第10話 牢屋の中からこんにちわ。皆さん元気ですか?僕は断固として無実を主張します!
一緒に入学試験に合格した三人と一週間後の再会を約束したソウシは、迎えに来てくれたメイドの馬車に乗り、ガイナスの屋敷へと戻る。
「その様子ですと合格なされた様ですね。ガイナス様の喜ぶ顔が目に浮かびますわ」
「やめて下さい……まさか僕の逃げ場を学院長を利用してまで防ぎにくるとは、本当に予想もつきませんでした」
「彼の方はつねに常人の一歩先を見ておられます。もう少し一緒に入れば、自然とソウシ様にも理解して頂けるでしょう」
「うーん。僕はその前に一度喧嘩になりそうな気がするな……」
「それも良いのではありませんか? 彼の方と『喧嘩』が出来る者など、このマグルにはいないのですから。ーーきっと喜ばれますわ」
「それはどうだろうね……取り敢えず今日は疲れたよ。ゆっくり休みたいかな」
「はい。食事は軽めなメニューに致しましょうか?」
「いや、今日はご飯の為に頑張ったんだから、に、肉が食べたいかなぁ〜? なんてね?」
「ふふっ! そこは普通におねだりして良いのですよ? 貴方が我が国の魔術学院に入学したのは、私達にとっても喜ばしい事なのですから」
「ん? メイドさん達が喜ぶ理由が分からないよ」
「あら? じゃあこれは宿題にしておきましょうか。きっと貴方は遠くない未来に、私の言った言葉の意味を知る時が来るでしょうから。あとメイドで一括りにしないでね? 私にはピーチルっていう名前があるのよ」
「あっ! ごめんねピーチルさん。これからは気をつけるよ!」
「えぇ……貴方はこの国の英雄になるお方です。どうか私達を救って下さいましね?」
「……そんなの僕には無理さ。でも近くにいる人位は守ってみせるよ。お姉ちゃんも、ピーチルさんも守ってみせるから。僕……その時はきっと頑張るから!」
勇者としてのプレッシャーに震えるソウシの肩を、ピーチルは黙って引き寄せ、顔面を己の胸元へと埋めた。
「むがっ!」
「怖くて泣きたい時はね、黙って側にいる女性に頼ればいいのです。今は私が貴方の素敵なお姉様の代わりを務めてあげましょう」
ーー「ありがとう」
勇者はメイドの優しさに包まれ、安堵しながらそのまま眠りについた。
__________
「ソウシ様! 起きて下さい! 屋敷の様子がいつもと違います!」
ピーチルの慌てる様子から、ソウシは眠い目を擦りながら意識を覚醒させる。
確かに屋敷を中心に騒がしい。馬車内から覗き込んだ直後、ピーチルと目を合わせて黙り込んだ。
しかし、直後に屋敷で繰り広げられた想像だにしない光景を見て愕然とし、思わず声を張り上げてしまう。
「ガイナス⁉︎」
「拙いっ!」
ーーメイドは一瞬でソウシの口元を両手で塞いだが、時は既に遅い。
「むぐぅぅぅぅぅぅぅ‼︎」
「黙って! あぁダメね。兵士達に気付かれたわ……」
屋敷の周りに多数の兵が押し寄せており、ガイナスは何故か胴体に縄と手足に錠をかけられていた。その中の兵士数名がソウシの上げた声を聞きつけて、馬車を取り囲む。
ーーソウシは抵抗する間も無く兵士達に連れられてガイナスの眼前に立たされると、直接本人に問い掛けた。
「一体何があったのガイナス⁉︎」
慌てている黒髪の少年に対して、聖騎士長はーー
(何故いきなり呼び捨てなのでしょう?)
