 気にするにゃあ」
「ありがとう! お言葉に甘えさせて貰うよ」
二人は握手を交わすと、大通りの人混みを掻き分けて疾走する。サーニアは『やはり』と驚いていた。
まだ最高スピードでは無いとはいえ、獣人である己に平然と着いて来れるソウシの能力は、入学試験の時に感じた強さを裏付けていた。更にまだ底が見えないと、背筋に悪寒が奔る。
「もう直ぐつくにゃあ。ソウシはやっぱり凄いにゃ! 年上の獣人でも、あたいの速さに着いて来られる人は居なかったのにゃ!」
「えっ? これ速いの? 僕を置いていかない様に、ゆっくり走ってくれてるんでしょう」
「な、何を言ってるにゃあ?」
「だって、サーニアは手を抜いてくれてるじゃ無いか。気を使ってくれてありがとうね。僕は全然平気だから、もっとスピードを上げてもいいよ? あっ、もう着くのか」
何故か自分に対して申し訳無さそうな表情を浮かべたソウシに、耳と尻尾が逆立ちそうな程の恐怖を覚え、叫びたくなるのを必死で堪えた。
『全然平気』ーーその台詞が脳内を反芻する。猫娘は全開では無いにしろ、調子に乗ってスピードを上げ過ぎていた自覚はあった。
己の内に湧き上がった感覚は、決して間違いではなかったと身慄いする。
「勝てにゃい……」
その呟きは、風音に溶けて消え去った。
__________
連れて来られたのは、城下町の獣人が集まる地区だ。スラムとまではいかないが、建物の荒れ具合から決して裕福では無いのが分かる。
人間の獣人に対する偏見や侮蔑は、学院だけでは無く、街にも影響を及ぼしていた。
しかし、そんな事は一切気にならない。何故なら生粋の貧乏山育ち、いわば最底辺の生活が染み付いているのだ。
ご飯が食べられない日なんて、子供の頃は当たり前だった。何故か申し訳無さそうにしているサーニアを心配する。
「突然黙ってどうしたの? みんな仲良さそうで良い所だね!」
「き、気を使わなくて良いにゃよ。やっぱりこんなボロい所、嫌でしょう?」
「何がだい? 僕の家より、よっぽど綺麗だけどなぁ〜」
「にゃ⁉︎ ソウシは一体どんな所に住んでいたのにゃ?」
「見えるかなぁ〜? あの山の上さぁ。偶に獣が家に突進して来てボロボロなんだよ。まぁ、どんな所も住めば都ってね! 大事なのは、みんなが笑えているかどうかだと思うよ」
演技でも無く、気取る訳でも無く、何処までも自然に今の台詞を語るソウシを見て、獣人の猫娘は完全に墜とされた。
(はぁぁぁ〜。かっこいいにゃあ。更に優しさ半端無いにゃあ〜! 運命の出会いってこういう事かにゃあ。やばい、舐めたいにゃぁぁぁ‼︎)
眼光を輝かせ、ゆっくりと近づいて来る欲望の気配を察知した。おでこを手で抑え付けて嗜める。
「こら! いきなり如何したの? あの……お願いがあるんだけど。何か、食べさせてくれないかなぁ? 僕お腹が減っちゃって……」
「はっ! ご、ごめんにゃ! 案内するにゃ! 朝の鍋の残りがまだある筈だから、いっぱい食べるにゃ」
「わぁ〜ありがとう! 楽しみだなぁ」
ーーそこへ低く、怒りに満ちた声が静かに響き渡った……
「今頃必死で逃げているかと思えば、テレス姫以外の女性と何ですかそれは? 私が追うと宣告したのに、随分と余裕ですねぇ?」
聞き覚えのある声にゆっくりと背後へ振り向くと、そこには額に青筋を浮かべ長髪を怒りのオーラで逆立てたガイナスが立っていた。
「ひゃぁぁ! ち、違うんだよ! この子は学院の入学試験で班が一緒だっただけで、別に疑われる様な関係じゃ無いんだ!」
「にゃぁ?」
「ほう? ではその手は何ですか、お互いの指と指が絡まっている手の繋ぎ方は、一体何だと言うのですかぁぁ!」
はて? と己の手を見ると、サーニアがバッチリ恋人繋ぎで右手を握っていた。側から見れば恋人に見えて相違無い。
「さ、サーニア? 突然手を繋いで如何したのかなぁ。ほら、誤解されちゃうから離して? ねっ?」
「えぇ〜嫌にゃ嫌にゃぁ! 暫くこのまま離したく無いのにゃぁ!」
ーーブチィッ‼︎
「あっ、今なんか嫌な音した……」
予測通りガイナスは背に備えていた弓を取り、矢を弦に掛けてキリキリと構え出した。
ーー吠える、咆哮する。
「私なんか! 女性と手を繋いだ事も無いんだぞおおおおおおおおおおおーーっ! このたらし野郎があぁーー‼︎」
「いや、それはガイナスが鈍感で奥手なだけで、僕は悪く無いだろおおおおおおーー⁉︎」
互いの痛哭が響き合う城下町で、妬みつらみから聖騎士長の矢は放たれた……
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