ーー礼節が頭を掠めるが、心あたりがあったので俯いたまま答える。
「本当にすいません。今は黙ってこの兵士達に捕らえられて私と一緒に城へ来てください。きっとテレス様が何とかしてくれます」
「えぇっ? こんな沢山の人と戦うなんて怖いからいいけど、捕まるのもなんか嫌だなぁ……」
「いいから来い! 姫様に不貞を働いた犯罪者め! それを見過ごした其奴も同罪だ!」
ーー勇者と聖騎士長へ偉そうな兵士が錠をかけ、無理矢理引き摺られたまま、鉄格子のついた馬車へ放り込まれた。
「セリビアお姉ちゃんはどうしたの?」
「一応万が一の為に、屋敷の地下にある隠し部屋に入って貰ったから無事ですよ」
「そっか……」
そのまま二人は無言になる。王城に着くと地下の特別な犯罪者達が収容される牢屋へ放り込まれた。太いミスリル製の鉄棒は、素手で曲げる事が出来ない程に堅牢な作りをしている。
別の牢には奇声をあげる者や、己の頭を壁に打ち付ける者など多数の狂った犯罪者がおり、ソウシは正直チビリそうになるのを堪えていた。
暗い牢の中で二人きりになって落ち着いた頃、そろそろいいかと事件の核心を突く。
「それで……ガイナスは一体どんな悪い事をしたの? 僕は何に巻き込まれているの? そろそろ教えてよ」
ガイナスは少年の全く自分の事を信じていないという目線と言葉の物言いに、失敬だと怒りを露わにした。
「あのですね。私は仮にも聖騎士長ですよ? 不正、怠慢等ある筈がないでしょう?」
「へぇ〜。入学試験で散々権力を使って、ーー裏で手を回した癖に!」
ガイナスはやさぐれた少年の態度に、これは相当根に持たれていると呆れて溜息を吐く。
「その件は置いときましょう。今回問題なのは貴方の方ですよ? 姫様の唇を奪った不貞の輩として、マグル王がお怒りになった為に貴方と私を捕らえるように命じたのです」
「へっ? 何? 何でそうなるの?」
「いやぁ……私が報告したからですよ! 困りましたねぇ?」
「またかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 何でそんな事まで報告するんだよ! 姫様にだってプライベートとかあるじゃないかぁ! ましてや初キスなんて親に報告しなくたっていいでしょうが!」
「やっぱり姫の初キスともなれば王も知りたいかと思いまして。……失敗しました。まさか勇者だろうが捕らえる様に命じるとは……」
ソウシに絶望が襲い掛かり項垂れる。テレスが助けに来るか? いや無理じゃね? 溢れる涙を堪える事なく流しながらーー
(どうか時間よ戻れ!)
ーー縋るように神様に願った。
「安心して下さい。ドールセン学園長から水晶球を通して試験の話を聞きましたが、どうやらチョーカーの封印を解いてやらかしたんでしょう? もう少し自制を覚えて貰いたいものですが、今は逆に好都合です。本来の力を発揮すれば、ーー誰も君を傷つけられませんよ!」
「それとこれとは話が別だよぉ。はぁっ……胃が痛い。動きがあるまで暇を潰しながら待とうか」
ソウシはボロボロの木のベッドから汚いシーツ剥ぎ取り、直接寝転がる。入学試験も含めて今日は疲れたから休みたかったのだ。
横になって目を瞑った瞬間、疲れから直ぐに意識を閉じた。
__________
『一方、時は遡る』
テレスは王城に向かい走っていた。寮生活の為にソウシを迎えに行こう屋敷に着いた時、ピーチルから現状を説明されたのだ。
「一体何故こんな事に? お父様は何を考えてるのよ‼︎」
父であるマグル王に問う為謁見の間へ向かうが、扉の前に立つ屈強な近衛兵達に止められてしまう。
「私は娘よ⁉︎ 何で謁見の間に入るのを止められなければならないの‼︎」
「申し訳ありませんが王の命なのです。特にテレス様は絶対に通すなと言われております。どうか、今はお引き取りを……」
「あのお父様がそんな事を言う筈ない! 何かがおかしいわ」
建前上は諦めた素振りを見せる。無理矢理ソウシ達の捕らえられている地下牢に入ろうと向かうが、そこにも厳重な警備が敷かれていた。
「お父様は、勇者と友好的な関係性を築いていきたいと仰ってた。この件にはきっと裏がある。二人を助けなきゃ」
(やるしか無い!)
テレスは地下牢を守る衛兵の死角にそっと近付き、呪文を詠唱する。
「風よ、優しき風よ。全てを包み込み温かな眠りを与えん。『スリープウィンド』!」
「んんっ? なんだぁ〜。ねむいぃ……」
次々と見張りの兵が昏倒していく。姫は懐から鍵を漁ると地下牢に入り、最奥まで一直線に走った。
勇者と聖騎士長が、予想通りならきっと酷い目に遭っているに違いないと瞳に涙を浮かべながら……
「どこっ? どこなのガイナス! ソウシ! 今助けに行くからね!」
「んっ? あっ、姫様。ちょっと待って下さいね。はい、角ゲット」
「あぁーー待った! そこは狡いよ〜!」
「あれっ?」
勇者と聖騎士長は、暇だからと破ったシーツを更に汚して白黒に分けて床に盤を描き、自作オセロをしながら時間を潰していた。
意外にも中々楽しく、お互いに堅苦しい口調じゃなくなる程に仲良くなっている。
ソウシは元々入学試験の件で眼前の金髪の優男を絶対尊敬しないと決めていたが、それも最早どうでも良くなってオセロを楽しんでいた。
その光景を見つめながら、テレスはがっくりと肩を落とす。杞憂だったかと安堵した反面、怒りで取り敢えず二人を殴りたい衝動に駆られた。
「ねぇ? 今の状況分かってる? 絶対に城で何かが起こってるのよ! 私がお父様に会わせても貰えないなんてあり得ない! 捕まった理由は一体何なの?」
ーーその問いに、ガイナスは困った顔をしてソウシを見つめる。その瞬間に『サッ!』と真横に目を逸らされた。
「えーーっとですね。姫がキスした事を私が報告してしまったので、王様が怒っちゃったのでは……なんてねぇ……」
「はっ? はぁぁぁぁぁぁぁぁあーー⁉︎ 何でそれをお父様に報告する必要があるのよ! 私のプライベートは一体何処にあるの? 堅物にも程があるわ‼︎」
「いや……自分だったら娘のファーストキスの相手位知りたいかと……」
「ねぇガイナス? 自分自身がまだした事も無い癖に、良くそんな事が言えるわね」
直後、聖騎士長は膝から崩れ落ちた。牢の地面に敷き詰められたレンガは、冷たく気持ちいいなと現実逃避している。
姫から突き刺さった言葉のダメージは予想以上に大きかった。
「とにかく時間が無いのよ。ソウシ! 力を貸して? 貴方なら聖剣で扉を斬り裂いて、謁見の間に突入出来るでしょ?」
「嫌だ! 犯罪者の脱獄扱いされる未来しか見えないよ! あーーあーー! 僕は何も聞いていない、唯の村人です!」
懸命に耳を塞いで首を振るソウシに対して、テレスがキレる。最早自分の貞操より、国の危機だと腹が据わっていた。
「そんな事言うならねぇ。キス以上のもっと凄い事をするわよ! いいの⁉︎」
「来い! 聖剣アルフィリアあぁぁぁぁぁぁぁあーー‼︎」
「そ、その決断の早さにイラっとするのは何でかしらね……」
ソウシの焦った表情を無視して、胸元から青白い光が溢れ出し聖剣が顕現する。
「あれ? なんかアルフィリアが少し小さくなってる様な……」
「封印の影響よ! 貴方が自ら戦う決意をしていないから、聖剣の力の一部しか顕現出来てないの。ステータスは十分の一のまま抑えられてるけど今回は充分だわ。ガイナス、行くわよ!」
「はい……どうせ私は……」
兵士達から奪った鍵で牢屋から出ると、ソウシはテレスの背後を追って走る。
「やっぱり不思議だ……何故か怖く無い……」
「姫様がご乱心だ! 賊と逃げているぞ! 捕まえろ!」
進行方向にいた城の衛兵が、道を塞いで通すまいと立ちはだかり二人同時に槍を突いた。直後、勇者は身構えるテレスの真横から飛び出すとーー
「遅いなぁ……」
ーー不満そうに呟きながら、聖剣で槍を下段から跳ね上げると、返す柄で衛兵の顎を瞬時に揺らし、同時に昏倒させた。
その先、駆けつけた十一人の兵士が並んでいる廊下へ、聖剣が導く様に光の線が視界に浮かぶ。
「成る程。こうすればいいって事かい?」
光の道筋をなぞる様に歩きながら、優しくそっと剣を添わせる。兵はまるで自分から蒼白い剣閃に向かってゆくかの如く、峰打ちを食らいながら倒れていった。
まるで、踊りを舞う演者に立ち向かうーー台本に定められたエキストラの様に。
背後からその光景を見ているテレスとガイナスは、目を見開いて驚愕していた。
「これがあのソウシ⁉︎ 封印は解けてないのに何故なの? まるで……踊る様に綺麗だわ……」
「理解出来ない! 一体なんだあの動きは⁉︎」
青白い燐光を纏わせ、アルフィリアを振るう黒髪の勇者は美しかった。気がつくと兵は粗方片付いており、皆致命傷を避けて気絶している。
「行くわよ! 無事でいてお父様!」
施錠された扉を真っ二つに斬り裂き、謁見の間に飛び込んだ三人が目にしたモノは、マグル王と大臣達がせっせと飾り付けを行なっている姿。
「あ、あれ?」
玉座の上には巨大な垂れ幕がかかっており、ソウシとテレスは顎が外れそうな程に口を開けて驚くとーー
ーー垂れ幕にはこう書かれていた。
『結婚おめでとう! 勇者ソウシ! テレス姫!』
三人は絶句したまま、石像の様に固まる。どうか夢であってくれと……
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